第288話 いとも容易く行われる小火を大火にする行為

 相手の想定より遥かに高値で喧嘩を買ってやるには、まず準備がいる。

 一つ目はヴァーサさんがロマーニュ王都のギルドに提出した、ベルジュラックさんを嵌めた冒険者パーティと王都ギルド職員の癒着の証拠資料。

 これは流石出来るお役人というのか、ヴァーサさんはギルドの受領印のある写しを、自宅に丁寧に保管していた。

 それをロマノフ先生の転移魔術を使って確保。

 その間にラーラさんには帝都ギルドに飛んでもらって、斯々然々と今回の騒動の話をギルドマスターにしてもらって。

 何でかっていうと、冒険者ギルドって各国にあるんだけど、その国のギルドの元締めは首都にあるギルドなんだよね。

 当然他所と揉めたら元締めに連絡しないといけない。

 余談だけど、そもそも冒険者ギルドというものは、その成立に一人の渡り人が大きく関わっていて、その渡り人は国家権力の濫用を監視する組織が必要だと常々説いていたとか。

 それって「俺」の知識だと「オンブズマン」とか「オンブズパーソン」とかいう、行政による国民の権利侵害とかを調査・救済する独立機関じゃないかって思うんだけど、政治形態がそもそも渡り人の世界と違うし、「力」を持たない主張は踏み潰されるっていうこっちの人達の考えを取り入れて、色んな変遷があって今の冒険者ギルドの形態になったんだそうな。

 今でも国家権力の監視は続けているそうで、年に一回各国の首都ギルドの長が集まる報告会兼会議をしているとか。

 この辺は関わりの深いラーラさんから聞いたんだけどね。

 で、だ。


「事情は解った。けーたんとこにはヴァーサ君だっけ? 彼の証拠を持って行って、それから帝都のギルドでラーラと合流したらいい?」 

「はい、よろしくお願いします」

「ん、了解」


 エリックさんに、丁度歌劇団のレッスンに来ていたヴィクトルさんを呼んできてもらって、事情を説明すると即座にそう返事をくれた。

 事を起こすには根回しは必須。

 帝国も菊乃井家もギルド間の揉め事には介入しない。

 宰相閣下を通じて、帝国ははっきりとこの問題への不介入を打ち出してもらう。

 帝国にせよ菊乃井家にせよ不介入だと公にしてしまえば、ルマーニュ王国も不介入の立場をとらざるを得ない。

 それが狙いで、二つ目の布石。

 三つ目の布石は交渉が決裂した時用なんだけど、今から打っておこうか?

 ちょっと考えていると、応接室の扉が開いてロマノフ先生とヴァーサさん、ローランさんと、何故かバーバリアンのウパトラさんが顔を出した。


「ハァイ? また妙輩に絡まれてるみたいねぇ?」

「こんにちは。絡まれてるって言うか、喧嘩売られてます」

「あらあら」


 素直にそう言えば、ウパトラさんは肩を竦め、「あらましは聞いたけど」とローランさんをチラリと見る。


「で、どうするの?」

「そりゃあ、正式に抗議はしますよ。舐められたら貴族は終わりです」

「それだけ?」


 キラリとウパトラさんの目が光る。

 悪戯を思い付いたようなウパトラさんの表情に、私はちょっとだけ口角を上げて、顔を両手で隠した。


「えーん! ルマーニュ王都のギルドがひどいんですぅ! 私は一生懸命領地を守ってるだけなのに、営業妨害とか難癖つけていじめるんですぅ! えーん! それだけじゃなくって、冒険者のベルジュラックさんもいじめたのに認めないんですぅ! えーん!」

「ああ、鳳蝶君、泣かないで下さい! そんなヒドいギルドにはEffetエフェPapillonパピヨンの商品の流通を止めましょうね?」

「本当にヒドいギルドだよ! Effet・Papillonの商品があのギルドの門を潜った瞬間、付与効果が消えるような魔術かけようね?」

「まったくだわ。そんな冒険者を食い物にするようなギルド、バーバリアンは使わないし、依頼もルマーニュからのは受けないようにするわね? ついでに知り合いの冒険者にも商会にも話して、食い物にされないように注意しておくわ!」


 棒読みの泣き声に、ロマノフ先生とヴィクトルさんが芝居がった仕草で寄り添って、それにウパトラさんもノリ良く乗っかってくれる。

 顔を覆った指の隙間からチラリとローランさんとヴァーサさんを見ると、二人ともきょとんとしていて。

 顔を上げて説明しようかと思っていると、バタバタと足音がしてバタンッと勢い良く応接室の扉が開いた。


「聞いたよー!? なんなの、ルマーニュ王都ギルド!? 許せなーい!!」


 飛び込んできたのは青い髪を靡かせた、サンダーバードの二つ名で知られる晴さん。

 ぷんすこしながらも、私や部屋にいる人達がきょとんとしているのに気がついて、恥ずかしそうに語気を緩めた。


「あ、ご、ごめんなさい。私、今、このギルドに着いて……」 


 もじもじしつつ部屋に入ると、突然の入室を詫びる。

 なんと晴さん、冒険に出ていた先で私が爵位を継承したことを聞いてお祝いに来てくれたそうな。

 それで今しがた菊乃井のギルドに到着したんだけど、そこでベルジュラックさんと剣のお稽古をしていたレグルスくんに会って、ルマーニュ王都のギルドが自分達の非を棚上げして喧嘩を売りに来た話を聞いたとか。


「冒険者ギルドは冒険者を守る役目だってあるのに! それを寄って集って酷い目に遭わせるなんてどういうことよ!? 許せない! おまけに初心者冒険者をギルドと協力して育ててくれてる人に向かって砂かけるなんて! 冒険者は義理と信用を欠いたら破落戸と変わんないのよ!?」


 ぐっと拳を握って話す晴さんにウパトラさんもローランさんも頷く。

 冒険者って危ないこと引き受けてくれる反面、そのせいでどうも粗野とか粗暴ってイメージが付いて回る。

 だからこそ一流の冒険者はその地位向上のため、礼儀正しく義理と信用を重んじて行動するそうだ。

 それなのに、その冒険者を纏める組織が彼らを色んな意味で踏みにじるなんて。

 晴さんやウパトラさんはそこに怒りを抱いている。

 私としては、そこを武器にさせてもらいたい。

 ツラツラとここに至るまでの話を詳しく、当事者のヴァーサさんの証言も交えて聞いてもらうと、ウパトラさんも晴さんも不愉快げに顔を歪めた。

 晴さんが一度瞬きして、それからヴィクトルさんとロマノフ先生を見る。


「今から帝都に証拠を見せに行くのよね?」

「はい」 

「そうだよ」

「じゃあ、その足でシェヘラザードのギルドに証拠を持って来てくれるかな?」


 拳を震わせる晴さんに、先生達と私は顔を見合わせる。

 シェヘラザードって、商人が沢山集まって出来た海洋国家でとっても豊か。

 国土は帝国とコーサラに挟まれて狭いけど、その経済力は帝国をして敵に回せないくらいなんだよね。

 冒険者ギルドの組織でもシェヘラザードの首都ギルドは大きな影響力を持ってる。


「私の両親はシェヘラザードで隠居してるけど、昔馴染みの商会の依頼とかは受けてるし、馴染みの冒険者は沢山いる。おじいちゃんは血は繋がってないけど、凄く可愛がってくれてて冒険者としてのあり方を教えてくれたし、何よりルマーニュ王都みたいなやり方は大嫌いな人だから、味方になってくれると思う。先に行って話しとくから後で証拠持って来てね!」


 言うだけ言うと、晴さんは走ってさっさと行ってしまった。

 それを見てウパトラさんも立ち上がる。


「そうね、ワタシもジャヤンタやカマラに話してコーサラのギルドに行ってくるわ。それからシェヘラザードの次でいいから証拠を持って来て?」


 ひらひらと手を振って、ウパトラさんも部屋を後にした。

 ヴィクトルさんも「人使い荒いよね、彼ら」と言いつつ、ヴァーサさんの資料をロマノフ先生から受けとって転移魔術を展開させる。

 キラキラと魔力の光が収まると、ヴァーサさんとローランさんがソファに座った。


「さて、なんの仕込みで?」

「うん? 悪事千里を走るって言葉が異世界にはありまして」

「ああ、たしか『諺』ってやつかい」

「悪事が千里を走るのは、人の口伝てですからね」


 口の端を引き上げると、ヴァーサさんがはっと表情を変える。

 

「もしや、王都ギルド対菊乃井ギルドだけでなく他のギルドも巻き込まれるおつもりですか……?」

「だけじゃなく、冒険者さん達にも判断してもらいましょう」


 誰が敵で味方なのかを。

 

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