第318話 持つべきものは頼れる上司
そんなこんなでレグルスくんの機嫌は何とか良くなったわけで。
私も姫君もちょっと胸をなでおろす。
いや、うん。略式だからまだ撤回は出来るし、将来の事は将来考えるとして、私は姫君に聞かないといけないことがあるのを思い出した。
それは昨日、ルマーニュ側の奴等と話した時にちょっと過った嫌な予感の事。
人間の信仰が神々の力になるのであれば、人の認識が神様を「悪神・邪神」と定めてしまえば、もしやそうなってしまうのではないかって……。
昨日起こったことを説明がてら姫君に私の予感をお話しすると、姫君は眉間にしわを寄せられた。
「……気付いたか」
「え? じゃ、じゃあ!?」
「うむ。もっとも積み重ねた信仰があるゆえ、そうすぐに堕ちるわけではないがの」
「でも、それが上回れば、そうなる……という?」
私の言葉に姫君は団扇で表情を隠しつつ頷かれる。
「うむ。ただ奴は戦を司る特性上、人間やそれ以外からも恨みを持たれることが多いゆえ、その荒ぶる側面が強くなりすぎてしまう可能性もなくはない。その荒ぶりが戦を呼んで、更に奴への憎しみになって……という連鎖もおこしやすくもある」
「では、もしや今回の事は教団が暗躍して事を起こす前にその芽を摘めということだったんですね?」
「早く言えばの」
マジか。
何でそういう大事な事を教えといてくださらないの!?
内心で白目をむいていると、姫君がふわりと団扇を閃かせる。そのお顔はちょっと決まり悪そうだ。
「妾もそなたに伝えよとは言うた。しかし神にも矜持があるのじゃ。加護してやるべき人間に、自らを助けよとは中々……。それに海のが、言わんでもそなたは気づくと言うておった。そして実際にそなたは気づいた」
「や、偶然ですよ!? それに気づかなかったら……!」
「気付かぬとも支障はない。実際そなたは此度の彼奴(きゃつ)らの暗躍は、彼奴らの一存であって、火の神になんらも関わりのない人間だけの謀と印象付け、逆に火の神を実態無き邪神への信仰の隠れ蓑にしたとも思わせることに成功した。これで最早『火神教団』なるものは火の神とは切り離されたも同じよ」
「それは……結果そうなったというだけで……それに、決闘裁判の勝利はイシュト様へ捧げられることになっています。完全にイシュト様を火神教団と切り離せたかどうか……」
だってなぁ、そもそも火神教団って自分達が世の中を牛耳ればイシュト様にお喜びいただけるってとこから道を誤ったわけで。
それを考えると、火神教団とイシュト様を切り離せたってのはちょっと怪しい気がする。
眉が八の字になるのを自覚しつつそういうことを考えていると、姫君の艶やかな唇が三日月を描いた。
「それはそなたが勝てばよいだけじゃ。勝ったそなたが『火神教団は邪教を崇めていた』と確定させればよい」
「!?」
ここに至っては、それしかないのだろうけれど、背筋がぞっとする。
歪んでしまったとはいえ、火神教団の暴走はそもそも熱烈なイシュト様への信仰心からなる。それを、それすら否定するのか、と。
でも火神教団みたいなのが暴れたお蔭で、イシュト様の荒ぶる戦神の側面が強化されたら、やって来るのは戦乱なんだろう。
戦乱こそ、私の最大の天敵。それが起これば、歌劇だの学問だの言ってられなくなる。何より大勢の人や動物、ありとあらゆる生き物が死ぬのだ。それは……。
ぐっと唇を噛む。すると小さな手が、私の頬に触れた。
「にぃに?」
「レグルスくん……」
ひよこちゃんの青い目に私の酷い顔が映ってる。
なに、日和ってやがるんだか。
決めたじゃないか、やるからには反省はしても後悔はしないって。
戦争になったら、誰もが命を落とす危険が出てくる。私の好きなものやことだって壊されるんだ。この子だって、その時に騎士とか戦士だったりしたら、戦力として戦場に行かされるかも知れないんだ。それは、絶対にさせない。
レグルスくんの手を取ると一瞬だけ強く握って、そして離す。
「……解りました。勝ちます。勝って火神教団とイシュト様を切り離します。でもイシュト様にお願いがございます」
「なんじゃ、申してみよ」
「火神教団から切り離した、本当にイシュト様を純粋に信仰している一団があります。彼らの代表にご加護を。その者も私の手の者として武闘会へと参加させます。その勝利を以て、彼に新たなイシュト様を奉じる宗教団体を起こさせます。それをお認めいただきとう御座います」
「ぬ……」
「それさえお認めいただければ、お望みのままに火神教団を磨り潰し、踏み躙り、蹂躙いたしましょう」
「認めねば?」
「火神教団の悪事は火神を崇める気持ちが昂じての事と、世間に公表いたします」
私の言葉に、空に暗雲が垂れ込め稲光が走る。姫君のお顔もとても険しい。でもだ、この条件は譲れない。
でなくばあの教団で威龍(ウェイロン)さんみたいに、何も知らされずに本当に信仰に生きてる人たちが報われないのだ。
おろおろとひよこちゃんが、私と姫君の間で視線をさ迷わせる。
「鳳蝶……そなた、神を脅そうとてか?」
「いいえ、そんなつもりは毛頭御座いません。ただ……」
「ただ?」
「時間外職務範囲外手当はやっぱり欲しいです!」
「は?」
叫ぶと、姫君がキョトンとされる。そのお顔を見つつ、私は畳みかけた。
「だって! 姫君は常々私を臣下と仰ってくださってるじゃありませんか!? 私は姫君のお役に立つなら時間外だって残業だっていたしますけども、今回はイシュト様のためのおしごとですよ!? 姫君の御為でなく!」
「お、おお、そうじゃな……」
「なんで! 姫君の家臣である私が! イシュト様の御為に! あっちこっち奔走して、恨みやらを買って襲われなければいけないんですか!? そんなの本来、イシュト様の家臣の役割です! このままでは私は姫君の臣下でなく、イシュト様の臣下になってしまいます!」
「なんじゃと!?」
「ですから、姫君が私の貸出料金というか、出張料金をイシュト様から取り立てて下さいませ! 臣下の働きの報酬を正当に取り立てるのは、その主君にしか出来ないことなのです! 姫君にしかおできにならないことなのです!」
「いや、しかし、そなた奴から武器を受け取っていたではないか?」
「そんな!? 姫君は私のこの度の働きはあれだけの事でしかないと!? 姫君の臣下たる私が何日も走り回った価値が、あれ一つなんですか!?」
「い、いや、待て。そなたの武器の残り五つはそなたの師が職人に作らせたものであったの? 安くはないじゃろうが……妾の臣下が何日も縛られる理由としては安い、か?」
「たしかにイシュト様にはご加護もいただいております。ですが、姫君もいらした時のあの会話の流れを考えるに、ご加護自体は私の何かがイシュト様の琴線に触れたからであって、この事に対応するためではなかったかと存じます」
ちょっと勢いこみ過ぎたせいで息が上がってしまったけど、垂れこめていた暗雲はすっかり消えて青空が広がっている。
ひよこちゃんはまだちょっとおろおろしてるみたいだけど、一生懸命私の背中を擦ってくれてて可愛い。
不意に姫君が薄絹の団扇を勢いよく閃かせた。
「うぬ、言われてみればその通りよの。皆して妾が甘い顔をしていたら、勝手にそなたを使いおって! たしかに妾は加護を与えるなら接触しても構わんと言うたが、このような厄介ごとを押し付けてよいとは言うておらぬぞよ! ええい、腹立たしい! よかろう、妾がそなたの時間外職務範囲外手当なるもの、きっちり彼奴より取り立ててくれるわ!」
姫君が麗しの顔に怒りを讃えて、肩に掛かっていた領巾を絞殺に掛かる。
「ありがとうございます!」
つくづく姫君の臣下で良かった……!
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