第315話 もろとも焼け野原の真意

 部屋に備え付けられて時計の、秒針が動く音がやけに響く。

 私の言葉に、ルマーニュ側の彼らはようやく何を敵に回し、何を怒らせようとしているのかに気付いたようで、ガタガタと震えている。

 どんなに権勢があったとしても、それを覆すのが数の暴力。

 そしてこの場合は、民衆の反感だ。

 貴族だの神殿だの言ったって所詮はマイノリティで、一般市民の方がマジョリティ。

 彼らが貴族や神殿に額づくのは「そうせねばならない」という教育が染みついているからで、そのタガを外すためにルマーニュ側に「悪」のレッテルを貼って、それを正すのだという「正義」の大義名分を与えてやれば、さてその普段理不尽に抑えられている怒りは何処に向かうだろう?

 現にシェヘラザードのギルド周辺に集まった人々は、私の「真実を明かす」という言葉に興奮しきっている。

 その中にこの二人を「邪教徒」そして「人々を搾取する悪」として放り込んでやれば、さて?


「……勝負、ありましたな」


 津田さんがため息交じりにそう言った。

 事実上、ルマーニュ側への降伏勧告だ。これ以上やるなら助け舟は出せない、そういう。

 それにシェヘラザードの冒険者ギルド、いや冒険者ギルド全体だってこのままなら拙いんだ。

 だって組織内に古の邪教と繋がりがあった者がいて、その活動資金に冒険者ギルドが得た利益が使われてたかもしれないって事だし。下手すりゃお国から監査が入る。

 国を監視する役割をもった冒険者ギルドが、逆にお国から監査されるってどうなの? 屈辱と違う?

 うち? うちは公明正大に監査にはいるよ。監査を受けることが逆に無罪の証明になるんだし、ローランさんもそういう気骨のある人だから菊乃井まで流刑に処せられたんだろうし。

 ただ、他はどうかなぁ?

 ちょっと意地の悪い目で見ていると、津田さんが首を横に振った。

 そしてやっぱり私が思った通りの事を口にする。


「……正直に言えば、此度の件は我らまともな運営をしている冒険者ギルドの職員として、非常に迷惑している。一部のギルドの不正が、何処のギルドでも行われているように思われているのですからな。その上に今度は古の邪教との繋がり……。どうこの疑惑を晴らされるので?」

「う、そ、その……」


 疑惑を晴らすのはまず無理だ。悪魔の証明だもん。こっちは火神教団が古の邪教と何らかの接点を持つことはいくらでも証明出来るけど、繋がりがない証拠なんて見せられない。おまけに、民衆は私の味方、抗弁しても信じてもらえない率のが高いのだから。


「とはいえ、非を認められても世界中にこの事実は発信しますけどね」

「!?」


 この言葉には、ルマーニュ側の二人だけでなく、何故か津田さんも驚いてる。そしてローランさんが溜息を吐いた。


「まったく、うちのご領主様は厳しくていらっしゃるぜ。庇いだてしたら揃って焼野原ってよ」

「勿論、菊乃井のギルドにも監査に入りますよ。事と次第によっては私だって大やけどだ。まあその辺は、私、ローランさんを信じてますので」

「任せてくんな。俺ぁこんな怖いご領主様の下でおかしなことが出来るほど、肝は据わっちゃいねぇから。本当にレクス・ソムニウムが生きてたらいい整地友達になれんじゃねぇかね? そこんとこどうよ、お師匠さん?」

「そうですね。いい感じに育ってくれてて、師匠としては鼻が高いです」


 やはりローランさんは私の目論見が解っていたようで、大げさに嘆いて見せて、ロマノフ先生へと水を向けた。先生の返答は……よう解らん。褒められてるの、これ?

 じっと先生を見ると「褒めてますよ」と言われたから、そうなんだろう。

 津田さんが肩を落とした。


「つまり、我らにも覚悟せよと仰せなんですな? この機会に自分で切開して膿を全て掻き出せ、と」

「多大なる痛みがあるでしょうけれど、その痛みは頼れるはずの組織から踏みつけにされた冒険者たちが味わったモノより遥かに小さい筈だ。傷口を新しい水で洗って然るべき処置をすれば、まだまだ組織は腐らないでしょう」

「承知いたしました」


 まあ、いうても荒療治だよ。

 だけど私にだってこんな事をする理由はあるんだ。


「……以前、エストレージャの三人を助けた時、命がけの仕事である筈なのに彼らは尊ばれもせず、踏みつけにされるだけの存在だった。晴さんに詰め寄られた時もそう。過酷な仕事であり、そこに性差がある筈もないのに彼女は女性というだけで踏みつけにする者がいると嘆いていた。それだけじゃない、冒険者を守る筈の組織の長が反対に搾取を行っているとも。そしてベルジュラックにしても、そのせいで随分と危ない目にあった。一つ間違えたら死んでいたんだ。そして強い筈の先生達の身体にだって無数の傷がある。先生達でさえそうなんだ。ではもっと力のない、それでいてその仕事しか選べないものは? 冒険者ギルドというのは、かつて国家によって抑圧される人々を守る民間の盾として設立されたと聞きました。その組織が! 守るべき者を搾取するなどあってはならない!」


 ドンと上げた拳をテーブルに叩きつけると、ルマーニュ側の二人が怯えたようにびくっと跳ねる。


「私だって冒険者の資格を持ってるし、友人も冒険者だ。師だってそう。冒険者というのは、私にとってとても身近で親愛が持てる存在なんです。だけど私は体制側の人間だから、領民と冒険者を秤にかけなければいけなくなったら、領民を選ぶ。そんな時に冒険者を守るだろう組織がこんな体たらくで、どうして安心できます!? もしも私が間違った道を進んで悪政を敷く側になった時、こんな弱った組織で誰がどう私を止めてくれる!? こんな自ら膿も吐き出せない組織で、誰の何を守れるんだ!? 言ってみろ!」


 鼻の奥がジンと痛くて、眼の奥が熱い。人間、腹が立ち過ぎたら涙が出るらしく、ぼたぼたと目から液体が落ちていく。ヤバいわー、最近本当に涙腺がおかしい。これが終わったら、眼のお医者さん行こうかな。

 そんな風に頭の隅で考える冷静な部分もあるけれど、大体は物凄い怒りに飲まれてる。

 ダンッともう一回テーブルを拳で思いっきり叩いたら、拍子に爪が剥げた。めっちゃ痛い。

 兎も角、ちょっと痛みで頭が冴えた。切れ散らかしたせいで、息が上がってはあはあしてるのがなんか恥ずかしい。我ながら情緒がおかしすぎん? いつからこんなにヒステリックになったかな?

 恐る恐る顔を上げると、ルマーニュ側の二人は恐ろしいものでも見たような顔をしてるし、ローランさんや津田さんも唖然としてる。

 うぎゃー、やっちまった。

 固まっていると、ふわっと頭を撫でられる。感触からしてロマノフ先生か。


「……君がそこまで冒険者を好きだとは思いませんでしたね。冒険話、興味ないのに」

「荒事に興味はあんまり。でも……」

「でも?」

「先生達だって冒険者じゃないですか。今の私には先生達を守ることは出来ないけど、冒険者を守る組織を支援することは出来ます」


 いつか見た先生達の身体には大小沢山の傷があった。昔のことだって言ってたけど、それがこれからもないとは限らない。

 先生達を守る程の力は私にはない。でも先生達冒険者が所属する組織を支援することが冒険者を守ることにつながるなら、それはいつかの未来で私達弟子より長く生きる先生達を守る事に繋がると思うから。

 なのにその組織が貧弱じゃ、お話にならないんだよ。

 くっそ恥ずかしい話はここまでだ。

 私はちょっと乱暴に目元を拭うと、ルマーニュ側の二人を見据えた。


「さて、ルマーニュ側は、どう落とし前をつけられるので? 付けられないでしょう? なら提案があります」

「提案とは、どのような?」

 

 津田さんが大真面目な顔で聞く。


「決闘裁判です。菊乃井のギルドが勝ったら、こちらの全要求を呑む形でこの件の幕引きを図る。ルマーニュ王都ギルドが勝てば、火神教団とルマーニュ王都ギルドは悔い改めたとみなして、双方の監査とベルジュラックへの謝罪と賠償金の支払い、彼に対して行われた詐欺の犯人の引き渡しだけで手打ちにしましょう。これだけで済ませて上げるとか、私って優しいですよね?」


 当然飲むよな?

 そう言わんばかりの顔で笑ってやれば、ルマーニュ側の二人の顔色が青から白へと変わった。

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