第298話 夜に蠢く奴はろくな事しない

「某の目的は、伯爵様にお目通りして、御身に降りかかる災難をお知らせすることにございました」


「災難、ねぇ?」


 ブリザードと圧力に見舞われて、男は観念したようで素直に話し始めた。

 彼の名前は威龍ウェイロンというそうで、火神教団の末端に所属するものだとか。

 火神教団ってここ数年の悪い噂が立つ前は、法で裁けぬ悪とやらを陰で裁くような真似をしていたそうで、諜報活動集団的側面も持つらしい。

 いや、自分たちで裁かんで情報提供してよ。

 そんな非合法暴力集団を許したら法の基が崩れるって。

 胡乱な目を向けた私に、威龍さんは首を横に振って「暴力は出来るだけ使ってない」って言ったけど、そもそも法に寄らない制裁なんてのはあってはならない事だ。

 でもその事は今回とは別に考えるべきだろう、本筋の話はそっちじゃなくて。


「その、某らは現在内部分裂の危機にありまして」

「内部分裂ですか」


 ロマノフ先生が顎を擦る。

 どこの組織も最初は一枚板であっても、人の出入りがあれば考え方が自ずと多様化されて、個々で違う考えを持つに至って派閥が出来て……なんてあるある。

 それでも有事に一致団結できれば基本的に問題はないんだよ。

 菊乃井だって私に忠誠心とか持たなくていいから、有事には指示に従ってほしいとしか言ってないんだもん。

 兎も角、彼の組織は分裂の危機にある。

 何でかって言うと、数年前からの悪評にあるんだとか。

 あれって元々は武術大会で対戦相手が八百長を持ち掛けてきたのを断ったのが原因で、逆恨みされて闇討ちの噂を流されたのだとか。

 そこで大半の教団信徒達は腐らずに心正しく生きている訳だけど、極一部がこれに反発したのだ。

 陰ながら人助けをしても称賛もされない、それどころか悪評を打ち消すこともできない。

 それは俗世での力がないからだ、と。


「うん? それを求めるのって、教義に反するんじゃないんですか?」

「ああ、いえ。教義には尚武の志を忘れず、研鑽に努めよというものはありますが、栄耀栄華を求めるなとはありません。教団の創設者がそういったことに興味がなかったのと、集まった信徒も同じような性質だったので、自然そちらを求めなかっただけなのです」

「へぇ、そうなんですか」


 でもそれも人の出入りや、時の流れで変わって行って、現世の「力」を欲する人も出てきたってことね。

 それが良いか悪いかなんて判断はするものじゃない。

 競争がある、欲するものがあるから、人は研鑽を重ね、学び、強くなる。

 それをこそ、彼らの崇め奉る武神はお望みなのだから。

 で、だ。

 現世の力を求めた人達を、威龍さんの所属する旧来の栄華も称賛も求めない派……保守派は静観していたという。

 強さの形はそれぞれ。現世の力を求めるのも、武神のお心に叶うのであればそれも良いだろう、と。

 しかし近年、現世の力を求める者たちが変質してきた。

 本来武の頂を求めるための拳が、弱いものを脅かし、財貨のために振るわれる。

 貴族の弱みを握り強請り集りをすること、或いは商人達に略奪を示唆して金銭を要求することの何処に強さへの求道があるのだ。

 保守派の者たちは、そう現世の力を求める人たちに問いかけた。

 自らを革新派と名乗った彼らは、世の中を陰から支配すれば、それは我らが力の頂点に立つということ。頂点とは最強を指す。それこそが我らの崇める武神の御心に叶うのだと取り合わなくて。


「なんて滅茶苦茶な……。世の中を支配するってそんな簡単に出来ることじゃないし、支配するって一口にいってもやらなきゃいけないことは煩雑だし、思ってるより楽じゃないんですよ? 行政機構とかどう構築するんですか? 統治計画は?」

「え? いや、某には解りかねます……」

「為政者としては気になるところですよね、鳳蝶君?」

「はい、とっても」


 だって効率よさげな話があったら知りたいじゃん?

 ロマノフ先生と二人してじっと見ていると、威龍さんが困ったように眉を八の字に下げる。

 そんな彼を見て、ロッテンマイヤーさんが眼鏡をきりっと上げた。 


「旦那様、お話が進みませんので……」

「あ、続けてください」

「はい。それでですね……」


 再び威龍さんが話し出す。

 革新派をこのままにはしておけない。

 そう考えた保守派の人たちは、革新派を止めるためにかつて取った杵柄で諜報活動を開始したのだそうで。

 情報を盗って先回りし、邪魔できるところは邪魔することにしたのだとか。


「それでこの度、伯爵様と事を構えるという情報を得まして、先もってお知らせとお詫びにと思い、まかり越した次第で……」

「胡散臭い」

「おや、ざっくり」


 私の切り捨て御免な言葉に、ロマノフ先生が肩を竦めて、威龍さんが青ざめる。

 だってなぁ、もう方法からして失敗してるんだもん。

 

「はっきり言えば、夜中に寝所に忍んで来ることを選んだ時点で、貴方を信じる理由がない」

「それは! 奴らに知られる可能性を考慮して!」

「知られたからなんです? 貴方達に後ろ暗いことがないのであれば堂々とこの屋敷に乗り込んで、私に協力を仰げば良かっただけでは? それを隠したのは、誰かのためとはいえ過去非合法な行いをしてきたのを隠したかった、或いは同朋が今も後ろ暗い事をしているのを世間から隠したい思いがあるから、でしょう? 結果的にもう一人とかち合って潰しあったから良いじゃないかとか言いませんからね? 闇に忍ばなきゃいけないって時点で、貴方ももう一人も、私には信じるに値しないことは同じなんですよ」

「……っ!」


 威龍さんが項垂れる。

 でも彼は武器を出さなかった。

 その点でもう一人よりは話ができると判断しただけ。

 因みにもう一人の侵入者は今頃タラちゃんたちに簀巻きにされて、衛兵さんの所に突き出されているだろう。

 自害したいならしたらいい、死体から情報を引き出す方法はいくらでもある。抵抗など無駄だし、したところで意味はない。つまるところ、全ては無意味だと言い含めておいて。

 絶望したような虚ろな目をしてたけど、知ったことか。 

 閑話休題。

 とは言えだ。

 何でもかんでも明るみに出すのが良いのかって言えばそうじゃないことは、政治に関わっている身の上だから、私にも解る。

 それに彼は実働部隊ってだけで、忍んでいくよう指示を出した上がいる筈だ。

 ロマノフ先生も目線で「そろそろ赦してあげなさい」って仰ってるし、この位にしようか。

 大きく息を吐くと、私はそっと威龍さんの肩に触れた。


「言いすぎましたね、結果はどうあれ貴方は私の身を案じて来てくれた。それは感謝しています、ありがとう」


 穏やかに努めて優しく声をかけると、威龍さんが首を横に振る。


「いえ、某は何もできず……。恥じ入るばかりです」

「そんな事はありません。もう一人のように武器を出すこともなく、貴重な情報も提供してくれました」


 私の言葉に勢いよく威龍さんが顔を上げた。

 驚きに満ちた表情の彼に、少しばかりの理解と共感、労り、それから私に従いたくなる暗示を込めて笑って見せる。

 たちまち彼の血の気の失せていた頬に赤みが戻ってきた。

 諜報部にいる人がこんなに心に隙だらけで大丈夫なのかな?

 いや、彼を利用しようとしている私が心配することじゃない……けど、後で【精神攻撃耐性】が上がる何かをあげよう。

 そう決めて、静かに私は口を開いた。


「再度確認ですが、もう一人の人は火神教団の革新派の人で、貴方は穏健派の人。革新派の人は私に害意があって忍んできて、貴方は私を彼から守ることと革新派の企みを知らせに来た。そういうことですね?」

「左様で御座います」

「では本題ですが、企みとは?」

「それは……ルマーニュ王都の冒険者ギルドとの仲立ちにございます」


 おぉう、そこかよ……!?

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