第320話 君だけじゃなく、夢と希望と憧れを乗せて
それから二、三日は忙しくも平和だった。
まず新たな教団の活動場所だけど、これに関しての返事は早く、武闘会の決闘裁判の勝てば、それでもって名誉挽回としてとあるラビリンスを開放くださるって、皇帝陛下と宰相閣下のお墨付きを公式文章でいただけた。
その際に神様と人間の信仰心の話をお手紙に書いたんだけど、これは実は皇室と楼蘭の上層部は何と無しに知っていたらしく、他言は無用って。
まあ言わないよ。でもそれとなく、悪い行いをしたら見守ってくださる神様が悲しむ的な話を、ブラダマンテさんに説法として解いてもらおうか。
姫君にお願いした件も、その日のうちにお返事をいただけた。
もっともお返事を届けて下さったのは氷輪様とロスマリウス様だったけど。
お出でになって、私の顔を見た瞬間、ロスマリウス様はゲラゲラと大笑いされて。
「だからコイツは俺らが神だからって遠慮するほど繊細じゃねぇって」
なんて仰ってた。
反面、氷輪様は凄く複雑な顔をされて、私の手を御取りになると視線を合わせるべく膝を折り曲げて下さった。
『夜ごとの訪問は、お前にとって迷惑か?』
「いいえ! え、なんでそうなっちゃうんです?」
『それは……時間外勤務なのだろう?』
「へ? いや、これは私の私的な時間ですから、勤務には当たらないと思ってます」
『しかし、我らをもてなすのは仕事に入るだろう?』
「あー……そういう……。いえ、これは……僭越ながら私は氷輪様がご訪問くださるのは、私と演劇の……趣味の話をなさりたいからだと思っています。その趣味を同じくする方のご訪問は仕事ではなく……」
『お前も楽しんでいるから良い、と思っていても?』
「はい。実際楽しいですし、喜んでもいますから」
『そうか』
その日のお召し物は、黒を基調にした漢服でゆったりとした幅広の袖が、氷輪様が手を動かすたびに優雅に揺れる。目元は涼やかで艶やか、髪も頭頂に冠でまとめて背中に流すのが大変麗しい。
この世界に生まれて菫の園をこの目で見ることはまだ出来ないけど、氷輪様のお蔭で美しい舞台上の誰かの姿は垣間見ることが出来る。
氷輪様はご自身に姿は無いって仰ってたけど、それでも記憶の中の役者さんとそっくりそのままって訳でもないから、きっとちょっと違う部分が氷輪様の本当のお姿の部分じゃないかな?
きゅっと握られた手を握り返すと、氷輪様も形の良い唇を上げてくださった。
するとロスマリウス様も、笑うのをおやめになって私の頭を撫でられる。
「まぁ、うん。お前は気づくと思ったし、やってのけると思ってたからイシュトにお前の事を教えたんだ。不足の働き分は百華がキリキリ分捕って、ちゃんと約束させたから安心しろ。それにしてもお前も中々強かになって来たな。いい事だ」
「いい事、ですか?」
「ただ働きが割に合わんと言えるのは、色んなものが見えて来て証拠だからな。それくらいでちょうどいいさ」
何がいいのかちょっと解んないけども、取り立ては成功したのは解った。
それで一応のバックフォローはまあやれたとは思う。
後は武闘会の勝利と菊乃井歌劇団の公演の成功を目指すだけ。
武闘会というかベルジュラックさんは、そもそもまだエルフィンブートキャンプの最中だし、これに威龍さんが加わって修行が更に加速しているそうだ。
ただ、火神教団の司祭の言葉が少し引っ掛かる。「勝てばよろしい」と言うのだから、何か秘策があるんだろうが……。
それに関しては威龍さんに心当たりがあるらしいので、彼の仲間が色々調べてくれるそうだ。
菊乃井歌劇団についてはそろそろ演目が出来上がるらしい。
ユウリさんからは、本番が近づいてきたらゲネプロもしたいって言われてる。
ゲネプロっていうのは本番直前にする、衣装もセットも音楽も全部本番と同じようにする通し稽古なんだけど、通し稽古と何が違うかって言うと、ミスをしたところで止めないでずんずん進んでいくんだ。
そこに人を入れたら、良い宣伝になると思うんだよね。まあ、その人選はヴィクトルさんがやってくれるそうなんでお任せ。ここで何にも解んない私が口出しするより、解る人にお任せする方が上手くいく。
それで問題は部隊の出来具合なんだけども。
此方も特別枠で帝都に呼ばれてるって事で、熱意をもって皆稽古に励んでいるそうだ。そのお蔭で、めきめきと皆実力が付いてるって。お芝居だけじゃなく、歌もダンスも披露するんだからって、物凄い張り切ってる。
あくまで今回は歌と踊りがメインで、そこにお芝居を少し入れ込む程度って言っても、やっぱり高い演技力は必要だもんね。
と言う訳で、早いとこ城の舞台で稽古がしたいというユウリさんの声に応えて、本日からお城の舞台を開放しました!
初稽古の見学は、私とレグルスくん、それから奏くん・紡くん兄弟、アンジェちゃん、そして「興味深い」という事でフェーリクスさんで行くことに。
ヴィクトルさんや楽団の人も、オーケストラピットに入ってる。さながら本番仕様のお稽古場に招かれたわけだよ! ひゃっふー!
舞台は団員が全員立っても余裕がある、と言うか、空間拡張の魔術がかかっているそうで、団員の数によって拡がるみたい。どんな魔術よ、凄すぎる。
それから舞台の音や歌の通り具合を見るのに、皆して暮れに歌う「歓喜の歌」を、イツァークさん率いる楽団の演奏で歌ってくれた訳だけど、凄く迫力があって。
「音響もばっちりだね。セリフの通りも完璧だし、なんかレクス・ソムニウムかその恋人か知らないけど、本当にあーたんと趣味が似てるんじゃないかな?」
「ですかねぇ?」
「うん。だってこのお城に掛かってる魔術自体凄いけど、この劇場に対する熱意はなんなのって……」
「ああ、好事家って感じですよね」
「うん」
今は舞台でダンスの練習中だからと、ヴィクトルさんが色々教えに来てくれた。
ひよこちゃんや紡くんは、歌劇団のダンスに夢中で客席の隅の方でアンジェちゃんをお姫様役にして踊ってる。
フェーリクスさんも舞台装置に興味津々で、同じく技術系統には凄く好奇心旺盛な奏くんと、そっちの方を見に行った。
私はと言えば、ちょっとだけ舞台にあがってみたいなぁ、なんて。
ぼしょっと言えば、ダンスの稽古を終えて歌劇団のみんなが休憩に入る間に、ユウリさんとヴィクトルさんが舞台に上げてくれて。
「おお、すごぉい!」
「いつかここが憧れの舞台とかになるんだ」
「そうだね。ここが演劇の聖地とか、ね?」
夢が広がる。いつか、菫の園の大階段のように、この舞台を目指す人たちが現れるんだろうか?
そうなればいいなぁ。
舞台の上から観客席を見れば、小劇場だからか距離が近い。
この舞台で活躍する歌劇団の皆を、客席で見た誰かが、この舞台に立つことを夢見て菊乃井を目指す。そして目指した舞台に立てた誰かをみて、また夢と希望が連綿と受け継がれていく。そんな、場所に。
想像した未来はとても明るくて美しい。
誘われるように鼻歌を歌いながら、舞台の隅から隅まで見て歩く。
するとユウリさんが舞台の真ん中で私を呼んだ。
「オーナー、歌ってみる?」
「へ?」
「鼻歌歌ってたから歌いたいのかと?」
「え? や、その……いいんです?」
「いいよ、オーナーの『お城』なんだから」
にこっと笑うユウリさんにつられて笑えば、そっと舞台の真ん中で手を離される。まあ、皆見てないか。
そう思って大きく息を吸い込む。
折角空飛ぶお城なんだからと、前世で見た「天空の城」とそれを継ぐ一族の最後の姫と、彼女と出会って父親から夢を受け継いだ少年の冒険アニメ映画の主題歌をチョイス。
ノリノリで歌っていると、ヴィクトルさんのピアノが追い付いて、その後にイツァークさんのヴァイオリンが追い付く。
最後の一音を口から出すと、ユウリさんが指揮者よろしく二人の音を閉めた。
全力で歌った気がすると思っていると、ぱちぱちと大きな拍手が二つ。
劇場の入口に、帝都にいる筈のマリアさんと知らない女の子が一人立っていた。
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