第299話 誰も彼も行動力がありすぎる
言えば古典的なやり口だ。
革新派の連中はルマーニュの王都ギルドから、今回の件で仲立ちを依頼されたと言うか、仲立ちに名乗りをあげたそうだ。
それ以前にルマーニュの貴族と革新派は手を組んでたらしいから、その貴族の仲介で革新派が仲立ちを進んで請け負ったというところかな。
それで革新派は私を暗殺とまでは考えていなくて、私の寝所に押し入って脅しをかけ、交渉を有利に進められるようにしたかった、という。
これには先生方が思い切り苦笑いだよ。
「いやぁ、我々も侮られたものですね」
「本当。タラちゃんに簀巻きにされた奴を見てきたけど、あれ、ヴィーチャが魔術を弱めなけりゃこの屋敷にすら辿りつけないくらいの小者だったよ」
「知らないって事はある意味幸せだよね」
同感だ。
仮に先生達が抜かされるような実力の持ち主なら、後ろ暗い事をしなくても世界なんか簡単に手に入るよね。
知らないって事は幸福だ。
上には上がいることを知らなければ、常に自分が頂点に立っていられる。
もしかしてイシュト様が仰っていた粛清対象って、そういう無知ゆえの驕りに嵌った信徒だったりして。
まあその辺は自ずと明らかになるだろうから、今はいったんおいておこう。
さて威龍さんから話を聞いた後、とりあえずロマノフ先生にお願いしてヴィクトルさんに連絡を取って、ラーラさんに簀巻きにした男を見てきてもらったのだ。
男は何だか魂が抜けたように虚ろだったらしい。
そういやあの男、死ぬも生きるも好きにしろっていった時から虚ろだったけど、野心を持つ人間てあんなに虚ろな目だっけ?
どちらかと言えばあれは……。
「で、紫闇の蝶のお方はなんだったの?」
ヴィクトルさんの声に思考の海に沈みかけていたのを引き戻される。
そう言えばその話も聞いたんだった。
「何か卜占で出たそうですよ。『麒麟と鳳凰の守りし国の、菊花咲く地に羽化したる紫闇の蝶にすべてを告げよ』って」
「……何と言うか、それどう考えても天におわす方の思惑が透けてるよね」
「直々に『粛清せよ』って言われるぐらいですからね」
ラーラさんが額に手をやり、ロマノフ先生がため息を吐く。
頭が痛いのもため息を吐きたいのもよく解りますけどね。
兎も角、威龍さんのお陰でベルジュラックさんの件の交渉時に横やりが入ってくるのが解った。
なら対策なんだけど。
宗教を敵に回すのってちょっと面倒くさいんだよねぇ……。
ましてイシュト様の信徒となると、立ち居振る舞いを間違えるとちょっと微妙。
何せ冒険者は結構な割合でイシュト様を信心してる。
教団とは教義が合わないからって入信していないだけで、イシュト様自体を信仰の対象にしている人はかなり多いんだから、教団を敵に回すとそういう人達にイシュト様を敵に回したと受け止められかねない。
今回の騒動は冒険者達の支持があって、それを武器にあちらに迫っているわけだから、その冒険者を敵に回すようなことは下策注意の下策。
それに気が付いたからこそ、ルマーニュ王都の冒険者ギルドは、火神教団の手を取ったのだろう。
さて、どうするか……。
さすさすと顎を擦る。
と、ロッテンマイヤーさんの眼鏡がきらりと光った。
「旦那様……」
「はい?」
「私とのお約束をお忘れですか?」
「は!? そうだったね!」
ひっくい声のロッテンマイヤーさんに私はすちゃっとソファから立ち上がると、先生たちにも立ってもらう。
「どうしたんです、鳳蝶君?」
「あーたん?」
「まんまるちゃん、どうしたの? そんな慌てて……」
驚く先生に私は思い切り重々しく告げる。
「事が終わったらすぐに寝る約束なんです」
「ああ、なるほど」
「あー……そうだね。寝よう」
「うん、寝ようか」
そんな訳で、この場は解散となった。
そして目覚めたのは昼過ぎでした、びっくり。
起きたときはやらかしたと思ったけど、私の悲鳴を聞きつけてやってきてくれたレグルスくんがなんと頑張ってくれたそうで。
「よるにへんなひとがきて、にぃにがそのひとをつかまえて、ねたのがおそかったのでっていったら、ひめさまが『寝かせておけ』って」
「そうなんだ……。ありがとうレグルスくん」
「ううん、きのうはれーねててなんにもできなかったから」
「そんなの良いんだよ。寝ててってお願いしたのは私なんだから」
そう、万が一にもレグルスくんを人質に取られたら私の身動きが取れない。
だから昨日は私の事を守るってずっと言ってくれてたんだけど、レグルスくんには寝ててもらった方が私を守ることになるって説得したんだよね。
ヴィクトルさんにも、レグルスくんの部屋にこれでもかってくらい認識阻害やら隠ぺいやら気配遮断やらの魔術をかけてもらったし。
事なきを得たし、朝には起きる予定だったんだけど、どうも張ってた気が抜けたのかダメだった。
レグルスくんはそんな事情を察して、朝の菜園の世話も、動物の世話も、奏くんや紡くんやアンジェちゃんに手伝ってもらって終わらせたらしい。あとで皆にお礼を言っとかないと。
おまけに姫君様への事情説明までやってくれるなんて、なんてに賢くて優しくて可愛いひよこちゃんなんだろう。
感動して思い切り抱っこしたら、きゃっきゃ喜んでくれた。
それでそんな可愛いひよこちゃんと、ずっと一緒に過ごすなんて出来ないのが当主の定めだ。
やることが山積みなんだよ。
まず、ラーラさんにお願いした大根先生への質問だけど、これは私が目覚めたのと似たような時間に、ラーラさんの元に「二、三日待ってほしい。調べる」と鳥の使い魔が返事を持ってきたそうで。
昨日の騒ぎに紛れてマンドラゴラが透明な蓮の代わりをしてくれるかもしれないことを、ロマノフ先生ヴィクトルさんに共有できなかったから、大根先生の返事を添えて伝えたら二人とも「ありうる」と言ってくれた。
これに関しては大根先生にお任せ。保留。
そして二つ目、これが大事。
宰相閣下から祝祭での菊乃井歌劇団の公演と、武闘会についてのお手紙がまた届いたのだ。
折よく歌劇団の事に関してユウリさんから報告があると来てくれていた。
「ミュージカルとまではいかないが、レヴューショーに芝居を少し盛り込む程度ならいけるようになってきた」
「おお! 凄い!」
「うん、演目はまだ形になってから話すよ」
「はい、楽しみにしてますね」
嬉しい報告に心躍らせて、宰相閣下からのお手紙を読む。
着実に式典の用意が整っていることや、歌劇団の公演日程や宿泊場所についての大まかな予定などが記されていて。
ユウリさんにも伝えれば、持ち帰ってエリックさんのも伝えてくれるという。
お手紙はそれだけでは終わらない。
武闘会の方なんだけど、去年のエストレージャのような人生逆転サクセスストーリーを夢見て応募してくる武芸者は数多あれども、その実力がどうかというと玉石混淆とか。
私の様子にユウリさんが不思議そうにしたので、これまでの経緯をざっと話す。
ユウリさんが肩を竦めた。
「あれだな。パンとサーカス、いやパンとコロッセオか」
「武闘会は不殺ですからグラディエーターとかはいませんよ?」
「まあそうだけど、どこの世界でも決闘とかって娯楽に入るんだな」
そうなんだよねぇ。
決闘って言うほど殺伐とはしない筈なんだけど、全力でぶつかり合うんだから流血は当たり前だ。
そこまで考えてハッとする。
決闘・娯楽・そして諍い。
積み上げられていた問題が一本の線でつながる。
これならイシュト様を敵に回すのでなく、むしろ崇め奉ることになるんじゃないか……?
「ところで、オーナー。あのデザイン画の件なんだけど」
「……ッ、はい!?」
考え込んでいたところに突然声をかけられて肩がびくっとする。
それに気づかなかったのか、座っていたソファから立ち上がって、ユウリさんが私のデスクに近づいていた。
そして一枚の紙をポケットから取り出すと、私の目の前に置く。
「なんですか?」
「いや、あの原画改めて見てたら、隠し文章みたいなのが出てきて……」
「え!?」
「見つけたのは本当に偶然なんだけど」
そう前置きしたユウリさんの言うには、預けままになっていた原画を私に返そうと家から持ち出した時に、たまたま日光に透かして見たそうで。
「そしたら文字みたいなのがイラストの中に浮かんできたから、ちょっと気になって訳してみたんだよ。それをこっちの言葉に直すと『これを読むことが出来た同じ世界からの来訪者に告げる。君が虐げられて困っているのであれば白旗に「SOS」と書き込んで、どこでもいいから掲げなさい。どこにいても必ずレクス・ソムニウムの名において助けよう。もしも君自身は丁寧に扱われていて、君をもてなしている人達にその恩に報いてやりたいと思うのであれば、黄色い木綿のハンカチーフに「TU」と書いてどこでもいいから掲げなさい。私の遺産を譲ろう』ってさ」
「遺産、ですか?」
何かロマンある話だけども……。
ちょっとどういう反応をしていいか分からなくて困惑していると、ユウリさんがにっといたずらに成功した子供のような笑顔を浮かべる。
「うん。だから試しに黄色い木綿のハンカチーフの方吊るしてきた!」
なんですと!?
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