第281話 華やかな企み

 ピヨピヨと屋敷の庭では小鳥たちが、早春の太陽を浴びてご機嫌だ。

 雲一つない、見事なまでの快晴。

 前世の桜に似た、でも少し違う感じのする木が花を満開にした枝を揺らす。

 薔薇で作られたアーチも麗しい。


「あー! 畜生! またやっかんな!?」

「おうよ! 次こそは虎皮剥いでやる!」


 頬に湿布を付けたジャヤンタさんとロミオさんが、それぞれ手に串に刺して焼いたお肉を片手に睨み合う。

 そんな二人を他所にウパトラさんは肩をすくめた。


「まったく、またヤられちゃったわね」

「マキューシオ、魔術の威力があがったな。最後のは痛かったよ」


 杯を渡しながらのカマラさんの言葉に、マキューシオさんはブンブンと首を横にふる。

 肉にかじりつきながら、ティボルトさんも頷く。


「いやぁ、ウパトラさんの雷に競り勝てるとか思わなかったッス」

「いやいや、あれは俺がその前に食らいまくって魔力をかなり消費してもらったからじゃん!」

「たしかに、ティボルトの打たれ強さは凄かったわね」

「でもあれが限界でしたよ。あれ以上は無理だから突っ込んだんだし」


 和やか。

 あの戦いは結局、クロスカウンターで二人が伸びた後、ローランさんがテンカウントを取り終えても、どちらも起きてこず。

 ツンツンつついても二人とも起きなかったので、慌てて先に倒れていたカマラさん・ウパトラさん、ティボルトさん・マキューシオさんと合わせて回復魔術を掛けたんだよね。

 まあ、うん、引き分けですよ。

 そして両者は、主にリーダーが怪我も治らないうちに再戦を希望している。

 怪我が治ってないっていうのは語弊があるな。

 あれ、菊乃井では生放送だったから、あえて完治はさせないようにロマノフ先生に耳打ちされたんだよ。

 私の力がどれ程のモノなのか、測ろうとしているモノが菊乃井に紛れ込んでいるとも限らないからって。

 バーバリアンにもエストレージャにもそう説明したら、承知してくれたしね。

 そんな訳で、ショーとリベンジマッチを終えた翌日、屋敷ではイベントお疲れ様ガーデンパーティーが開かれている。


「街は興奮醒めやらぬって感じだったよ」

「明日からの歌劇団ショーのチケットも売り切れてしまいました」

「そうなんですね」

「はい。揉め事もなかったと衛兵隊から報告を受けております」


 ユウリさんの言葉を受けて、エリックさんも嬉しそうに歌劇団のことを報告してくれた。

 ルイさんも満足気な表情をしている。

 まだ、ルイさんにはイベントが残ってるんだからね!

 とは思っても、口には出せない。

 先にロッテンマイヤーさんのお支度をしなきゃだもん。

 式の準備は万端、後は理由を付けてロッテンマイヤーさんを屋敷に連れていってドレスに着替えてもらって、それからルイさんに着替えてもらう。

 女性の方がどうしたって時間がかかるんだ。

 庭で料理をしている料理長やアンナさん、給仕しているエリーゼ、宇都宮さんに目配せすると、お皿やカラトリーを取りに行く振りをして、メイドさん達が屋敷に戻る。

 彼女たちにはロッテンマイヤーさんの着付けを頼んでるからだ。

 屋敷に戻るエリーゼ達の背を見つつ、私が歓談してるラーラさんとソーニャさんに近付くと、わっと歌劇団のメンバー達から歓声が上がる。


「すごぉい! これ、ルフのお肉なんですか!?」

「初めて見ました!」


 ルフって凄く大きくて狂暴な鳥さんで、羽は一級品のアクセサリーやお布団の素材になるやつ。

 そのお肉は貴族でも中々お口に入らないもので、「この日のために獲ってきたんですよ」なんてロマノフ先生が朗らかに笑う。

 華やかな女の子達の楽しそうな声に視線が集まったのを合図に、ラーラさんとソーニャさんが屋敷へと戻る。

 二人はメイク担当だ。

 和気藹々と食事する歌劇団のメンバー達とエストレージャ、バーバリアン。

 その様子を見守っていたロッテンマイヤーさんが、辺りを見回し出した。

 よし、計算通り。

 そう思っていると、レグルスくんと奏くん・紡くん、ラシードさんとイフラースさんがやって来た。


「にぃに!」

「若さま、ひよさま、そろそろじゃね?」

「うん、行ってくるよ。ルイさんの注意を逸らしておいてね?」

「おう、任せろ。って訳でラシード兄ちゃん、つむ、行くぞ!」

「はーい!」

「お、おお」


 ぽんっと背を叩かれてラシードさんはちょっと緊張気味に、奏くんと紡くんの後ろを歩き出す。

 ハラハラと更にその後ろを歩くイフラースさんの背を見守って、私はレグルスくんとロッテンマイヤーさんの傍へと向かった。


「ロッテンマイヤーさん、どうしました?」

「旦那様……いえ、エリーゼと宇都宮さんの姿が……」

「ああ、カラトリー取りに行くって」

「はい。それにしても少し時間がかかっているような……」


 困惑しているのだろう、いつも凛とした眉が少し下がってる。

 ちょっと申し訳ないなと感じながら、私はレグルスくんの背中に触れて合図を送った。

 レグルスくんがこくんと頷く。


「あのね、れー、りんごのジュースのみたいっていったの」

「林檎ジュースでございますか?」

「うん。りょーりちょーがちかのそーこにありますよっていってたから。でもれー、うつのみやにばしょをいいわすれたの」

「あー、じゃあ探してるのかな?」

「然様で御座いましたか。ではそれを伝えて参ります」


 綺麗なお辞儀をしてロッテンマイヤーさんが屋敷に戻って行く。

 それを確認してから、ヴィクトルさんが私とレグルスくんの手を取った。


「二人とも、先回りするよ!」

「はい!」

「はーい!」


 ばびゅんっとヴィクトルさんの転移魔術で屋敷に戻ると、待っていたエリーゼと宇都宮さんと協力してドレスやアクセサリーの準備をして。


「あーちゃん、ハイジがお家につくわ!」

「では、皆でロッテンマイヤーさんを迎えましょう!」


 ソーニャさんの声に、急いで皆でエントランスに集まる。

 するとタイミングよくゆっくりと開いた扉から、ロッテンマイヤーさんが入ってきた。


「ロッテンマイヤーさん、ご結婚おめでとうございます!」

「おめでとー!」

「おめでとう、ハイジ」

「おめでとう、ハイジちゃん!」

「「おめでとうございます!!」」

「…………え?」


 口々に祝福の言葉を浴びて、ロッテンマイヤーさんが固まる。

 困惑しきりなロッテンマイヤーさんの手を取ると、私とレグルスくんは少し強引に引いた。


「あの、旦那様!?」

「ちょっとだけ着いてきてください」

「ロッテンマイヤーさん、こっちー!」


 驚いて手を引こうとするのを引き留めると、ラーラさんとソーニャさんがロッテンマイヤーさんの背を押す。


「ハイジ、まんまるちゃんに着いて行って?」

「ハイジちゃん、行きましょ?」

「え、いえ、でも……?」


 そう言いつつも、ロッテンマイヤーさんは私とレグルスくんにされるがままに着いてきてくれる。

 その横を早足でエリーゼと宇都宮さんが通りすぎ、衣装を置いてある部屋へと向かった。

 目的の部屋の前ではヴィクトルさんが待っていて、私とレグルスくんとロッテンマイヤーさんの姿を見ると、スマートに扉を開けてくれて。


「どうぞ!」

「どーぞ!」


 部屋に入ってきて、一番最初に目に入るのはマーメイドラインの、純白も鮮やかなウェディングドレス。

 ロッテンマイヤーさんの眼鏡に華やかなドレスが映ると、彼女がはっと息を呑んだのが伝わる。

 ロッテンマイヤーさんの唇が震えた。


「こ、こ、れは……!」

「ロッテンマイヤーさんの花嫁衣裳です。皆で作ったんだ!」

「れーもかなもつむも、おうちのみんなも、せんせーたちも……えぇっと……ほかにもいっぱいてつだったよ!」


 わなわなと見ても解るほど肩を震わせ、けれどロッテンマイヤーさんは口を覆うと俯いてしまう。

 もしかしてロッテンマイヤーさんってこういうサプライズ、嫌いな人だったのかな?

 それともEffetエフェPapillonパピヨンの利益や、税金を使ったと思われた?

 見回せばレグルスくんも皆もちょっと不安そうな顔をしている。

 だからあたふたと税金もEffet・Papillonの利益も使ってないこと、冒険者として依頼を受けたこと、材料もドレス作りも全部周りの人達に協力してもらってやったことを話す。

 凄くテンパっていると、ロッテンマイヤーさんが屈んで私とレグルスくんとを抱き締めた。


「ありがとうございます……! 私は、旦那様……いえ、若様に何もしてさしあげられなかったのに……!」

「そんなことない! ずっと私の傍にいてくれてた!」


 姫君がかつて教えてくれた。

 エルフは数が少なく、その上人間を嫌っていないエルフは数が少ない。

 そのエルフを探すだけでも、骨が折れる。

 それだけの手間をかけるほど、私は愛されている、と。

 ロッテンマイヤーさんはロマノフ先生の家族だけど、それを利用することを祖母は良しとしなかった。

 ロッテンマイヤーさんにとって、祖母はそれこそ死後も尽くすくらいの存在で、その祖母が良しとしなかったことを曲げても、ロッテンマイヤーさんはロマノフ先生を私に引き合わせてくれて。

 そして今もずっと私が道を踏み外さないよう、やりたいことが出来るよう見守りながら、時々苦い事をきちんと告げてくれる。

 それがどんなに難しく得難いことなのか。

 どれほど愛されてのことなのか……!

 

「ねぇ、どうか、ロッテンマイヤーさん、幸せになって。でも私の傍にいてね?」

「はい……! 勿論でございます。ロッテンマイヤーはいつもお側に」

「れーも、ロッテンマイヤーさんすきだから!」

「はい、私もです。レグルス様……!」


 私の大切な人の、華燭の典が始まる。

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