第254話 アポがあっても突撃は心臓に悪い
ブラダマンテさんの先触れから次の日は、特に何もなく。
あったと言えばラシードさんとイフラースさんに、タラちゃんが気立ての良い蜘蛛ちゃん達を紹介してくれて。
イフラースさんにはタラちゃんの後輩にあたる奈落蜘蛛を、ラシードさんにはアルスターの森にいた青色の蜘蛛ちゃんを。
この青色の蜘蛛ちゃん、魔女蜘蛛って種類の蜘蛛だそうな。
ワイバーンに戦いを挑んだイフラースさんとガーリーだけど、敵わずにイフラースさんはガーリーから叩き落とされ、アルスターの森に落ちちゃったわけで。
その時に森のボスだった青色魔女蜘蛛ちゃんは、イフラースさんが落ちてくるのを見て、このまま落ちたら彼が死んでしまうと思って、森にいた蜘蛛全てに呼び掛けてネットを編んで受け止めたとか。
なんでそんなことしたかって言うと、森にイフラースさんがラシードさんを隠した時に、アズィーズが興奮して居合わせただけの魔女蜘蛛ちゃんを噛み殺そうとしたのを、ラシードさんが助けてくれたことに恩義を感じてのことらしい。
ラシードさんとイフラースさんが一緒にいたのを覚えていて、そうしたんだってさ。
賢い。
それで「あの優しい人間の子どもが蜘蛛を求めてるなら」って、蜘蛛族の連絡網で使い魔募集の呼びかけをしたタラちゃんに応じてくれたんだそうた。
いい話だよね。
因みにタラちゃんの後輩の奈落蜘蛛は「糸やら布を作るだけでご飯に困らないとか最高では?」って来てくれたんだとか。
頑張って働いてくれるなら、ご飯もおやつも惜しみませんとも。
そんな訳で、早速タラちゃんとござる丸の遊び場になってるサンルームに二匹をご案内して、ラシードさんとイフラースさんと契約してもらいました。
菊乃井家で過ごす辺りのお約束というか、新人研修はタラちゃんが二匹の蜘蛛に指導してくれたみたい。
夕方には二組は仲良くなって、早速糸作りに励んでいた。
私はレグルスくんと奏くんと紡くんに手伝って貰って、アルスターの森で採ってきた綿花から種と綿を分離させたり、綿のゴミ取りしたり、綿をふかふかにして糸車を使って糸を縒ったり。
普段この辺りの作業はタラちゃんがやってくれるんだけど、自分でやると中々大変。
全部の綿花を糸にしたころには、私もレグルスくんも、奏くんも紡くんも、指がめっちゃ疲れた。
でもこれもドレスとタキシードのため。
それにアルスターの森の綿花は不思議なもので、まだ糸の段階なのにサテン地の光沢があって。
こんな素敵な糸に触れられるって、凄く心が踊る。
レグルスくん紡くんも、普段自分が着ている服を作ることがどれだけ手間のいることか解ったそうで感動してた。
奏くんは糸車を魔術で回せないか、楽しそうに試行錯誤してたっけ。
それでまた次の日。
今日はルマーニュ王国に、パールみたいな実をつける花を取りに行く日で。
朝御飯を食べ終わってポニ子一家の世話を、ヨーゼフやラシードさんやイフラースさんとレグルスくんとで終わらせると、アンジェちゃんがメイド服姿で厩舎にやって来た。
「わかしゃま、ちぇんちぇーたちがまってましゅよぉ!」
「あ、はいはい。すぐ行くね」
「きょうはぁ、アンジェもいっしょにいくよぉ!」
元気に手を上げてアピールするアンジェちゃんに、レグルスくんがそのツインテールの頭を撫でた。
「アンジェ、あぶないときはれーのうしろにいかなきゃだめだぞ! まもれる?」
「はーい! あぶないときは、ひよしゃまのうしろ! アンジェ、やくそくまもれるよ!」
キャッキャウフフする小さな男の子と小さな女の子とか、可愛いが過ぎる。
紡くんやアンジェちゃんと遊ぶようになってから、レグルスくんは頼もしいお兄ちゃんの一面を見せてくれるようになったんだよね。
これが成長ってやつかな?
感慨深く思いつつ、ラシードさんやイフラースさんに声をかける。
ルマーニュ王国にはラシードさんやイフラースさんも連れて行く。
先生方が私達と一緒に出掛けるから、菊乃井にいるより一緒に来た方が安全だしね。
それにラシードさんはアズィーズと、イフラースさんはガーリーと契約を結び直したばっかり。
ピクニックがてら仲直りしてもらえば良いかと。
そんな訳で今日ルマーニュに行くのはチーム・フォルティスとチーム・エルフ先生ズ、それからチーム・ラシードさんと愉快な仲間たち、そしてアンジェちゃん。
アンジェちゃんが一緒なのは、宇都宮さんとエリーゼが隣の旧男爵領にお買い物に行くことになって、彼女にお仕事を教えてあげられる人がいないから。
因みにエストレージャは、休暇が終わってまた砦へ。
バーバリアンも指命依頼を受けたとかで、ちょっとロートリンゲン公爵領に出ているんだそうな。
厩舎からグリフォンとオルトロスを出してくると、確りラシードさんもイフラースさんもそれぞれのリードを握る。
そしてポテポテ庭を玄関に向かって歩けば、敷地と外の境目にある鉄門の前でロマノフ先生とヴィクトルさんとラーラさん、奏くんと紡くんが立っているのが見えて。
手を振ると奏くんが私に気付いたようで、ブンブンと手を振り返してくれる。
その拍子に、先生達の身体で隠れる位置にいたブラダマンテさんと、その裾を握りしめた朱金の髪の女の子が見えた。
え、誰?
よくよく見ると、朱金の髪?女の子はどうも紡くんやらアンジェちゃんくらいのお年に見える。
そうこうしているうちに、ブラダマンテさんも先生方も私に気付いたようで、何だか複雑な表情だ。
なに?
どうしたの?
近付いて行くと、ブラダマンテさんの裾を握り締めていた朱金の髪の女の子の顔がぱあっと輝く。
「そちが鳳蝶かや?」
「へ?」
「そちがブラダマンテを助けて、吾に颯を献じた鳳蝶であろう? 百華の姉様の臣下の!」
百華の姉様。
その言葉にはっとして、私は裾を払って幼女に跪く。
姫君を姉様と呼ぶなら、このお嬢様は──
私に倣って先生方が跪く。
するとぷくっとお嬢様の頬が膨れた。
「立つのじゃ! 吾は今はそちの親戚の娘なのじゃ! そういうお約束なのじゃ! 親戚同士は跪くものではないぞよ!」
「は? はぁ、しかし……?」
「吾が良いと言えば良いのじゃ!」
いいのか、な?
判断しかねてブラダマンテさんを見ると、申し訳なさそうな顔で頷く。
なので、お言葉通りに立ち上がると、朱金の髪のお嬢様は満足そうに微笑む。
そして、その鮮やかな桃の花のような唇をほどいた。
「吾のことは『えんちゃん』と呼ぶがよい。今日から三日ほど世話になるぞよ」
「え、えんちゃん……?」
「そうじゃ。仲良しの友達は名前で呼びあうのじゃろ? 吾も鳳蝶と呼ぶ故、そちも吾を『えんちゃん』と呼ぶのじゃ」
にっかりと、それは目をキラキラさせて『えんちゃん』こと艶陽公主様が私を見る。
こういう押しが強いとこ、姫君にそっくりだわー。
思わず遠い目になった私の服が、背後からツンツンと引かれる。
レグルスくんかと思って振り返ると、ラシードさんが戸惑った表情で私の服の裾を握っていた。
「な、なあ。あの子、誰だ? なんで跪いたんだ?」
「なんでって言われても……あー……えぇっとね、あの方はやんごとないお姫様だからだよ」
「やんごとない、お姫様……」
ごくりと唾を飲み込む音がラシードさんだけでなく、イフラースさんからも聞こえる。
二人の後ろに控えていたグリフォンとオルトロスは、尻尾を丸めて後ろ足の間に挟んでさえいて。
使い魔のこの怯えよう。
どうしたもんかと考えていると、トコトコとレグルスくんと奏くんと紡くん、アンジェちゃんがえんちゃん様を囲む。
「えんちゃんっていうの? れーはレグルスっていって、せがたかいこがかなで、ちいさいのがかなのおとうとのつむで、おんなのこはアンジェっていうの。よろしくね!」
「よろしくな、えんちゃん!」
「うむ、レグルスとかなじゃな。よろしくなのじゃ!」
「あの、ちゅ、つむは紡っていうの。えんちゃん、よろしくね?」
「わたくち……わたく……わたくしはアンジェです! えんちゃん、おともだちになってね?」
「うむ。つむにアンジェ、よろしくなのじゃ」
大人と中途半端な私やラシードさんを他所に、レグルスくん達が盛り上がる。
可愛いが過ぎる光景ににやける私に、ラシードさんとイフラースさんがドン引きしてた気がするけど、きっと気のせいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます