第250話 ワイバーンから始まるミステリー
さて、大体の事情は聞いた。
でもこれはラシードさん視点だし、今はまだ眠ってる乳兄弟さんの視点から見たらまた違った話が出てくるかもしれない。
ラシードさんはあれから泣き疲れて眠ってしまったので、ロッテンマイヤーさんにはルイさんへ、今の話を伝えてもらうことにして、レグルスくんや奏くんや紡くんは私と一緒に部屋に戻って来た。
「んで、若さま。どうすんの?」
「うん? そうだね、とりあえず親御さんに連絡してみようかと。ラシードさん、親御さんと長男さんとは仲悪い訳じゃないみたいだし」
「だけど帰ったらイジワルどころじゃない兄ちゃんもいるんだろ?」
「流石に三男が三日も行方不明なら探すんじゃないかな? 今頃次男のやらかしたことがバレてるかもだし」
「バレてどうにかなってたら、ラシード兄ちゃんも帰りやすいだろうけどな」
そればっかりは、相手側の情報がないから全く解らない。
うーむ、先生方の誰かが繋がりを持ってたら良いんだけど、ラシードさんとの初対面の状況を思うに期待できなさげ。
だからって雪樹山脈に行くのも、ちょっと立場的にはまずいかな……。
それよりもソーニャさんに、宰相閣下にお伝えしてもらうことが増えたのを連絡しないと。
もしかしたら、あちらが外交ルートを持ってるかもしれないし。
他に考えられるルートは冒険者ギルドくらいか。
何にせよ、交流がないってのは本当に面倒なことだ。
ふぅっと溜め息を吐くと、レグルスくんと紡くんがこてんと首を傾げる。
「けがしたひとのおむねのらくがきはー?」
「らくがき、だれがしたのー?」
「ああ、それも聞かなきゃいけなかったな……」
「いや、兄ちゃんにころされそうになったとか聞いたらわすれるって」
「だねー……。まあ、うん、明日になったらまたブラダマンテさん来てくれるし、何か解るでしょ」
隷属の紋章の呪いが発動していないなら、急がなくて大丈夫だろう。
それにしても、と思う。
アルスターの森で目撃報告のあった、グリフォン・オルトロス、そしてワイバーンが一直線に繋がった。
これでワイバーンを排除出来たら、アルスターというか天領の問題は片付くだろう。
だけどちょっと引っ掛かる。
奏くんが私の顔を見て肩を竦めた。
「なんか引っかかってる?」
「ワイバーンって、使い魔に向かないんだよね」
「あいつら……ヤバいんだっけ」
「うん」
何がヤバいって、反骨精神旺盛っていうのか、ボッコボコにされても忘れちゃうのか、物凄く懐かないんだよね。
すぐに契約ぶっちぎって噛みついてくるから、使い魔にするコストが高いわりに、使い勝手悪すぎて釣り合いが取れない。
言わば、ロマン使い魔ってやつ。
同じ労力割くなら、私なら駄目元で知恵あるドラゴンやら幸福を運ぶと言われる宝石獣・カーバンクルを狙う。
やんないけど。
っていうか、菊乃井の現実に照らしたらドラゴンもカーバンクルも必要ない。
タラちゃんみたいな糸や布を作れる魔物か、ござる丸みたいに植物の成長を助けたり出来る魔物の方が、菊乃井には必要なんだ。
……話が逸れちゃった。
まあ、そんな訳でワイバーンは追撃とか何とかに使えるような魔物じゃない。
それがしつこく追ってきたってのは何か怪しい。
余程ラシードさんの次兄が魔物使いとして優秀なのか、それとも……。
ふっと思考の海にハマりそうだった私の額を暖かな物が擦る。
意識を浮上させると、レグルスくんが私の額のシワを伸ばしていた。
「にぃに、またむずかしいことになりそう?」
「今のところは解んない。解んないけど、単なる兄弟喧嘩じゃない気がするんだよね」
「若さま、そういうのは外さないもんな」
「そうでもないよ。情報が少ないのと、私があんまり世間のこと知らないのとでわりと甘いもん」
「でも何か引っかかってるんだろ?」
「ワイバーンを癇癖に制御できる兄が、オルトロスを御せない弟を殺そうって思う理由ってなに?」
次男が殺そうとした相手が長男であれば、そりゃあ謀反一択だろう。
でも殺されかかったのは三男だ。
それも頭が悪いだの才能がないだの、明らかに見下していた相手。
コストが掛かりすぎてる。
「ラシードさんをワイバーンで脅かして、長兄への謀反を手伝わせようとしたにしても効率が悪い。ラシードさん個人に何かしら恨みがあるにしても、不満はあっても約束されてる将来を、ワイバーンを操れるほど出来る人が不意にするかな?」
「どうだろうなぁ? 親がラシード兄ちゃんばっかり可愛がるからムカついた……とかないかな?」
「ああ……」
そう言えば前世の兄が弟を殺した話も、動機は神が弟の供物ばかりを喜ぶ、その嫉妬からだった。
考えられなくはない。
考えられなくはないけど、やっぱりコストが合わない気がする。
悩んでいると、コンコンと部屋の扉をノックする音が。
返事をすると、レグルスくんと紡くんがドアを開けてくれて。
「面白そうな話をしていますね。山羊の角の少年から、何か聞き出せましたか?」
ロマノフ先生がにこやかに立っていた。
街にブラダマンテさんを送って、今戻って来られたのかな?
エルフの耳は地獄耳って言ってたから、聞こえちゃったんだろう。
「どこら辺から?」
「そうですね。不満があっても将来を約束されているワイバーンを操れるほど出来る人が云々ですか」
「ああ、じゃあ最初から話しますね」
「はい、お願いしま……」
先生の口が「す」と言いかけて止まる。
その尖ったお耳が何かを捉えたのか、ピクピクと動いたかと思うと、少し表情が引き締まった。
「ヴィーチャとラーラが帰ってきたようですが……二人だけ?」
「え!?」
私だけじゃなくレグルスくんや奏くん、紡くんもそわっとしたようで、互いに顔を見合わせる。
ヴィクトルさんやラーラさんはバーバリアンやエストレージャと一緒に行動していた。
それが二人だけなんて。
私達の顔をぐるりと見たロマノフ先生が頷く。
「ヴィーチャ達を出迎えましょう」
「はい!」
私が代表して返事をすると、レグルスくん達もそれぞれ返事して、とことこと一緒に部屋をでる。
とことこと紡くんが歩くのにあわせてゆっくり進んでいると、丁度エントランスでロッテンマイヤーさんが手や顔を拭うためのタオルを、ヴィクトルさんやラーラさんに渡しているのに出会して。
なんと二人とも頭や顔に結構な泥が付いていた。
「ヴィクトルさん、ラーラさん、お帰りなさい!」
「おかえりなさい!」
「お帰り、先生たち!」
「おかえりなちゃ……さい!」
見た感じ怪我とかは無さげだけど、ヴィクトルさんもラーラさんも物凄く疲れたようなお顔。
近くに行こうとした私達を二人が制止する。
「やぁ、ただいま。今ちょっと汚れてるから、近付かない方がいいよ」
「ただいま、まんまるちゃん達。泥を落とすからちょっと待ってて」
「どうしたんです、その格好は……」
ロマノフ先生も心配そうに声をかけると、二人がやれやれと肩を竦めた。
「あの後、ワイバーンに遭遇したんだよ。まあ、ワイバーンくらいバーバリアンとエストレージャがいたら楽勝だったんだけどね」
「あの森に住んでる蜘蛛達が気を利かせて、ワイバーンの翼を潰そうとしてくれたんだけど、糸を沢山束ねてカタパルトみたいに泥団子を飛ばすから……」
おぉう、なんか親切が惨事を引き起こしてる……。
バーバリアンやエストレージャはワイバーンと近接戦闘してたから、二人よりも更に泥を被ったそうで。
「そっちの被害のが甚大だから、今日はもう宿屋に帰ってお風呂に入ってゆっくりしたいって言うから菊乃井の宿屋の前まで送って来た」
「ボクも正直、先にお風呂に入りたいよ」
「同感」
げっそりした二人に私達は「お疲れ様でした」としか言えなかった。
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