第279話 全力ショータイム!

 暖かな風に花の香が微かに乗って、雲雀が空を賑やかに飛ぶ。

 硬い蕾も綻んで、ありとあらゆる命が萌えて生の息吹を喜んでいた。

 歌劇団ショー&リベンジ・マッチ当日、快晴なり。

 歌劇団カフェの前は人でごった返し、致し方ないから広場に急遽スクリーンを設置しなおしたくらい、菊乃井は賑わっていた。

 屋台も沢山出てて、ミノタウロスやオークのお肉の串焼きや、タコのかわりにベーコンやチーズを入れたたこ焼きモドキやお好み焼きもあって、たこ焼きモドキやお好み焼きは密かな菊乃井のご当地グルメになってるらしい。

 そのうち焼きそばとかも出来るんじゃないの……?

 うち、渡り人のユウリさんいるし。

 そんな賑わいに送られて、歌劇団と専属楽団、バーバリアンに先生達三人と奏くん・紡くん兄弟にアンジェちゃんと宇都宮さん、そして私とレグルスくんは砦に到着。

 ロマノフ先生はバーバリアンの、ラーラさんはエストレージャの、それぞれセコンドを務める。

 バーバリアンとエストレージャは各々の控え室から、ショーを見るらしい。

 レグルスくんと奏くん・紡くん、アンジェちゃんは観客席で応援、宇都宮さんは四人の引率をしてくれる。

 私は影ソロのためにスタンバイ。

 出番までは舞台袖にいて、プシュケを操って生中継のお手伝いをする。

 ……んだけど、なんで私まで余所行きの服を着せられてるんだろ?

 去年、バラス男爵のお尻の毛を毟りにロートリンゲン公爵邸に乗り込んだ時に着た、青と黒の肋骨服と蝶の羽のケープだよ。

 魔力を通すと延び縮みする布で作ってあるらしくて、背やら手足が伸びても問題ない感じ。

 普段はひっつめてる髪も、なんだか編まれたり巻かれたり。

 ついでにヴィクトルさん、ラーラさんが持ってても使わないイヤーカフやら髪留めやら貸してくれたお陰で、凄いことになってる。

 私、別に映らないんだけど?

 釈然としないながらも、楽団の音合わせも終わると、ヴィクトルさんが指揮棒を構えて砦全体を結界で覆うのを確認して、私も幻灯奇術を展開する。

 観覧席にいる兵士達には、まるで大きな劇場にやって来たかのように見せるためだ。

 舞台に張られた暗幕にキラキラと色鮮やかな花の模様や雪の結晶を描く。

 空に瞬く星や輝く月に、兵士達の声がどよめいた。

 ゆっくりと幻の暗幕が上がるのと同時に、ヴィクトルさんも指揮棒を上げる。

 ショーの始まりは、去年帝都でラ・ピュセルとして歌った曲だ。

 全五場のうちの最初の一場は、歌劇団の団員全員が登場する。

 ヴィクトルさんの魔術で砦全体に響くよう調整された音に乗って、赤や青、緑や黄色、紫の鮮やかなドレスを纏った少女達と、同じく色鮮やかなジャケットを身に纏った少年達──実際には男装の少女達だけど──が、それぞれに歌いながら踊る。

 砦の兵士達もこの曲は知っているようで、自然に手拍子が。

 同じく舞台袖に控えているユウリさんと目を見交わす。

 いい感じ。

 そう思ってると、手元に残したプシュケの一つから『もしもし?』と声が聞こえた。


『もしもし、あっちゃん? ソーニャばぁばよ~?』

「あ、ソーニャさん。何かありました?」

『映像が綺麗過ぎて広場のお客さんがぽかーんとしてたわぁ』


 そう、ソーニャさんとルイさんとエリックさんには、街の広場の様子を見ててもらってる。

 映像がちゃんと届いているか気になるし、お客さん達の反応もしりたいもんね。


『皆「綺麗だ」って呟いた後、手拍子が始まるまで皆ぼんやりしちゃって。でも今はこっちも凄く盛り上がってるわ』

「そうですか……!」


 そりゃ綺麗だよ。

 歌劇団の演目に合わせて、前世でみた菫の園の舞台美術とか、記憶の底から引っ張り出して来たんだもん。

 こちらはあちらほどまだ舞台装置や大道具小道具は洗練されていない。

 これからはそういった事にも目を向けないといけないから、これは試み第一歩目なんだ。

 ソーニャさんとお話しているうちに一場目が終わったらしく、一度全員がはけてくる。


「お疲れ様、お水飲みますか?」

「水飲む子達はオーナーのとこに! 娘役全員は腰にリボン巻いて舞台に急いで!」

「次はシュネー組・リュンヌ組の出番だよ!」

「行くよ~!」


 がやがやと忙しく団員が動く。

 シュネーさんとリュンヌさんに率いられ、娘役の女の子達十名ほどが舞台にしずしずと出ていった。

 次は娘役だけの静かな歌とダンスで。

 曲は前世で、世界で一番最初に作られた長編カラーアニメーション映画から。

 いつか素敵な王子様が迎えに来てくれると、柔らかにしなやかに歌うリュンヌさんとシュネーさんの周りを、くるくると娘役の女の子達が愛らしく踊る。

 恋に恋する乙女心を表現した場面に、兵士さん達も癒されているようで、どの人も微笑ましげな顔をしていた。

 ぽんっとユウリさんに肩を叩かれる。

 私の出番が近い。

 次の三場はシエルさん率いる男役の群舞で、影ソロの出番なんだよね。


『皆うっとりしてるわ~。女の子達が動く度にドレスが花弁みたいに見えるって言ってる人もいるわね』

「楽しんで貰えているようで何よりです」


 ソーニャさんからの情報に頷きつつ、専用ブースに入ると拍手が聞こえた。

 娘役達の出番が終わったんだろう。

 私は指揮をしているヴィクトルさんの合図で歌い出すことになってる。

 曲は「ひとかけらの勇気」だ。

 フランス革命下で無実の貴族達が反革命罪とやらで逮捕され、次々にギロチンにかけられるなか、彼らを助け出す「紅はこべ(スカーレット・ピンパーネル)」という一団があった。

 この「紅はこべ」のリーダーたる青年貴族の、愛と勇気と信義を歌う曲なんだよね。

 勇敢な青年が誰かのために戦う決意を歌にしてるわけだし、砦の兵士さん達の士気を鼓舞出来ればいいかな。

 前奏が始まって歌い出しがやって来る。

 すっと息を吸い込んで、魔素神経を意識しながら喉を開けば、安定して音が出せた。

 私の歌に合わせ、戦いに赴く前の騎士のような装いのシエルさんをはじめ、男役の子達が祈るように手を胸に当てたりしつつマントを翻して踊る。

 ステップはそんな複雑ではないけれど、剣を抜いて見せたり愛しい誰かに手を伸ばすような、物語性のある振りになっていて、プシュケで伺う兵士さん達の表情も何か思い起こさせるものがあるのか真剣だ。

 仮令この身が傷ついても、そこに助けを求める人がいるなら……。

 ひとかけらの勇気ある限り、君のために自分は征く。

 そんな歌詞に感じるものがあるんだろう。

 決意を秘め、遠くに手を伸ばすポーズと共に歌が終わると、割れんばかりの拍手が響く。

 うぉー、緊張した!

 とりあえず歌詞間違えなくて良かった!

 音程も外さなくて良かった!

 ほっとしていると、「もしもし?」とまた、プシュケが喋った。


『お疲れ様~』

「はーい、どうでした?」

『女の子達が「きゃーっ!!」て凄く盛り上がってたわ』


 おお、それは良かった。

 私がホッとしている間にも、ショーは次々に進んでいく。

 四場はラインダンスだ。

 曲は「白鳥の湖」のジャズアレンジ。

 ジャズとか無い筈なんだけど、ヴィクトルさんと楽団の力なのか、ユウリさんがちょっと口ずさんだのをヒントに作り上げたらしい。

 可愛らしくも艶やかにステップを踏んでいたステラさんと美空さんが、センターで団員達と腕を組んで横一列になり、全員で同じステップを踏む。

 脚を曲げたり跳ね上げたりと、結構激しい動きだけど誰も動きがずれたりしない。

 綺麗に揃った足や腕の動きに、観客席から大きな拍手が起こった。

 さて、残りは一場。

 締めを飾るのはシエルさんと凛花さんのダンスだ。

 ここも私の出番。

 幻灯奇術の光も少し落として、暖かな色に変える。

 柔らかなヴァイオリンとフルート、ピアノに導かれるようにメロディが始まった。

 青いジュストコールを纏ったシエルさんと、黄色のドレスを纏った凛花さんの姿が舞台にそっと浮かぶ。

 人はいつの日もいつの世も、突然に恋に落ちる。

 その始まりにおずおずと触れあう指先の温もりと愛しさに、深く落ちていく。

 歌詞はそんな風に恋を歌う。

 その曲に合わせ、手を重ねお互いを抱き合い見詰めあって。

 そうしてサビの部分に差し掛かると、シエルさんが凛花さんを持ち上げ、凛花さんはシエルさんの首と肩に腕をしっかりと絡ませて脚を浮かせる。

 見事に凛花さんをリフトしたまま、シエルさんがくるくると三回転を決めると、どっと客席から大きな拍手が起こった。

 着地してからも凛花さんは美しくステップを踏み、シエルさんは見事にそれをリードする。

 幸せな明日を夢見るように、二人身体を寄せあって彼方を見るフィニッシュポーズが決まると、再び客席からは万雷の拍手が降った。

 その拍手に凛花さんはドレスの裾を盛って膝を屈め、シエルさんはお辞儀を返す。

 最後は団員達全員が舞台に出て、それぞれお辞儀すると、シエルさんと凛花さんが楽団へと手を差し向けた。

 それにも拍手が起こり、ヴィクトルさんが皆を代表してお辞儀を一つ。

 そして、頭を上げると何故だかヴィクトルさんがニヤリと私を見て笑った。

 なんか、嫌な予感がする。

 そう感じたのもつかの間、ヴィクトルさんが指揮棒を振ると、楽団がそれに応えるようにメロディを奏で始めて。

 曲は男役の群舞に使われていたものだ。

 ヴィクトルさんが声を出さずに口の動きだけで「歌って!」と告げる。

 もしやアンコールか?

 感じた嫌な予感を振り払うように、息を吸い込む。

 そうして歌い出すと、影ソロ専用ブースに張られた幕がバサッと一気にユウリさんの手で取り払われて、全観客の前に私の姿がはっきりと晒された。


「────ッ!?」


 咄嗟に辞めずに歌いきった私を誉めてほしい……。

 ちくせう!

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