第314話 民衆の敵の作り方

 こいつら、本当に私を舐めてる。

 私が一瞬はらんだ怒気に気付いたのは先生方だけだろう。

 呉司祭の言葉にまたベルジュラックさんが声を荒らげようとする気配を感じ、私は穏やかな表情を崩さずに片手を上げてそれを制した。

 にこやかに笑った私に、司祭は「構わないという事ですな」と独りごちる。しかし私はそれには答えを返さず、別の事を口にした。


「私、実は火神教団に質問状を公式に送る準備をしておりまして」

「は? 質問状、ですと?」

「先日、私の屋敷にさるやんごとない御立場の方から『襲撃に気をつけよ』というお言葉をいただきまして、待つのは性に合わなかったので罠を仕掛けさせていただいたんです」

「……それはそれは。閣下はお若いにもよらず、ご苦労が多いようで」

「苦労は襲撃を企んだ者がするんですよ、これから一生。私がこの世にある限り、ずっと」


 くっと口の端を歪めれば、青かったコンチーニ氏の顔色が更に悪くなる。そりゃ、私が生きてる限り「お前ら絶対に許さねぇから。そこんとこヨロシク?」って宣言されたも同じだ。いくら後ろ盾があったって、切り捨てられんのは明白なんだから怖いわな。

 しかし本当に世俗に疎いのか、余程自信があるのか、呉司祭は怯んでない様子で。


「然様ですか。それで、それが火神教団への質問状とどう関わるので?」

「いえね、その襲撃者。捕えてみれば、このようの物を持っていたんです」


 すっと懐から、革新派の襲撃者・オブライエンが持っていた火神教団のシンボルマークがついた根付を取り出す。それを見えるように掲げて見せると、津田さんの眼光が厳しくなった。


「これは……火神教団の根付では?」

「そ、そのようなもの、信者じゃなくとも手に入りまするぞ?」


 証拠にはならないと首を振る男に、ヴィクトルさんが「僕の目を疑うと?」と声をかけた。


「僕の目はそんじょそこらの鑑定眼とは違うの、解ってて言ってる?」

「そのような意図は決して……」

「疑うのであれば、こちらにある鑑定道具で確認していただいても構わないんですよ? ここは貴方方が『中立』として指定されたギルドだ。その結果信者の持ち物である事が確認されれば疑いようもないでしょう」

「い、いえ、そこまでは。ショスタコーヴィッチ卿がそう仰るのであれば、それは事実なのでしょう」


 あっさり引き下がるくらいなら噛みつくなよ。って言うか、ヴィクトルさんのおめめって普通の鑑定眼と違うのか。そっちの方を私は知らんかったんだけど、それはそれで問題なんじゃなかろうか?

 先生達も大概謎が多いんだよね。正面から聞いて答えてもらえる時もあれば、はぐらかされたり「自分で調べてみてください」って宿題にされる時もあるし。

 そう思ってヴィクトルさんを見ればウインクされた。顔が良い。

 いや、本題はそうじゃない。

 私はこの件だけで火神教団に公開質問状を叩きつけようって訳じゃない。そう告げれば、司祭が僅かに焦りを顔に浮かばせる。

 津田さんが、私に向かって尋ねた。


「と、仰ると?」

「捕えた賊から古の邪教の秘薬が使用された痕跡が見つかりまして」

「なんと……」


 津田さんの今初めて聞きましたって言うリアクションが迫真に迫っていて、私は内心で津田さんの頭に狸耳を付ける。本当に食えない爺ちゃんだわ。

 だけど見事な演技に呉司祭は引っ掛かったようで、にやりと口の端を歪めて「おやおや」と言った。


「古の邪教の秘薬とは、また大層な話ですが……。しかし、古の邪教は抹消刑を受けて、その秘薬とやらも伝説の存在。私どものような世俗から離れた者には知るべくもないもの。そんなものが賊に使用されていたとはいえ、普通の人間には判別がつかぬ筈。閣下におかれてはどのようにそれをお知りになったのです? こういっては何ですが、我らのような身分を持たぬ者よりは閣下のお師匠方の方がそう言った事をご存じではありますまいか?」


 つまり、一般人の自分達火神教団よりも、エルフである先生方の方が「邪教に近いのでは?」って言いたい訳ね。

 まあ、論法としては間違ってないよ。自分たちが薬を作って、それを火神教団になすりつけてるっていう風にもっていきたいんならな。でも、お前らにはない情報がこっちにはあるんだよ。


「当家には今、偶々象牙の斜塔の大賢者様が遊びにいらしているのです。彼の方はなんでもレクス・ソムニウムが邪教の神殿を流星を降らせて更地にしたのを目撃されたそうです。古の邪教が地上に存在していた時に、何度かその秘薬の被害者を治療されてそうで……。特別に調合した解毒薬が効いた以上、賊に盛られていたのは古の邪教の秘薬で確定だそうです。解毒薬は古の邪教の秘薬以外には、単なる栄養剤としての効果しかないそうですから」

「……」


 本当はブラダマンテさんの存在もあるんだけど、それをここで言ったらブラダマンテさんの立場が悪くなる。彼女が本物の「ブラダマンテ」だと公表してもいいんだけど、そうなると今みたいに穏やかな暮らしが出来なくなってしまう。だったら最初から彼女じゃなくて、もっと権威のある人を出す方がいい。本人も何かあったら書類を出してくれるって言ってたし、権威を潰したいときはより上の権威を利用するのが最上。

 大神官とかいうなら兎も角たかが司祭より、世間に名の知れた大賢者様の方が世間的には強いのだ。

 ぐっとルマーニュ側の二人が唇を噛む。対照的なのはコンチーニ氏の方は真っ青な顔、呉司祭の方が赤い顔だってとこか。

 うーん、しかし何でこの程度の事で押し黙る癖に、喧嘩を売ってくるのかね?

 あれか、この人たち私を普通の七歳だと思ってるからか。

 そうか、そうだよな。七歳なんてまだお家でカテキョと世間についてお勉強してる年だもんな。でもそれなら私のバックにはエルフの三英雄が付いてる訳だから、私じゃなくて先生方と戦う覚悟がある訳だよね? なんなの? そんだけ神の権威ってのは万能なわけ?

 何だろう、なんか嫌な感じがする。

 神様は人間の信仰心がご自身の力になるって仰ってた。それって逆に人間が信仰心を捨てたら、その神様の力が弱まるって事だよね?

 とすると、火神教団みたいな奴らが台頭してきて、世の中がそれに対する認識を「悪」と定めてしまえば、教団の崇めまつる神様であるイシュト様も「悪神・邪神」と定義されてしまう。それによって信仰心が薄れれば力が弱まるだけだけど、もっと悪くしたらイシュト様が邪神としての信仰を集めてしまって、結果邪神になってしまうってこともあり得るんじゃないだろうか?

 そういうのなんていったけ? ええっと、闇落ち?

 背筋がうっすら寒くなる。見過ごせなくなった理由って、まさか……ね?

 いや、可能性として考え付いたなら、やっぱり見過ごしちゃダメだ。

 これは後で先生方に相談するとして、私はにこやかにルマーニュ側の二人を見た。


「古の邪教の秘薬は、それを用いた人間を意のままに出来る薬。そのような薬が教団の根付をもって屋敷を襲撃してきたとあれば、帝国としても私個人としても火神教団に対して、納得いく説明をしていただきたい。だから公開質問状を送らせていただこうか、と。しかし……これは偶然ですかね?」

「……どういう意味で?」

「菊乃井の冒険者ギルドと、ルマーニュ王都の冒険者ギルドは、現在進行形で揉めている。そこに仲裁に加わった火神教団、そして私の屋敷を襲ったものも火神教団。更に貴方方はしつこくベルジュラックのルマーニュへの帰属を求めていて、発見されたのが人の意思を奪って意のままにする秘薬……。すべて偶然にしては、あまりに重なり過ぎていますよね?」

「そう仰られても、我々もどういうことか……」


 男たち二人は青ざめながらも、私の言葉を否定する。別にそれはそれで構わないのだ。

 ただ、知らないなら教えてやろう。


「そうですか。あくまで偶然と仰るんですね?」

「あくまでも何も、それが真実ですから」

「なら、表にいるシェヘラザードの皆さんに今の話を聞いていただきましょう。でも、誰があなた方の話を信じてくれるんでしょうね? 貴方方はご自身の立場をお分かりでないようだから教えて差し上げるが、貴方方は今まぎれもなく民衆の敵なのです。その民衆の敵のいう事を、民衆が信じると御思いか? この期に及んで嘘を吐くと、悪くすれば八つ裂きだ」


 私の言葉に二人が笑おうとして、周りを見回してから押し黙る。誰も皆真剣で、私の言葉を中立である筈のシェヘラザードの冒険者ギルドの長ですら、頷いて聞いているのだから。


「鳳蝶君の行いは、去年の武闘会のバラス男爵成敗から知れ渡っていますからね。特に冒険者の味方は多い」

「そうですな。伯爵は冒険者の間では正義の使徒だ。初心者には皆迷わず『菊乃井を目指せ』と教えるくらいですし」


 ロマノフ先生のしれっとした言葉に、津田さんの補足が加わったことで、ルマーニュ側の二人の顔が引き攣る。


「例えばその正義の使徒たる私が、貴方方を指差して『火神教団とルマーニュ王都の冒険者ギルドは古の邪教の信徒で、活動資金を集めるために冒険者を搾取していた。生き証人もいる!』と叫んだとして、それを信じない人の方が少ないんですよ。たとえ本当に貴方方が関わっていなかったとしても、ね。そしてそれを全世界に波及させる方法を、私はもっている」


 世界を敵に回す覚悟があるなら抗弁を続けろ。

 私の言葉に先生方が、恐ろしく怖い笑顔をルマーニュ側の二人に向けた。

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