第194話 幸せは振り返らずともそこにある
『新年早々色々とありそうだな』
宴の後、寝る前の小一時間。
いつもと変わらず氷輪様が、音もなく月の光をお伴にいらしてくださった。
開口一番そう仰るってことは、パーティーから私の様子をご覧になってたのね。
「はい。そろそろ遊興費を締め上げて半年程にはなりますし、あちらにも焦りが見えてきましたから。付け入るなら今かと」
『そうか。ならば今少し身辺に気を配れ。攻撃は物理的な物だけでなく、呪詛のようなものもある』
「はい」
って頷いたものの、呪詛とは。
いや、呪術は古い魔術体系にあって、それを今でも生業にする人がいるのは知っているけれど。
あまりに自分と呪詛が結び付かなくて首を傾げると、ふわりと氷輪様の手が私の髪に触れた。
『お前の教師たちは大層優秀らしい。お前が気付く前に、呪詛が届かぬように弾き返しているようだ』
「それって、私が何度か呪われたということですか!?」
ひょえ!?
衝撃の事実に身体が固まる。
あまりのことに声も出せないでいると、氷輪様が背中を擦ってくれて。
ガクブルしながら氷輪様のお顔を見ると、少しだけ厳しい顔で首を横に振られた。
『いや、明確に意図して術式を用いて呪詛された訳ではない。お前に対する怨みつらみが、何かの拍子に呪いの形を結んだものだ』
「私に対する怨みつらみ……」
それに心当たりがないではない。
両親やバラス男爵、サイクロプスの連中は、さぞや私が疎ましかろう。
『妬みや嫉みも関係している。悪事を働いた働かないによらず、意思あるもの同士がかかわり合いになれば、どうしたところでその様な感情が生まれるものよ』
俯いた私に、氷輪様が柔く頭を撫でてくれた。
なにもしてなくても、怨みを買うときはある。そういう事なんだろうけど。
いつか何処かで知らないうちに、誰かを何かしら傷つけている。
それはとっても胃の痛い話で。
しおしおと気持ちが萎れて行くのが解る。
自分が解るんだから、外からはもっと解ってしまうんだろう。氷輪様がぽつりと『辛いことを言ったな』と溢されて、私は慌てて首を振った。
「いえ、そんな……! 私が甘かったんです。誰かと事を構えるなら、恨まれたり憎まれたりは当然あることなのに。口で解っていると言いながら、覚悟が全く足りなかったんです……」
姫君が以前に「覚悟を持て」と仰ったけど、それってこういうことも含まれる筈だ。
それなのに改めて突きつけられると、辛いとか考えが甘すぎる。
ずどんとおちこんでいると、旋毛をツンツンとつつかれて。
顔を上げると氷輪様の目が、穏やかに私を見ていた。
『強くなれ。人の心の機微に疎くなるのではなく、悪意に怯まぬように』
「はい」
『そのための助けはいくらでもくれてやろう』
畏れ多い言葉にお礼を言おうとすると、その前に氷輪様のお口から『よっこらしょ』とか出て来て目が点になる。
その間に私の目の前に、どすっと床が抜けそうな音と共に皮袋が置かれた。
「へ?」った間抜けた声が喉から出て来たのと同時に、氷輪様が袋を開くと其処から一つ組み木細工の箱を取り出されて。
『これはイゴールの所の小僧から、誕生日祝いのオルゴールとやらだ。中にカードが入っている故、後で確かめるといい』
「は、はい。ありがとうございます……」
『次に我と百華と艶陽からだが……』
とりあえず手渡された組み木細工のオルゴールをベッド横の棚に置く。
その間にも氷輪様は皮袋の中から、キラキラと光る何かを取り出して私のベッドに並べていた。
あまりにもベッドが光るから、恐る恐るそちらを見ると、なにやら鱗っぽい大きなモノが。
あれ、ちょっと前に見たことある。
一つ買おうとするだけで、菊乃井が傾くやつと違うかしら。
いや、まさか、そんな。
若干白目を剥きつつ、氷輪様に近づくと、その白い頬に少し赤みがさしているような。
「あ、あの、それは……」
『うむ。我と百華との協議の結果、お前の守りとして我らが飼う古龍の鱗を、此度の誕生日の祝福として贈ることになった。ついては艶陽も加わりたいと申し出てきてな。イゴールのはおまけだ』
「ひぇぇぇぇぇ!」
ロスマリウス様の古龍の鱗だけでもヤバいのに!
アワアワする私をどう思われたのか、ふふんっと胸を反らした氷輪様の言うことには、そもそもこれはロスマリウス様の話が発端らしい。
「古龍の逆鱗やら鱗だの、滅茶苦茶喜んでた。掃いて捨てるほどあるだけに良いのを選別するのが面倒だったけど、やった甲斐があった」って、氷輪様がお会いした時に仰ったとかなんとか。
あわわわわ、人間と価値観が違いすぎる。
『選別するのに手間取ったが、どれも素晴らしく良いものだぞ。我らが飼う古龍は、それこそ有史以来難度も脱皮を繰り返していて、鱗も逆鱗も何もかも、庭石として捨て置くほどにあるのだ。欲しいならいくらでもくれてやったものを……。』
「そ、そんなの言えませんし! 選別するのもお手間が掛かるんなら尚更!」
『構わん。お前の守りになるのだ、手は抜けん』
ひぃ!
もしかしなくても、私って物凄く大事にされてるんじゃ……。
思い上がった事をと思う反面、こんなに大変な物を守りになるからって沢山くださるって、そう思っていいってことなか、なんて……。
ぎゅっと胸の辺り掴むと、不意に氷輪様が私の頭をグシャグシャに撫でた。
『やっと解ったか。誇れ、お前は我らの愛し子よ』
ぐっと目の奥が熱くなって、胸が詰まる。
ロッテンマイヤーさんや先生方も、今の氷輪様のような優しく慈しむ目でいつも私を見てくれる。
それにまだ私は自信が持てない。
だけど、だけど……!
ぐっと溢れ出そうな涙を拭うと、手芸道具を入れている棚から紙袋を取り出す。
それをお渡しすると、氷輪様が片眉を上げた。
「プレゼント、大事にします。それで私からなんですが……」
姫君には花を象った結びを沢山使った帯留めを、イゴール様にはサンダルの足元を飾るアンクレットをあわじ結びで、次男坊さんには叶結びの太刀飾り。
ロスマリウス様にはトライデントの柄の飾りをタッセルとひら結びを組み合わせて作ったらもの、それから氷輪様には菊結びを使った髪紐をお渡しして。
最後に大きな紙袋をお渡しすると小首を傾げられたから、中のものを取り出してお見せする。
紙袋からころんとベッドに転がったのは、颯やグラニやポニ子さんの毛を織り混ぜたフェルトで作ったケルピーの縫いぐるみだ。
「これは艶陽様に差し上げてください」
『ああ、たしかに』
見上げた氷輪様の何処までも優しい目には、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの私の顔が写っていた。
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