第300話 立てたのはフラグじゃないのに……

 ぱちぱちと瞬きを繰り返して数秒。


「え、やってきちゃったんですか……?」

「ああ。エリックが黄色木綿のハンカチーフ持ってたからさ。朝、歌劇団に出勤する前にちょいちょいと」


 千年くらい前の話なんだから眉唾っぽいし、当たらぬも八卦。

 そんな気持ちだったようで。

 書かれていた文言が気にはなるけど、白い旗じゃない黄色いハンカチーフの方だから大丈夫かな。

 そう言えば時間はもう夕方。

 あんまり時間を取らせちゃ悪いってことで、今日は解散。

 そう決めてユウリさんを見送るべくソファから立った刹那、私は廊下に駆け出した。

 何か大きな物がやってくる。

 そう感じたと同時に、呼び止めるユウリさんを置き去りにして、身体が勝手に駆け出していたのだ。


「にぃに! なにかくるよ!」

「うん。何か……魔力の塊?」

「なにがきても、にぃにはれーがまもるよ!」


 同じく廊下に出てきていたレグルスくんと合流して、階段を駆け下りる。

 エントランスにはもうロッテンマイヤーさんやロマノフ先生、ヴィクトルさんにラーラさんがいて、先生たちは玄関から出ようとしているところだった。


「先生! ロッテンマイヤーさん!」

「旦那様! レグルス様も!」

「二人とも、気づいたのかい!?」

「せんせー、おっきいのがくるよ!」

「うん、巨大な魔力を感じる。悪意は感じないけど……」

「私達が様子を見てきますから、君達は中にいてください」


 常にない真剣な様子の三人に、私もレグルスくんも眉を顰める。

 先生たちが真剣って事はそれだけちょっと尋常じゃないことが起こってるってことだ。

 これは私も行かないといけない。

 そう言おうとすると、急に屋敷の中が暗くなる。

 まるでいきなり日が暮れたような様子を訝しんでいると、後ろからパタパタと足音が。

 ユウリさんがやっと追いついたようだ。

 代わりに今度は灯りをともすべく、ロッテンマイヤーさんがいなくなって。

 危険がないか確認する前ユウリさんには屋敷に留まって貰おうと、声をかけようとした時だった。

 バタンッと大きな音がして玄関から、ヨーゼフが飛び込んできた。


「だ、だだ、だだだ旦那様! た、たい、大変! 大変です! おや、お屋敷の上に、お城が乗ってますだ!」

「は!? 城!?」

「おしろ!? なんで!?」


 ざわっと屋敷全体が揺らぐ。

 え、城? 城って何? 白? シロ? 動物?

 なんのこっちゃ。

 私や先生たちの間に漂っていたシリアスな空気が霧散する。

 ちょっと何が起こってるのか解んないし、何を言われてるか分かんないです。

 その場にいた全員がお互いの顔を見まわして、首を捻る。

 何でもヨーゼフは妖精馬の颯を夕方の散歩に連れ出して、屋敷を見下ろす丘から飛ぶように帰って来たら、屋敷の上にそれはもうどこかの王族が住んでるって言われても納得しそうな城が浮いていたのだという。

 ヨーゼフが近づいても攻撃などはされなかったから、おそらく上のお城には攻撃の意思はないようだ。

 そもそも悪意や害意があれば屋敷には近づけないように、威龍さんの来訪後すぐに張りなおしてもらったしね。

 兎も角、こうしていても埒が明かない。

 とりあえず何が起こってるのか確認しよう。

 先生達と私で見に行くことに決めて、「それじゃあ」と玄関を開ける。

 するとそこには黒いタキシードを着たウサギがちょこんと座っていた。


「へ?」


 驚いているとウサギはちょこちょことエントランスに入ってきて、すくっと立ち上がるとごにょごにょと、鳴くというより喋った。

 それにはっと表情を変えたユウリさんが、片手をあげて「ユウリ・ニナガワ」と名乗る。

 その途端、ウサギがぱあっと光って再度鳴く。いや、喋った。

 それに対して二、三ユウリさんが話すと、ウサギの光が収まって、ちょこんとユウリさんの足にすり寄る。

 そのウサギを抱っこすると、ユウリさんが私に近づいた。


「ユウリさん、今のは!?」

「や、なんか、遺産くれるって」

「ええ!? じゃ、じゃあ、もしかして……!?」

「うん、そうみたい。って訳だから、オーナーこのウサギに名乗って?」


 ずいっと腕の中のウサギを近づけられて困惑する。

 ユウリさんとウサギが話していたのは異世界の言語、それも「俺」が手も足も出ない聞き取りすら出来ないという「英語」だったそうで、ウサギはレクス・ソムニウムの魔術人形だとか。

 遺産をユウリさんだけでなく、ユウリさんの恩人という配置の私にも渡すと言っているらしい。


「えー……、ユウリさん、エリックさんでしょ、こういうのは」

「エリック、死んでることになってるのに? それにアイツ、こういうのは絶対受け取らないって。だいたいレクス・ソムニウムって凄い魔術師なんだろ? それならオーナーに渡した方がより良く使って貰えると思うんだ」


 という訳でと、再度ウサギを近づけられて「菊乃井鳳蝶です」と名乗る。


「認識」


 そう一言話してウサギはぴょんとユウリさんの腕から飛び降りた。

 そして地面に着地したウサギの目が光る。


「渡り人・ユウリ、その恩人・菊乃井鳳蝶、承認。これよりレクスの遺産を受け渡します。我が主の城へとご同道願います」

「は、はあ。ご丁寧にどうも」

「城はこの建物の上にあります。少々動かしますので、しばらくお待ちください」

「はい、よいようにどうぞ……」


 ウサギからは女性の声で流暢なこちらの世界の言葉が出てきて、何だかあっけにとられる。

 それは先生達も同じで、唖然とした顔で私とユウリさんを見比べいて。

 レグルスくんが「はーい」と元気よく手を上げた。


「ねぇ、にぃに。いさんってなぁに?」

「えっと、亡くなった人が生きてるときに作った財産……かな? 持ち物とかもそうかな?」

「そうなんだ。レクス・ソムニウムのいさんってなにかなぁ? おしろ? ドラゴン? れー、ドラゴンでロデオしたい!」


 ぺかっとした笑顔でレグルスくんがはしゃぐけど、ドラゴンは無いだろう。

 仮にいても、ロデオとか危ないこと、お兄ちゃんはやめといてほしいです。

 でもはしゃぐの可愛いなと思っていると、むにっとほっぺたを摘ままれる。

 最近なかったけど、懐かしいなー……とか感慨に浸ってる場合でなくて。

 私のほっぺを掴むロマノフ先生が肩を竦めた。


「鳳蝶君、何が起こったか説明してもらっても?」

「あー……そのー……私もよく解んないんですけど……」

「ってか、多分俺のせいだから俺から話すよ」


 むにむにと私の頬を揉むロマノフ先生の言葉に、ユウリさんが両手をひらひらさせる。

 そしてレクス・ソムニウムのデザイン画に隠された言葉、それを翻訳した時に出てきた行動――黄色い木綿のはハンカチーフに「TU」と書いて掲げる――をしたこと、そしてウサギの魔術人形とデザイン画に書かれていた異世界の言語でした会話の内容を説明してくれた。

 ヴィクトルさんがこめかみを揉む。


「ユウリって本当に思いついたら即行動だよね……」

「いや、偶々だってば。偶々エリックが黄色い木綿のハンカチーフ持っててさ、ちょっとどうなるのか気になったから……。まさか、城が来るとか思わないだろ?」

「まあ、君の世界には魔術師はいないから予想できなかったろうけど、桁外れの実力をもった魔術師には、千年の時の流れなんかあって無きが如しなんだよ。凄いね、あのウサギの人形。異世界の言語を識別、それが掲げられた場所を特定して、どこの空にいても跳んでくることを可能にする魔術が掛けられてる」

「ひぇぇ……」


 こっわ。

 そんな複雑怪奇な魔術かけるってどんなひとよ?

 これ、掲げられたのが黄色いハンカチじゃなくて白い旗だったらどうなってたことか。

 思いついて震えていると、屋敷の中が少し明るくなる。

 ロッテンマイヤーさんが灯りを付けたのかと思ったけど、何かが動くような音がしたからそうじゃないみたい。


「移動完了、橋を下ろします」


 ウサギの目がピカピカ光って、外へとぴょこぴょこ跳ねていく。

 玄関から出るとき僅かに振り返ったのはついて来るようにってことだろうと解釈して、先生やユウリさんと外に出る。


「わぁぁぁ! すっごーい!」


 空に浮かぶ美しい白亜の城と、そこから延びる大階段に、レグルスくんは大喜びだけど、私も先生達もユウリさんも絶句するしかなかった。

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