第253話 無茶振りすると返ってくるってさ
さて、結論を言うならばラシードさんとイフラースさんは、菊乃井に魔物使いの能力を提供する代わりに、菊乃井は彼等の衣食住と安全を保証することになった。
グリフォンとオルトロスは番犬・番鳥に。
まあね、すったもんだはあったよ。
イフラースさんが見事に核心を喋らない。
そこに至る迄の、親子仲は悪くはない事とか、ラシードさんの次兄はワイバーンを扱えるほど優秀じゃないし、一族はネクロマンサーに特別嫌悪もないけど敬意も払わないとか、そんなことはすらすらと話してくれたのに。
ラシードさんの封印のことをそれとなくつついたら、顔色が変わったし、ならラシードさんに聞かれたくないのかと思って遠ざけもした。
再会に喜ぶ主従を引き裂くのもなんだけど、ラシードさんには早速ヨーゼフに付いて学んで欲しかったし、彼の知らないことをイフラースさんも話しにくいだろうと思ったから、ひよこちゃんにヨーゼフとぽに子さん一家の紹介を頼んで、厩舎に連れていってもらったんだよ。
だけど喋らない。
私達が帝国貴族だからって理由でもなく、信用ならないとかでもなく、魔術で誓約を取られてる訳でもない。
ただただラシードさんのために、今は言うべきでないと思っている。
だから話さないことを許してほしい。
そんな風に土下座までされて懇願されたら、ちょっと踏み込めないよね。
いや、甘いのは解ってる。
本来なら何としてでも事情を聞かなきゃいけないんだよ。
だって私は菊乃井の領民の命と生活を預かってるんだもん。
でも無理に聞いて自害とかされたら目も当てられない。
「次兄さんは国を越えてまで仕掛けてくることはないと思いますか?」
「そんな度胸がある方ではないです。ただ、その背後にいるものは、もしかしたら暗殺者を送ってくるかもしれません」
「私は菊乃井の民が危険に晒されることは望みません」
「その……それは……」
イフラースさんが苦しい表情を見せる。
そりゃそうだ。
暗殺者を送って来るような輩に狙われてる人を匿うリスクを背負っているけど事情は話せない、だけど守ってほしい。
厚かましいと、普通ならはね除けられる案件だ。
ベッドサイドに置いた椅子に腰掛けて、私は足を組む。
行儀は良くないけど、威圧的って言うか不機嫌には見えるだろう。
別に怒っちゃいないけど、甘いと思われるのは契約を飲ませるために避けたい。
そんな私の思惑を読んだように、背後に控えてくださってる先生方もイフラースさんを冷ややかに見てるみたい。
青ざめていく彼に、大袈裟に溜め息を吐いてみせる。
「でもラシードさんとは契約が成立しました。彼は私に自分とその配下にいるものを守ってほしいと願い、対価にその能力を寄越し菊乃井に尽くすと言った。であれば、彼もまた菊乃井の領民です。私が守るべき対象だ。勿論貴方も」
「で、では……!」
「ええ、契約は守ります。けれど、それなら私は貴方にも対価を要求します」
「た、対価ですか……?」
「はい。ラシードさんの封印の件を彼に話さない事と、貴方からこれ以上何も聞かない事に対しての対価を二つ」
「ふ、二つですか!?」
「はい。この二つは別物ですから」
我ながら悪徳商人ぽくなってきたなと、イフラースさんの驚愕を見て思う。
でもラシードさんにもイフラースさんにも利益があって、菊乃井にも相応以上の益が出なくてはリスキーなことは出来ない。
って訳で、ラシードさんに封印の件を話さない代わりに、もし全ての厄介事が解決してラシードさんとイフラースさんが一族の元に戻ったとしても、蜘蛛の糸と布を菊乃井に納品し続けること。
イフラースさんをこれ以上追及しない代わりに、モトサヤ出来たら一族で蜘蛛の糸と布を生産し、菊乃井との専売取引に応じるように必ず説得すること。
この二つを対価に取った。
これは口約束なんかじゃなく、ちゃんと文章を作りましたとも。
イフラースさんの言によれば、近年チラホラと一族の中に上級に至れない魔物使いが見られるようになってきたと言う。
族長は厳しい環境に生きているのだから、差別や見下すことなく遇せよと言ってるらしいんだけど、言ってる人の次子が中級魔物使いでしかない弟を虐めてるんだから、説得力なんかあるわけない。
次期族長の長兄さんはそんな状況を憂えていて、何とか中級魔物使いだろうがそれ以下だろうが、肩身の狭い思いをしないで生きていける道を探っているそうだ。
キタ、コレじゃない?
菊乃井は魔物使いの能力を欲している、魔物使いの一族は他の生き方を模索してる。
上手く手を取り合えるんじゃないかと思うんだよ。
まあ本当は一族を説得するのなら、それはラシードさんの役目なんだろうけど、従者が自分を守るために取引に応じたとなれば、彼は自分から手伝うだろうし、そうでなくても同じように生きにくい人々をどうにか出来るなら自分から動くだろう。
彼らが一族に戻ったとしても、これなら損はないかな。
そんな訳で、涙目になりながらイフラースさんはロッテンマイヤーさんが用意した文章にサインしたのだ。
で、もう一つ気になるのが、イフラースさんの胸にある隷属の紋章なんだけど。
なんと、意外や意外。
あれはイフラースさんが呪術師に、自分で頼んでやったことだそうな。
なんでもイフラースさんはラシードさんの母上に返し切れない恩があって、その恩に報いるべく自分から護衛に志願し、更には絶対裏切らない証として主をラシードさんに設定して施したとか。
「ラシードさんのお母上はそれについては……?」
「叱られました。『もっと自分を大事にしなさい』って。でもあの時差し出せるものは自分自身しかなくて……」
「じゃあ、死後もアンデッドになって隷属するっていうのも?」
「自分が死ぬ時はラシード様をお守りした時でしょうし、その後誰がラシード様をお守りするのかと思うと……。それなら自分がアンデッドになってでもお仕えすればいいかと思い至りまして。その、ラシード様はご存知ないことでして……」
重たっ!?
忠義に厚いって感心するところなんだろうけど、ちょっとこれは……。
内心でドン引きしつつ、私は目を眇た。
イフラースさんは自身にもしものことが合っても、ラシードさんを託せる人がいない。
それはラシードさんの一族での孤立を意味するのか、それともイフラースさんが隠すラシードさんの秘密はそれほどに重いのか……。
いずれにせよ、腹を括ってこの主従を菊乃井に引き入れたんだから、特に問題ない。
ラシードさんにもイフラースさんにも、髪の毛一筋の傷も付けなきゃ良いだけだ。
何にせよ、呪いは今のところ発動しそうにないことが解ればいいや。
深々と「よろしくお願いいたします」と、紫の頭を垂れたイフラースさんには二~三日休むように告げると、私達は客間を後にしたのだった。
「……なんとまあ、律儀というか難儀なお方ですこと」
紅茶に口を付けてブラダマンテさんは首を横に振る。
イフラースさんが目覚めたことを連絡してすぐに来てくれた彼女に、イフラースさんの診察をしてもらってから、お茶がてらことの顛末を話すと微妙な表情でそう言った。
「まさか隷属の紋章を自分から進んで受ける人がいるとは思いませんでしたね」
「それも決して裏切らない証とか、どんな環境にいたんだか。色々旅したけど、そんな話初めて聞いたよ」
「雪樹の少数民族って、そんな殺伐一族とか聞いたことないんだけど。ボクらが知らなかっただけかもね」
ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんですら、そんな例は聞いたことがないというから、イフラースさんの件は特殊と思っていいんだろう。
そう言えばブラダマンテさんは隷属の紋章をどうにかする方法を探してくれてたけど、それはどうやら使わなそうだ。
無駄に手間を掛けさせたことを詫びると、ブラダマンテさんは手をふって「とんでもない」と慌てる。
「私も結局根本的にどうこうする術を、術者を倒す以外では見つけられませんでしたの」
「そうなんですか……」
「ええ。でもアレは魔物使いと魔物が結ぶ契約の応用魔術ですから、過去どうにかしたという文献はあったのです」
「え? そんなことが出来るんですか……?」
「はい。要は使い魔の契約を上書きして奪い取るのを、人間でやっただけというか」
何と言う力業。
確かに隷属の紋章も一方的に服従を要求する物ではあるけれど、契約の魔術でもある。
なるほど、乗っ取りというか上書きという手段は使えるかも知れない。
ブラダマンテさんは最悪、イフラースさんを隷属させてる人から、契約を上書きして奪い取るつもりでいたそうな。
巫女さん、思い切りがよすぎる。
でも本人が望んで課したものなら、周りが云々して破棄させるのも違うもんね。
ということで、この件も一応一段落だ。
ほっと一息吐いたところで、ブラダマンテさんが小鳥のように首を傾げる。
「ところで、私も鳳蝶様にご報告がありまして」
「報告ですか?」
「はい。一両日中に艶陽公主様がこちらにお越しになるそうです」
「へ?」
「二、三日滞在されたいそうで、きちんと人の身体を用意してくるので……と」
「は?」
唖然とする私や先生を他所に、サラサラと薄桃の髪を揺らしてブラダマンテさんはにこやかに笑った。
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