第316話 それぞれの立場で

「決闘裁判……」


 ルマーニュのどちらかが、呻くように口にする。


「そうです。冒険者の守護神にして火神教団の主神であらせられるイシュト様の御名に懸けて、公明正大・正々堂々戦い、その勝利を持って裁判の結審とします。どちらの勝利も最終的にはイシュト様に捧げられ、それをもってこの騒動の決着と収集を図るのです。舞台は折しも帝国では武闘会が開催されますし、そこで天下万民に結果を知らせる事にすればいいでしょう。あの大会には各地より人が集まる」


 盛り上がりにイマイチかける大会になるかもって宰相閣下のご心配は、この冒険者ギルドの騒動に結び付けることで何とかなるだろう。この騒動、話題的には滅茶苦茶注目度高いし。

 それに帝国国内でやることに、ルマーニュの貴族は手が出せない。よって妨害工作を国ぐるみで行われる可能性は下がる。

 公平性は審判を帝国の人じゃなく、他の国の人にやってもらえば担保は出来る。

 って言うか、一部とはいえギルドに監査を入れろって要求をしている以上、菊乃井、ひいては帝国はギルドの味方ではない。

 どっちが勝っても利がない以上どちらの味方もしない、これはギルド内部の揉め事であるってのの再強調になる。


「し、しかし、その条件では……!」


 真っ白な顔でコンチーニ氏が食い下がるけど、どうもまだ立場が解って無いらしい。

 こと、この期に及んではルマーニュ冒険者ギルドはどうあっても無罪にはならない。火神教団もそう。

 だってベルジュラックさんへの搾取はあったんだから。そして早々にそれを詫びれば良かったのを、ここまで引っ張ったのだから灰色はとうに真っ黒。

 その真っ黒を真っ白に変えない限り、永遠に推定有罪なんだ。そして推定有罪は冤罪をも有罪に変えるだけの力を持つ。

 それを幕引きするには、罪を認めて償ったという事が、誰の目にも明らかでなくてはならない。

 決闘裁判は負ければ苛烈な制裁が待つが、勝てば公に罪の贖いが済んだことを喧伝できる手段ではあるのだ。

 これらの事を言い含めると、コンチーニ氏が俯いて押し黙る。彼の膝に置いた手が震えているのは怒りか恐怖か。


「これは救済でもあるんですよ? 私はこのまま貴方方と菊乃井のギルドが戦い続けても、なんら問題はないのですから。だって揉め事の当事者は私ではない。菊乃井のギルドだ。私は偶々ベルジュラックに声をかけただけで、その時は冒険者としての活動中。なんら国際問題になるような行動はとっていない。あくまで領内のギルドが外国のギルドに干渉されている事を憂慮して見守っていただけだ。その私を公に引っ張り出したのは貴方方。それも無関係の私の屋敷まで襲撃して、ね? でも私は優しいので、その全てを飲み込んで、決闘裁判で幕引きひたらどうかと提案したんです。貴方方が墓穴を掘るのが哀れだから」

「無関係だなどと、よくも白々しく!!」

「無関係ですよ。別に私が経済封鎖してくれと頼んだわけでも、冒険者にルマーニュ側の仕事をボイコットしてくれと頼んだ訳でなし」


 吼える司祭にしれっと返せば、「たしかに」と津田さんが頷く。


「私は孫娘から菊乃井の騒動を聞いただけ。その後調査をなさった帝国の三英雄の証拠をみて納得したからの、あの文書ですからな。閣下からは何のお話もなかった」

「帝国の三英雄が絡んでいるなら菊乃井伯爵の意を受けているに決まっているじゃないか!?」


 尚も吼える司祭に、今度はロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんがお互いを見回して肩を竦めた。


「私達は教え子が泣かされたので、事実を調べてそれを然るべき場所に訴えただけです」

「そうだよ、『ルマーニュ王都の冒険者ギルドと、そこから来た冒険者がいじめるんです、えーん』って泣いたから、仕返ししただけだけど?」

「そうだよ。君らが七つの子どもいびったのが最初じゃないか。なんだっけ、七歳の子どもにベルジュラックを返さないような企てが出来るとは思ってない……とかって、思いっきり馬鹿にしてくれてたよね?」


 そうだよ、コイツら私の事先生達の操り人形みたいな言い方してくれてやがったっけ?

 その傀儡と侮ってた子どもが、何を企むっていうんだろう。矛盾してやしないか?


「そうですよ。私は七歳なんだからまともに今回の事に関わってないからすっこんでろって言いに来たのは、そちらのギルドが先ですよね? 私、お望み通り引っ込んでましたよ? それで私が何を企むっていうんです?」

「そうだぜ、喧嘩買ったのは俺だってのによう」


 お前達は馬鹿なのかとでも言わんばかりの視線が、ルマーニュ側の二人に降り注ぐ。

 その視線に耐えられなかったのか、それとも何か思いついたのか司祭が「勝てばよい」と呻いた。

 伏せていた顔を上げた司祭の形相は憤怒のそれ。でも。だからどうした。こっちの堪忍袋の緒はとっくに切れている。


「よろしい。勝てばよいのでしょう! 決闘裁判にのりまする」

「ええ、どうぞ。私はそちらに対して、情けとして決闘裁判を提案しているんです。当方からはベルジュラックを出しましょう」

「解り申した」

「な、何を勝手な事を!?」


 片割れの男の静止も聞かず、司祭は私を睨む。だが、こっちだって負けはしない。その為の準備は万全に行う。そうやって私は勝ってきたのだから。

 そうしてシェヘラザードの冒険者ギルドのマスターの津田さん立ち合いの元、決闘裁判に合意した旨の誓紙が作られて。

 それが高札としてシェヘラザードのギルドの前に掲げられると、民衆がざわめく。

 勿論そこにはベルジュラックさんの一件から、ヴァーサさんの事、私の屋敷に火神教団の襲撃があり、この襲撃犯に古の邪教の秘薬が関わっている事、その全てが書き出されている。

 それと同時に、今回の件に関わる帝国・コーサラ・楼蘭のギルド長に対して、この話し合いの流れや火神教団と古の邪教についての関りなんかを公表に行ってもらった。

 先生達が戻ろるまで、私達はシェヘラザードのギルドで待つ。

 すると早速、ガタガタとシェヘラザードのギルドが俄に騒がしくなり、私たちがいる応接室の外から「ルマーニュ側の二人を出せ!」とか「やり方が汚いぞ!」とか「古の邪教に金をながしてたのか!?」とか、そんな怒声が響くことに。

 部屋が揺れるほどの怒号と緊張感に、興奮で顔を赤くしていた司祭の顔が、みるみるうちに青くなり。


「何を驚いてやがるんだか。これが民衆の敵になるってことだっつーの」


 ぽりぽりとローランさんが頭を掻いて、ソファから立ち上がる。

 どうしたのか尋ねると、騒ぎを収めるために出てくれるという。津田さんがそれを押しとどめた。


「それは儂の役割だ」

「いや、しかし……」

「まだまだひよっこどもには負けんよ」


 そういうと、津田さんが扉の外に出ていく。

 部屋の外にいるだろう冒険者たちに「説明するから静かに」と声をかけたかと思うと、そのざわめきを引き連れて気配が遠ざかる。

 頭を抱えるルマーニュ側の二人をしり目に、ローランさんが私に「ん」と手を差し伸べた。


「ん? なんです?」

「いや、手を」

「手……?」

「爪剥げて出血してるからよ」

「ああ」


 そういやそうだった。でもこういう傷は魔術で治せるし、手当するようなもんでもない。

 大丈夫といおうとすると、真剣なまなざしで「申し訳ない」と謝られた。

 私はそんなローランさんにキョトンとする。

 ベルジュラックさんも私の前に跪いた。

 え? なんで?


「冒険者を、そこまで尊重してくれてると思わなかった。しかし、ダンジョンのある領地だ。考えて見りゃ、冒険者を切り捨てにゃならんことも、最悪あるわな」


 ダンジョンがもしモンスターの大発生に見舞われて、もうどうにもならないとなった時、領主は国に援軍を頼むだろうけど、それまでの間に例えばまだ戦っている冒険者がいたとしても、街や砦、ダンジョンの入口を封鎖して、冒険者を犠牲にして領民を守る選択をする。

 勿論それは私だって例外じゃない。


「そんな時に、権力に阿るギルドじゃ、安心して領民を選べんよな。だが俺はこれで安心した、そん時が来たら容赦なく切り捨ててくんな。後は俺が請け負う。俺はお前さんのいう事なんか聞かないで、冒険者を助けに走る」

「はい。そうしてください」


 穏やかに言うローランさんに手を任せると、持ってたハンカチを裂いて巻いてくれる。

 跪いたベルジュラックさんは、私の怪我をしていない手を額に押し頂く。


「俺は絶対負けない。主に勝利を」

「信じてますよ」


 さあ、勝負だ。

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