第289話 火事場から遠く離れて
転移魔術を使える人が複数いるっていうのは、何かをやる時に凄く有利だ。
特に情報伝達においては凄まじいまでの威力を持つ。
あれから先生達は手分けして、帝都やシェヘラザード、コーサラを回ってくれた。
帝都のギルドもそうだけど、シェヘラザードは晴さんが、コーサラはバーバリアンが信頼するだけあって、流石に話が解る。
証拠を提示して話をしたら、すぐにルマーニュ王都のギルドに対して真相究明と外部監査を要望する書類を作ってくれて。
まだ要望書だから拒否しても罰則はないんだけど、他国の元締めギルド四つからこれを出されるだけでも、かなり外聞が悪いそうな。
そう、四つ。
帝都やコーサラ、シェヘラザードだけでなく、後一つ協力してくれるギルドが現れた。
桜蘭教皇国のギルドだ。
これはブラダマンテさんのお蔭。
招かれざるお客さんが「気絶した」というとこだけがギルドの外に漏れたみたいで、病人か怪我人かは判らないけど癒しの技が必要ならって駆け付けてくれたんだよね。
そのブラダマンテさんに、ベルジュラックさんが首打ち式を望んでいる事とか、決闘しようとしたら相手が気絶したとか、そもそもベルジュラックさんがルマーニュ王都のギルドでいじめられたのが原因とか、レグルスくんが据わったおめめでピヨピヨお話ししたそうな。
それで思うところがあったブラダマンテさんは、ロマノフ先生と教皇国に行って、そこの元締めギルドの協力を取り付けてくれたんだよね。
いやはや、人の繋がりって本当に大事。
それに協力してくれるのは冒険者ギルドだけじゃない。
シェヘラザードの商業ギルドも、ルマーニュ王都のギルド、ひいてはルマーニュ全域のギルドに対して不信感を表明する文章を作ってくれたという。
商人は信用が第一。
それなのに、その命とも言うべき信用を踏みにじる行為を行った上に、組織ぐるみで隠蔽するような真似をしたのか。
この不信感を拭うにはそれなりの調査・究明が必要ではないか?
それが終わるまで取引は一時的に縮小する。
そういうこと、らしい。
これはねー、ちょっと素直には喜べないところがある。
今のところ、取引してるのはロートリンゲン閣下とその領都のギルドと、マリアさんの関係、次男坊さん関連、帝都ギルド、そして以前からカレー用スパイスの取引をしていた行商人のジャミルさんだけ。
そこに参入する伝を、シェヘラザードの商業ギルドは前々から探していたらしい。
商会の品が高く評価されてるのは嬉しいけど、恩を売られるのはちょっとねぇ……。
憂いを口にすると、静かにソーサーの上にカップを置いて、晴さんは首を横に振った。
「ああ、それは大丈夫だと思うよ」
「そうです?」
「うん。シェヘラザードの商業ギルドのマスターも、おじいちゃんと一緒で小悪党が嫌いだもん」
シェヘラザードのギルドから帰ってきて、晴さんは爵位継承のお祝いを伝えに、改めて翌日屋敷を訪ねてくれたんだよね。
シェヘラザードの商業ギルドマスターがどんな人かは知らないけど、曲がった事が嫌いな晴さんが「大丈夫」と言うなら信じていいかも知れない。
まあ、恩をごり押ししてきてもやりようはあるしね。
そんな風に思っていると、晴さんが「あ!」と手を打った。
「それで、お祝いなんだけど!」
そう言って、晴さんは腰に付けたポーチから何かを取り出し、よく磨かれて飴色に光るテーブルへと置く。
綺麗に筒状に丸めてリボンで留めてあるそれは、拡げてみれば絵が描いてある羊皮紙で。
じっと見ていると、横に座って同じく羊皮紙を見ていたレグルスくんが小鳥のように首を傾げた。
「おようふくのえがかいてあるの?」
「そう、みたいだねぇ?」
そう、服のイラストとその解説文があるんだよ。
だけど綴りが間違ってるのか、ちゃんと読めない。
それに何だか、凄く違和感があって。
何に対する違和感なのか考えていると、斜め横のソファで紅茶を飲んでいたヴィクトルさんも羊皮紙を覗く。
そして「ごふっ」と派手に噎せた。
因みにロマノフ先生とラーラさんは、ローランさんとヴァーサさん、ベルジュラックさんを伴い、件の三人組冒険者を引っ立てて、ルマーニュ王都ギルドへ。
三人組冒険者の私への不敬はレグルスくんが手袋をぶち当てて気絶させちゃったことと相殺する旨の私直筆の書類と、幼児に大人が気絶させられた証拠映像を納めた布、それから四か国の元締めギルドとシェヘラザード商業ギルドから出された要請文、後はヴァーサさんは菊乃井へと移ること、ベルジュラックさんへの謝罪要求がお土産だ。
咳き込むヴィクトルさんの背中を撫でていると、晴さんが目を逸らす。
「ああ、うん。やっぱりそんな反応になるよね……」
「そりゃそうだよ! 君、これ、写しじゃなく原本じゃないか!?」
げふごふと口許をハンカチで拭うヴィクトルさんに、晴さんがちょっと困ったように眉を下げた。
「私だって本当は写しをプレゼントしようと思ったんだよぅ。でも、おじいちゃんが持ってけって言うから……」
「おじいちゃんが言うからって……『
ヴィクトルさんの表情が少し固くなる。
晴さんは晴さんでヴィクトルさんの硬い表情に、もじもじと手を動かして俯いてしまって。
なんか解んないけど、お祝いに来てくれた晴さんが縮こまるとか良くない。
なので晴さんに声をかけようとすると、先に彼女が口を開いた。
「あのね、これはシェヘラザードに伝わる伝説の魔術師の着ていた装備一式のデザイン画で、シェヘラザード冒険者ギルドの至宝って言われてるものの原本なの」
「ひぇ!? な、なんでそんな貴重そうなものを!?」
「おじいちゃんが、折角繋いだ縁だから大事にしろって」
「へ……?」
「私のおじいちゃん、シェヘラザード冒険者ギルドのマスターなの」
もじもじしながら晴さんのいうことには、彼女は昨年菊乃井でメイド体験をしてから、かなり周りの人から「付き合いやすくなった」とか「丸くなった」とか言われるようになったそうな。
晴さんがおじいちゃんと呼ぶシェヘラザードのギルマスからも、そう言われたから菊乃井での体験を話したそうだ。
それ以来ギルマスは何かあればお礼をと思っていた所に、晴さんが私の爵位継承のお祝いに「
だけど、それだけじゃなく。
「おじいちゃん、その……菊乃井でやってる初心者冒険者講座をシェヘラザードでもやりたいらしくて。ちょっと協力してくれないかって下心込みで……あの……こういうの、嫌だよね?」
「いえ、全然。というか初心者冒険者講座は是非とも色んなところでやってもらいたいので、ありがたいところですけど」
「で、でも、ここのギルドの売りみたいなもんでしょ!?」
「そうですけど、別にそれで稼いでるわけではないので」
あれは寧ろ慈善事業みたいなもので、損してないのは私の人件費を無視してるからなんだよね。
でも名声は時としてお金より力を持つ。
今回シェヘラザード冒険者ギルドが要請文を出すと決めてくれたのが初心者冒険者講座への布石であるなら、それこそお金より価値のあるものが手に入ったってことだし。
ひょっとしたらシェヘラザードの商業ギルドが協力してくれたのも、冒険者ギルドから根回しがあったかもだしね。
ありがたく受けとると言えば、晴さんはほっと息を吐く。
でも、まだ眉がへにょりと下がっている。
ぴよぴよとレグルスくんが首を傾げた。
「どうしたのー、晴おねえさん?」
「うん。それデザイン画だから服を作る人には参考になるかなって思ったんだけど、でもやっぱり作れないもの。そんなの渡してもなぁって」
「へ?」
「だってそれ、渡り人の言語で書かれてるから読めないし」
「!?」
ひゅっと息が詰まった。
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