第319話 色々捏ねて丸め込むだけの

「え? 新たな火神教団の設立……ですか?」


 きょっとーん。

 私の言葉に威龍さんがそんな擬音の似合いそうな表情を見せた。

 折よくというか、世界が火神教団とルマーニュ王都の冒険者ギルドの醜聞に沸き返った二日、教団と袂を分かたった威龍さんが新たな本拠地を求めて菊乃井にやって来た。

 こんなご時世と言うか、醜聞の流れる勢いが早くて、今ではもうどこの街でも火神教団の信徒は白い目で見られ始めているという。

 なので何も知らずに真面目に世間と関係を断っていた信徒達には、そのまま知らせがあるまで籠って修行しているように伝え、ある程度知ってて自身のように利用されていただけの信徒を連れて、威龍さんは現在潜伏生活中なのだとか。

 と言っても、木を隠すなら森の中。都会で火神教団の証を棄てて紛れてしまえば、誰がなんの信者か判らないから生活自体は簡単らしい。

 逆に威龍さんが案じているのは、本当に世間と関係を断って修行している人達の事で。

 火神教団を潰すとなれば、彼らの行先がなくなってしまうのではないかって事で、私に相談に来たんだとか。

 まぁね、私が勝ったらどのみち火神教団は更地にするつもりだし、そうなると教団の総本山も潰すわな。だって残しておいたらそれをシンボルにして立ち上がろうとする連中がいるかも知れないもの。

 だからって神像を壊したりはせずに接収するし、跡地だって歴史研究のために開放する。

 でも宗教施設としては破壊する、これは絶対。

 となると、そこを修行場所にしてる人たちの居場所の確保なんだけど……。

 そんな話のついでに、昨日姫君がイシュト様から必ずもぎ取ってくださるとお約束くださった、私の時間外職務範囲外手当の事を話したら、そんな反応。


「私、火神教団は潰すっていったでしょ? この世の何処にも残さない代わりに、貴方が指導者として新しい団体を設立するんです」

「い、いや、しかし! 教主様がおわしますのに、どうして某が……」

「私の主神がイシュト様じゃないからですよ」

「なんと!?」


 驚くような事か?

 私はこの人にステータスを開示したけれど、その時にちゃんと六柱の神様方の加護をいただいてる事も確認したじゃん。

 その流れでどなたかだけを崇める特定の団体の教祖なんか出来る筈がない。

 もしなるとするなら、それは姫君の司祭だろうけど、姫君は私にそんな事はお望みにならないと思う。

 お望みになるなら、もっと前の段階でそう仰ってるだろうし、それでなくても私が姫君の臣である事は、暗黙の了解なんだから。


「そもそも私がイシュト様を含めて、他の神様方にご加護いただくきっかけを下さったのは、私の主神である百華公主様のお蔭です。それはイシュト様もご存じでいらっしゃること。よって私は貴方がたの教主にはなりませんし、なれません。私がイシュト様の意を承ったのも、全ては百華公主様の思し召しゆえです」

「そ、そうだったのですか……。ですが、百華公主様の思し召し、とは?」

「ああ、それは……偏に姫君のご慈悲ですよ」


 実は、と前置きして、私は姫君より聞かされた神様に捧げられる信仰心の影響の話を威龍さんに説明した。

 すると俄に目のまえの人の顔色が変わる。


「何と言うことだ……。我らの不明が、そのように……」

「ええ。火神教団の悪事が全てイシュト様への信仰ゆえ、全てイシュト様に捧げられるものとして世間に浸透していたらと思うとぞっとします。イシュト様の荒ぶる神の側面が戦争を生みやすく作用してしまっていたかも知れません。そうなれば人間は勿論、植物も動物もありとあらゆるものが傷つきます。姫君はそれを憂慮されていらっしゃるのです」


 だって姫君は人間の事もちっとは気にかけてくれるって仰ってたもん。

 人間の女性は眷属だから優しくしてくれるって仰ってくださってただけで、実際うちの周りに生えてる木々はアンナさんの命を守ってくれて訳だし。拡大解釈すれば、今回の件もそういう事だよ、多分。

 私も威龍さんもちょっと黙る。

 威龍さんは以前、イシュト様のなさりようはあんまりだって言ったけど、裏にこういう事情が潜んでたのなら、仕方ないと言えばそうなのかも。

 そりゃ信者に「お前達の信仰が、自分を狂わせるのだ!」なんて言えないよ。

 私はあくまで信仰に関しては部外者だから言える話なんだ。

 ふるふると威龍さんの身体が震える。私に読心術は使えないから解らないけども、彼も何だかんだ情緒がジェットコースターなんだろうな。

 否定されたり肯定されたり、また否定されたり。

 それでも生きている限りには進まなきゃいけないし、悲しいかな起こった事は起こらなかった事にはならないし、転がる石は底まで行かなきゃ止まらないんだ。

 ここで立ち上がらなければ、火神教団は本当に終わる。終わらせてもイシュト様は何も仰らないだろうが、それでも自身への影響が出るとなっても、一握りの真面目な人間を私に説得させるくらいには愛着があるんじゃないかと思うんだよね。

 もっとも、イシュト様は「説得など、頼んでおらぬ」って言うだろうし、私だって頼まれた訳じゃない。ただ、皆様私への期待値が高すぎるから、この位なんも言わんでもやるだろうってお考えなんじゃないかなぁ、とか思わないでもないんだよね。知らんけど。


「お膳立てはしました。後は貴方次第です」


 嫌なら強制はしない。

 そう告げると、威龍さんがゆっくり頭を上げる。


「……ほんの子供の頃、武の高みを目指すと修行をしている時、私の他には誰もいない筈なのに、どなたかに見守られている気がしたのです」

「……」

「蹴り上げた足が中々頭より上に行かなくて悔しくて泣いた日も、ようやく蹴りで伸ばした爪先が頭上より高く上がった日も、誰かが傍にいて頭を撫でて下さった……そんな気がするのです」

「そうですか」

「はい。そのご恩を、今こそお返しいたします」


 きりっと前を向く目には力が宿っている。

 正直、その気配がイシュト様かどうかなんか解んないけど、きっと威龍さんが火神教団にこだわったのって、それが理由なんだろうな。そしてその理由があるからこそ、イシュト様への信仰が枯れないんだろう。

 とりあえず、これで八方よしにはならんだろうけど、どうにか色んなとこへの面目はついた筈だ。

 そして多分、国益にも適ってる。

 なにせ一連の話が出てから、ルマーニュ王国は突かれて拙い事があるのか、手のひらを返して王都の冒険者ギルドに批判がましい態度をとるようになった。

 国際的な批判を躱すために、帝国にも「自分達も困ってるんです」って態度ですり寄ってきているらしい。

 こうなれば多少無理のある条件でも、何かしら交渉が必要な時に強気に出られる。

 更に空飛ぶ城でシェヘラザードに乗り付けたのも、それだけの力があるって内外に公表出来た訳で、圧倒的な存在感を示せた。

 これに加えて決闘裁判を記念祭で行われる武闘会でやるんだから、注目も人の流れも金の流れも帝国に集まるんだから。

 今頃宰相閣下はホクホクしておられるだろう。

 それならそれで、一つくらいお願い事をしても叶えて下さるんじゃないかな?

 顎を擦ると、威龍さんが小首を傾げる。


「……えぇっと、修行地ですけどね」

「はい」

「ダンジョンとかラビリンスとか、そういうトコはどうです?」

「え? そうですね、あまり冒険者とかち合わないのなら、良いかも知れません」

「うん、じゃあ、宰相閣下にご相談してみます」

「宰相閣下、ですか?」

「ええ。例えば貴族が管理に失敗したダンジョンとその周辺を天領として召し上げて、そこを新たな活動拠点にする代わりに、大発生対策を余念なく行うって条件で貴方の教団に貸与するとかそんな感じで」


 これなら国として火神教団の流れを汲むものを監視下に置くって建前で、ダンジョンだのなんだのの管理もしてもらえるし、出る収益は教団を運営するのに必要経費を差っ引いて土地の貸与料として払ってもらえばいいし、丸く収まるんじゃないの?

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