第280話 菊乃井冒険者頂上決戦!

「何言ってんの? イメージ戦略って大事なんだぞ?」


 舞台終了後、エストレージャ対バーバリアンの試合の準備のためと観客の皆さんのお花摘みお手洗いのための休憩時間。

 ぶちぶち膨れる私に、ユウリさんが肩を竦めた。


「ここは情報媒介が少ないから、どうしたって口コミが一番の広告になるんだ。この放送を視た冒険者達がオーナーに好印象を抱くと、それが話題になるだろ? オーナーが良いイメージを抱かれたら、オーナーが関わる歌劇団にもEffetエフェPapillonパピヨンにも良いイメージを持たれやすいんだよ。逆もまたしかりだしな」

「ぐぬぬ……!」


 キラキラごてごてに飾られた時に企みに気付くべき立ったんだよなぁ。

 ぶすくれる私の肩をヴィクトルさんがぽんぽんと宥めるように叩く。


「何はともあれ、観客総立ちの拍手だったじゃないか。街の方も凄く盛り上がったって伯母様から通信来てたし、良しとしようよ」

「歌劇団のレビューショーは大成功さ!」


 たしかに興奮醒めやらないって感じの兵士達を見てると、やって良かったと思うよね。

 急作りの舞台が撤収されるのを、用意された関係者席でぼんやり見ていると、ぽんっと肩を叩かれる。

 振り向けば凄く良い笑顔のロマノフ先生がいた。


「君の最後の登場は皇帝陛下のご意向ですよ」

「は!? なんで!?」

「そりゃあ、ロートリンゲン公爵が代替わりの挨拶を受けた時、物凄くまんまるちゃんの顔色が悪かったってご報告したからだね。元気になったか確認したかったらしいよ」

「えぇ……」


 颯爽と歩いてきたラーラさんの言葉に、私は眉を下げる。

 たしかにあの辺りは疲れてたけど、そんな陛下がお気になさるほどの事はなかった。

 あれか、代替わりを認めたものの子どもで本当に大丈夫かってことかな?

 むぅっと眉間にシワを寄せると、ロマノフ先生の指先が額に触れた。


「七つの子に苦労をかけることをお気になさっているだけです。君はとても上手くやっているから、誉めてあげたいけれど悪目立ちしては困りますから。見守ることしか出来ないことを、歯がゆく思われてのことですよ」

「そう、なんですか……」


 ちょっと胸がほわっとする。

 そのほわっとがなんなのか解らなくて視線を下げると、着々と試合の準備が整うのが見えた。

 試合のジャッジには、冒険者ギルドを代表してローランさんが来てくれている。

 後日、この試合の様子を記録した布を希望する冒険者ギルドに、Effet・Papillonの広告とは別に貸し出すことになってるから、冒険者ギルドが全面協力してくれてるんだよね。

 砦の運動場におかれた舞台が跡形も無くなった頃、ローランさんがその中央に立った。

 そして楽団がファンファーレを鳴らすと、大歓声に迎えられエストレージャとバーバリアンが入場してくる。

 私の傍で談笑していたロマノフ先生もラーラさんも、それぞれ運動場の右と左、バーバリアン側とエストレージャ側へ。

 ごほんっとローランさんが咳払いをした。


「これよりエストレージャ対バーバリアンの試合を開催する!」


 兵士達が一斉に雄叫びを上げる。

 バーバリアンを応援するものもあれば、エストレージャを応援する声も入り交じり、興奮が否応なしに伝わってきた。

 そんな中で、ローランさんが私の方に顔を向けて「おいでください」と呼ぶ。

 なんだ?

 小首を傾げながら近付くと、ロマノフ先生とラーラさんがニヤリと笑った。


「この試合の勝者には御領主様より、後日褒美が与えられる。両者、全力を尽くすように!」


 え、そうなの?

 いや、そうか。

 楽しませてくれたお礼は必要だよね。


「両者とも、良い試合を期待しています」


 私が頷いて口角を上げると、すんっと一瞬静まり返る。

 それを訝る暇もなく、会場が揺れんばかりに歓声があがり、エストレージャもバーバリアンも興奮したのか少し頬を赤くして、それぞれ「はい!」とか「応!」とか応えてくれた。

 そんなわけで、私とローランさんが一歩下がると、銅鑼の大きな音が会場に響く。


「始めッ!」

「「おおおおおッ!!」」


 ローランさんの声と同時に、ロミオさんとジャヤンタさんが飛び出した。

 火花を上げてぶつかり合う金属の音に、私は銅鑼の音と共に近くに来ていたロマノフ先生の後ろにそそくさと隠れる。

 やっぱ大人同士の戦いって迫力あるわー。


「おや、ロミオ君やりますね」

「ああ、ジャヤンタの斧をあの剣で真っ向から受け止めるとはね」


 一合一合鎬を削ると言うのか、ジャヤンタさんの重い一撃を、正面からロミオさんが細い剣で弾くのと同時に、キラキラと二人の間で何かが輝く。

 目を凝らしていると、ジャヤンタさんが叫んだ。


「あー! ちくしょう! ムカつく! 硬ェんだよ!?」

「ムカつくのはこっちだっての! アンタ、一撃が重いんだよ!!」

「うっせぇっ! 相変わらずそのジャケット!」

「羨ましいだろ!? その斧もじきに削れて粉々なるかンな!」

「かー! ムカつくぞ、その顔ぉっ! これも壊したら、またムリマに怒られるだろうが!?」

「知らねぇよ!?」


 ロミオさんも応戦して舌戦を繰り広げているけど、あの二人さては仲良いな?

 っていうか、ジャヤンタさんも私が作った服着てるんだけど。

 ハラハラしながら二人の戦いを見守っていると、ラーラさんが私の肩に触れた。


「ロミオだけじゃなくティボルトやマキューシオも中々やるよ」

「あちらも互角のようですねぇ? ふむ、エストレージャの実力が漸く君の服に見合って来ましたか」


 見ればカマラさんの矢の雨をティボルトさんが槍で薙ぎ払い、その隙を突こうとするウパトラさんをマキューシオさんが牽制して魔術を使わせないようにしてる。

 なんだか、去年の武闘会の再現みたいになってきて、観客も固唾を飲む。


「いや、でも、バーバリアンのがまだ強いかな?」

「そうなんですけど、エストレージャは砦で訓練しているからか、対人戦闘に慣れてますからね。バーバリアンはその辺で少し不利なような」


 冷静なロマノフ先生とラーラさんの言葉に、私も試合を見ようと思うんだけど……思うんだけど、ちょっとやっぱり怖いな。

 自分が戦うのはそうでもないんだけど、人が戦ってるところを見るのは、どうしても怖じ気付く。

 あれだよ、怪我しても自分の痛いの我慢できるけど、人の怪我の痛みは想像するだに痛いから嫌なんだ。

 プロモーションが掛かってるから、きちんとプシュケに映像は撮らせてるけど、直視するのはちょっと憚られて、ついついロマノフ先生の後ろから覗く形になる。

 と、大きな落雷と氷柱がぶつかり合い、ティボルトさんは槍でウパトラさんを貫きつつ倒れ、カマラさんの矢がマキューシオさんを居抜いて意識を奪い取った。

 だけど、空中で稲妻に押し勝った氷柱がカマラさんに襲いかかり、そのしなやかな四肢を血塗れに。

 カマラさん・ウパトラさん、ティボルトさん・マキューシオさんは起き上がれないようで、ローランさんとラーラさんがそれぞれを運動場の隅に避難させる。

 相討ち。

 一瞬ぼけっとしちゃったけど、私はロマノフ先生の後ろから駆け出して、倒れた四人に近付いた。


「まんまるちゃん、治してやってくれる?」

「勿論です!」


 ラーラさんの言葉に応えて回復魔術を使おうとして、けれどそれはポンッと肩に置かれたロマノフ先生の手に阻まれる。


「ちょっと待ってください。決着が付きそうです」

「へ……?」


 そう言って先生が指差す運動場を見れば、得物を捨てて素手でジャヤンタさんとロミオさんが殴りあっていて。


「……なんで素手?」

「君の作った服の防御が硬過ぎて、二人の得物が壊れたせいですね」

「…………弁償しなきゃ駄目ですかね?」

「大丈夫じゃないですかね?」


 ぼかすか殴りあっている二人に、観客も「やれー!」とか「そこだー!」とか凄く盛り上がってる。

 ひぇぇ、二人の顔の形なんか変わって来てない?

 そうこうしているうちに、二人の足元が怪しくなって。


「くっそ、お前……降参しろよっ!」

「い、や、だ、ね! アンタがしろよっ!」


 ぜーはー肩で生きる二人は、尚も仲良く舌戦してる。

 だけどもう身体は限界なようで、一打与え合う度にフラフラとよろめく。

 もう、これ、止めたほうが良いんじゃ……?

 そう思ってローランさんに声をかけようとした時だった。

 ロミオさんもジャヤンタさんも大きく拳を振りかぶり、渾身の一撃を繰り出す。

 ごすっと硬い音と共に互いの拳が、互いの頬をしっかりと捉えていて。

 いわゆるクロスカウンターの姿勢で一瞬固まったかと思うと、ばたりと二人ともが地面に伸びる。

 沸き上がっていた観客が一瞬にして締まりかえった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る