第251話 地雷は踏むまで解らない
斯く斯く然々。
ロマノフ先生に、お風呂から帰ったヴィクトルさんとラーラさんを交えて、私達がラシードさんから聞いた話をすると、にわかにヴィクトルさんとラーラさんの顔が険しくなった。
「だから、僕はあの子をあーたんに近付けたくなかったんだよ……!」
「今更だけどね。でも今回は同感」
なんで二人がこんな反応になったかって言うと、なんとワイバーン、死後かなり経ってアンデッド化したヤツだったそうだ。
「かなりって……ラシードさんが襲われたの三日前ですよ?」
「でもバーバリアンの三人も上手く隠してるけど死臭がするって言うし、何より僕の目にもアンデッドってはっきり映ったからね」
「倒したら泥々に溶けて骨しか残らなかった。普通なら皮とか身とか残るもんなのに……。一応復活出来ないように、ボクとヴィーチャで骨は灰にしたからね」
「はい、ありがとうございます」
ヴィクトルさんとラーラさんにぺこりと私が頭をさげると、レグルスくんも真似して頭を下げる。
それにしてもアンデッド化したワイバーンか。
ラシードさんの次兄は魔物使いだけでなく、ネクロマンサーでもあったんだろうか?
アンデッドには極一部を除いて知性も意思もないから、噛み付かれる心配も手間もない。
それなら生きたままより、より簡単にワイバーンを使役出来る。
だけどだ。
やっぱり魔物使いだけじゃなくネクロマンサーでもある優秀な兄が、見下している弟相手にそんな手間のかかることをするかな?
唸りながら考えていると、ロマノフ先生が首を傾げた。
「上手く死臭が隠されていたというのは?」
「バーバリアンが言うには、獣人でも気付かない人がいだろうくらいには上手く隠してるってレベルだって」
「なんでそんなことするんだろうな? アンデッドのワイバーンをあやつれるってそれ、ワイバーンをたおしてアンデッドにしたってことだろ? 自分は強いって、ラシード兄ちゃんに見せつけられるじゃん!」
奏くんの言葉に私も頷く。
そもそもラシードさんに次兄がワイバーンをけしかけたのも、一種の力自慢みたいなもんだろう。
殺すだけならそれこそ蜘蛛やらの昆虫系の魔物を使えば楽にやれるだろうし、魔物を使わなくても幾らでも方法はある。
それなのにワイバーンを使った辺り、次兄は自分の力を誇示してラシードさんに差を見せつけたかったんじゃないかな。
だけどそれなら、奏くんの言った通りアンデッドにしたワイバーンを操って見せる方が、より効果的だろうに。
しかし、そのワイバーンにはアンデッドである事を隠すような細工がされてた……。
仮に死んだワイバーンの亡骸を次兄が偶然入手したとしても、ラシードさんには自分が倒してアンデッドにしたと言えばいいだけだし、次兄には損はない。
死臭を完璧レベルまで消して、ワイバーンが死んでることを隠す理由が無いんだよね。
あれか?
ラシードさんの一族はネクロマンシーを嫌忌する風習があって、知られたら失脚レベルの話だとか?
そんなことを心配するなら、そもそもワイバーンみたいな派手な魔物を使って弟の殺害を試みるようなことはないだろう。
なんだろう、この目的と道具と手間の噛み合わなさは。
情報が足りなさすぎる。
そこまで考えて、ふと腑に落ちないことがあって、私はヴィクトルさんに顔を向けた。
「あの、ヴィクトルさん。どうして私をラシードさんに近付けたくなかったんですか?」
「明らかに厄介事の気配がしたからだけど?」
「その気配って?」
じっと見ていると、ヴィクトルさんがぐっと口を閉ざす。
あの時はグリフォンとオルトロスを拾って、誰かの使い魔がだろうから云々ってなってたように思う。
そこにラシードさんが宇都宮さんに連れられてやって来た訳で、彼はオルトロスを逃がしてしまった未熟な魔物使いかもしれないってだけの存在だった。
それなのに、即座にヴィクトルさんは厄介と判断して私とラシードさんの間に入って、私から彼を遠ざけようとしたわけで。
未熟な魔物使いがオルトロスを連れていたってだけじゃ、然程に厄介ってこともあの戦力過剰パーティでは考えにくい。
だけどヴィクトルさんはラシードさんを一目見るなり、厄介事を抱えていると判断した。
それはつまり、私達には解らない情報をヴィクトルさんが持っていて、それを元にラシードさんが厄介事を抱えていると判断したことになる。
私の言わんとする事が伝わったのか、レグルスくんや奏くん、果ては紡くんまで、じっとヴィクトルさんを見る。
しばらく無言で見詰めていると、がくりとヴィクトルさんの肩が落ちた。
「教え子が賢いのは嬉しいけど、その賢さは違うとこで発揮してほしかった……!」
「にぃに、ほめられたねぇ!」
「や、ひよさま、あれ誉めてないぞ?」
「にぃちゃん、ほめられてないのぉ?」
「誉めてる! 凄く誉めてるよ!」
本当に~?
若干ジト目で見ると、ヴィクトルさんから「う″」と妙な声が上がる。
それからヴィクトルさんは観念したようにガシガシと頭を掻くと、大きな溜め息を吐いた。
「彼、ラシード君だっけ? あの子、なんか封印が施されてるのが見えたんだよね」
「ふ、封印?」
「そう。魔封じとかそんなんじゃなく、全体的に能力を抑えるような。罪人とかによくやるんだけど、あの子の身形で罪人はないかなって」
絶句する。
身形が良くて、能力を封印されてて、おまけに狂暴なモンスターがいる森にボッチの少年なんて、厄介事の気配しかしないよ!
地雷じゃん!?
「そりゃ、おれでも若さま連れて走ってにげるくらいやっかいだな!」
奏くんが爽やかな笑顔で言い切る。
私だってそんなの解ってたら即走って逃げてたよ。
「あー……ヴィーチャの目に見えたなら確実よだね」
「うん。で、殺されかけたんでしょ? 絶体何かあるよ、彼」
「あるでしょうね」
エルフ先生方が難しい顔で頷く。
その様子を見るに、私はまた引っ掛かりを覚えた。
全体的に能力が封印されているのなら、才能が無いと言われる程のことしか出来なくても当然では?
なのに次兄はラシードさんを才能がないと貶める。
それって、もしかして次兄はラシードさんが能力を封印されてるのを知らないってことか?
ぽつりと溢せばロマノフ先生が顎を擦る。
「……ラシード君の次兄は、彼に課せれた封印を知らないのかもしれませんね」
「ラシードさんの反応を見るに、彼自身も知らないのかもしれません」
「そうですね。封印なんてものは、大概掛けられた人間にはそうと解らないような術ですし」
だとするなら、兄弟間の軋轢の影にもっと根深いものが潜んでいるのかも知れない。
まあ、でも、これ以上考えたところで今日は進展はもうないだろう。
そんな訳でこの話は終了。
ロマノフ先生は知ってるけど、ヴィクトルさんとラーラさんにも取ってきた綿花を半分ほどソーニャさんに託して、後の半分は手元で材料にすることを話すと、ラーラさんが「あ」っと小さく呟いた。
「ルマーニュに、真珠に似た実を付ける花が咲くんだよね。ハイジのドレスの飾りにどうかな? サン=ジュスト君の故郷の花でもあるし」
「良いですね!」
パールは確か前に海で貰ったのがあるけど、ビーズ代わりに使える物は沢山あった方が良い。
頷くと、レグルスくんがぴょんっと飛び跳ねた。
「じゃあ、つぎはルマーニュにいく?」
「ルマーニュ、どこぉ?」
「ルマーニュってここより北の寒い国だよな。暖かくしてかないと!」
そんな訳で次なる目標は、ルマーニュ王国に咲く真珠に似た実を付ける花。
暖かい格好をして三日後に出発の予定を組んで。
それまでにラシードさんとイフラースさん達の話に何かしら進展があれば良いんだけどな。
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