第287話 上司と部下の運命連鎖
「ヴァーサ……! どうしてここに!?」
「お前こそっ! 私はルマーニュで、お前が賊に殺されたと聞いて……っ……!」
「いや、危ないところをお助けいただいたついでに、死んだ事にして匿っていただいてるんだ」
「そうか……そうだったのか……」
腰を抜かして床に座り込んだヴァーサさんを、エリックさんは支えるとゆっくりソファに座らせてあげて。
「……ミケルセン、本当にどうしてここに?」
「ルマーニュから去る時、君には会えなかったから言えなかったんだけど、一か八か菊乃井領を目指したんだよ」
「サン=ジュスト様がいらっしゃるからか?」
「うん。あの方が政に関わられる場所なら、或いはと思って」
「賊に襲われたと言うのは……?」
「ああ、その……とある公爵家と揉め事があって。身の危険を感じてルマーニュを出奔したんだけど、察知されていたみたいで追手を差し向けられたんだ。それで危ないところをお助けいただいた」
「そうか……良かった……。お前が生きていて良かった……!」
エリックさんの両手を、ヴァーサさんは自分のそれで包む。
声にぐすっと啜りあげる音も混じる。
エリックさんの目許も赤い。
そんな再会の光景を見つつ、ロマノフ先生が顎を擦った。
「いつからサン=ジュスト君の関係者だと気づいていたんです?」
「お名前を聞いた時ですかね。後、ギルド職員の前に『元はルマーニュ王国の役人だった』と付けたこと」
「まあ、そうだよね。普通前職の事なんて言わないもの」
そうなんだよ。
ヴァーサさんの自己紹介には「元ルマーニュ王国の役人」っていう、現在の話をするのに不必要な情報が付いてた。
菊乃井にルマーニュで冤罪をかけられて始末されそうだった有能官僚、ルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュストがいるのは、あちらでも有名な話で。
その上でワザワザ自分が元役人だったというなら考えられるのは二つ。
ルイさんの関係者か、それを装ってルイさんを害したい輩か。
前者であれば歓迎するし、後者であっても特に問題なく対処出来る。
そう先生達は考えていたらしい。
だけど私には二人が持たない情報があった。
以前、ラシードさんの教師をエリックさんに頼みに行った時、彼の口から「ヴァーサ」という人物の事をちらりと聞いたことだ。
「なるほど、それが決め手ですか」
「はい。聞き覚えがあるなと思ったんで、受付さんにお願いして、エリックさんに連絡に行ってもらったんです」
「じゃあ、ルイ君にも知らせるかい?」
「いや、多分もうすぐ来ますよ」
エリックさんに伝言を頼んだ時、受付さんにはヴァーサさんの外見情報を詳細に伝えてもらったんだよね。
罠かもしれない事を考慮に入れても、エリックさんがヴァーサさんを「本物」だと感じたなら、そこでルイさんにも連絡を入れているだろう。
そう言えばエリックさんは「ご明察恐れ入ります」と私に頭を下げた。
そしてヴァーサさんの肩を叩く。
「このお方がサン=ジュスト様の希望なんだ。解るだろ?」
「ああ、解るとも。だからこそ私も一か八かに賭けたんだが……よくもこれだけのお方を『
ヴァーサさんがため息を吐く。
まあねー、私の歳と周りを固める布陣を見れば、私が何か企んでると思うより、私の周りがやらせているって思う方が普通じゃないかなぁ。
先生達やルイさんには不当な疑いだろうけど。
あの露出度の高い女性達は、おそらくヴァーサさんをこちらに派遣したギルドの上層部に、私が周りの大人、先生やルイさんに唆されてベルジュラックさんを匿っていると言われて、それを鵜呑みにしたんだろう。
あんまりことを荒立てるつもりはなかったんだけど、そうも行かないな、これ。
さて、どうしたものか……。
お膝のひよこちゃんのふわふわの髪に顔を埋めると、くすぐったいのかきゃらきゃら笑う声がする。
ベルジュラックさんを帰す気はない。
ヴァーサさんのことも、処断させるつもりはない。
と、なると。
「国家や領主は、冒険者ギルドの自治に不必要な干渉は出来ない。ベルジュラックさんの件を最初に訴えた時、王都の冒険者ギルドはそれを理由にして、ヴァーサさん退けたんですよね?」
「はい」
「なら、そこに付け入りましょうか」
ニィッと口の端を引き上げれば、ワクワクした顔でレグルスくんが私を見る。
ロマノフ先生もラーラさんも、ついでにエリックさんも何処か笑顔が黒い。
私達の様子にベルジュラックさんとヴァーサさんが息を呑んだ時だった。
「ギルド間紛争に落とし込むのですね?」
扉からルイさんが姿を現したのは。
「最悪の場合はね。下手に私が矢面に立つと国際問題になりかねないですし、ここは菊乃井のギルドにルマーニュ王都のギルドが喧嘩を売った……組織内部の揉め事にした方が妥当かなって」
「国家や領主はギルドの自治に不必要な干渉は出来ない。その建前をもって、ルマーニュ王国の紛争への介入を防ぐことは出来ます。しかし、そうなるとこちらも手出しは出来なくなりますが?」
「私は手出ししませんよ。でも
「なるほど」
ルイさんの言葉ににかっと笑うことで返事にする。
先生方は面白がってるような顔して、ルイさんはおもむろに頷いてから、ヴァーサさんに視線定めた。
「久しぶりだな、ヴァーサ……」
「は、お久しぶりです。サン=ジュスト様」
エリックさんに支えられてヴァーサさんは立ち上がる。
扉から中に入って私に一礼してから、ルイさんはヴァーサさんへと近づいた。
「痩せたようだ……苦労をかけてすまない」
「いいえ! サン=ジュスト様もご無事で……ミケルセンも……良かった……!」
ぎゅっと三人ともが手を取り合う。
ルイさんは菊乃井に来る前のことをあまり話さないけど、思えば祖国を出奔してから二年経つか経たないかで、更に菊乃井に来てからは一年程度でしかない。
それなのに祖国で手足になってくれた部下をこちらに呼びたいとか、思ってても言えなかったんだろうな。
なにせルイさん自身がルマーニュと帝国の火種になりかねなかったんだもん。
この上部下までとなったら、いくらお祖母様が集めた話の解るお役人さん達でも、受け入れ難いものがあったんじゃなかろうか。
だけど向こうから来てくれたなら話は別だ。
有能な人材は何処だってほしい。
ましてその有能さを死蔵どころか、本気で失わせるようなことしてるんなら、貰ってしまって何が悪い? いや、ちっとも悪くない。(反語表現)
ロマノフ先生とラーラさんがソファから立ち上がると、ニヤリと私に笑いかける。
「さて、先ずは先方に抗議と行きましょうか。謝罪はヴァーサ君の身柄の引き渡しをもって受けとる、と」
「だね。あちらが素直に非を認めればよし。認めなくても、それはそれで次の段階に進むだけさ」
「れーもアイツらとけっとうする!」
そんな二人にひよこちゃんは「ふんす!」と鼻息荒く、私の膝から立ち上がる。
すると、その前にベルジュラックさんが静かに膝を折った。
「その前に、そんな事になったらその時は俺に任せてほしい」
「なんで? れーがてぶくろぶつけたんだよ!」
「それでも。奴らに遺恨があるのは俺だ。俺にそれを果たす機会を与えてほしい」
「むー……」
ぷすっとレグルスくんが膨れる。
でもベルジュラックさんも退く気はないようで、ひよこちゃんの目をじっと見つめて。
ややあって、レグルスくんが「むう」と唸った。
「まけない?」
「負けない。絶対に、だ。でないと、
「は?」
なんか変な単語が聞こえて、私は首を捻る。
ベルジュラックさんが真剣な目で私を見据えた。
「ラーラ師にも話したんだが、俺が復讐を果たした後でいい。首打ち式を俺にもしてもらいたい」
なんでやねん!?
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