第195話 突っ込みどころを見過ごす方が難しい

 前の世界と違って、少なくとも帝国では新年のおめでたい雰囲気は朔日だけで、二日となれば最早平日だ。

 とはいえ、仕事始めも二日から。

 なのでルイさんが役所を代表して、朝から仕事始めの挨拶に来てくれた。

 実はルイさんのことも新年パーティーに誘ったんだけど、先にエリックさんとユウリさんの方に誘われてて、エリックさんとユウリさんはラ・ピュセルとアンジェちゃんの誕生パーティーを開いていたそうな。

 大晦日は家族で過ごせたけど、次の日の昼間には家族が帰っちゃって寂しいだろうし、シエルさんとアンジェちゃんには帰る場所がない。

 エリックさんとユウリさんにも帰る場所はないから、パッと誕生日パーティーをやって皆で過ごそうと思って、そこにエリックさんがルイさんを呼んだんだって。

 どちらに参加しようか凄くルイさんは迷ってようだけど、ラ・ピュセルや歌劇団の裏方の二人から、街の雰囲気や今の困り事などなどを聞き取る方を選んで、朔日はそちらに行ったとか。

 この辺りはロッテンマイヤーさんから聞いたんだけど、「仕事熱心なのは良いことですが、心休まる時があるのでしょうか……」って凄く心配してた。同感。

 働きすぎ、ダメ絶対。


「いえ、それほど働き詰めという訳では……」

「本当に?」

「以前は確かにその様なこともいたしましたが、ここ暫くは無理は避けております」

「その言葉、信じてますからね。倒れたりしたら、ラーラさんにお願いして、凄く苦い薬湯を処方してもらいますから」

「は、肝に銘じて」


 うーむ、働きすぎの主な原因は私と両親にあるだけに、本当に申し訳ないけど気を付けながら頑張ってほしい。

 だからというんじゃないけど、私はルイさんに小さな紙袋を渡す。

 開けるように促したルイさんが、袋から取り出したのは小さなボタンが二つ。

 アジアンノツトで作ったカフスボタンだ。


「これは?」

「お誕生日おめでとうございます。今年も色々よろしくお願いします」

「た、誕生日……ですか。これは畏れ多いことです」

「常時回復効果を付与してますが、だからといって働きすぎはダメ絶対ですから」


 「ね?」と念押ししたら、ルイさんは頷いてくれたけど、ルイさんといいエリックさんといい仕事に際限なく打ち込むひとの気を付けるは、一般人の気を付けるより遥かに当てにならないんだよね。

 ロッテンマイヤーさんはルイさんと親しいようだし、何かあったら声をかけてもらおうか。

 そんな訳で働きすぎないお約束をして、ルイさんは屋敷を後にした。

 私とレグルスくんの手元に、ルマーニュ王国の歴史を子供向けに優しく解説した本を誕生日プレゼントに置いて。

 これが中々興味深いんだ。

 ルマーニュ王国は、帝国が成立する以前は大きな国家で、大陸の覇権を争う国の一つだったそうな。

 紆余曲折あって帝国に滅ぼされる寸前で、今の王家の始祖がなんとか講和にこぎ着けて、現在の状況になっている。

 帝国からしたら旧支配者だったし敗者なんだからと、凄く当たりが強い。

 ルイさんの件も、ここぞとばかりに帝国の外務省は強く強く出て、あちら側になに一つ譲らなかったそうだ。

 帝国の建国から物凄く時間が経ってるのに、それでいいんだろうかってのは、悩むだけ今の私には無駄かな。

 何にも出来やしないし、恩恵も被ってるもんね。

 まあ、そんな帝国に王国が強く出られない理由を、あちら側の視点で書けばそりゃあ曖昧にせざるを得ないよねー。

 まあでも、視点の違いを学ぶには凄く良い教材。

 ルイさんは物事の多面性の一つの例を、私達兄弟に本を通じて知ってほしいのかも。

 折角だからお昼御飯までの間、私がレグルスくんに貰った本の読み聞かせをするのに、ロマノフ先生が王国以外から見た当時の様子なんかを補足してくれるという歴史の授業をしてもらっちゃった。

 それからお昼御飯を終わらせると、私とレグルスくんは奏くんと一緒にお庭で菜園の世話をすることになってて。

 だけど約束の時間になっても、中々奏くんがやってこない。

 何か道中であったのかな?

 先に仕事で来ている源三さんも、ちょっとソワソワしてるみたい。

 様子を見に行いこうかと思った矢先、屋敷の方から慌ただしくも軽やかに誰かが走ってくるのが見えて。

 徐々に大きくなっていく輪郭に目を凝らせば、それは手を振りながら走ってくる奏くんだった。

 物凄く急いでいたみたいで、肩で息をしてる。


「待たせてごめんな!」

「うぅん、大丈夫」


 息を整えながら謝る奏くんに、私とレグルスくんは首を振る。

 奏くんが遅れた事にはビックリしたけど、頭の先から爪先まで見て怪我とか無さそうなので、それで何よりと伝えると、奏くんはちょっと微妙な顔になった。


「うーん……」

「どうしたの?」

「うー、若さま……ロッテンマイヤーさんが来てくれって言ってた。おれはうまく説明できないから、ロッテンマイヤーさんにきいて」

「うん? ロッテンマイヤーさんに奏くんの遅くなった理由を聞くの?」

「うん。ちょっとおれにはむずかしいから」


 どういうことなの?

 頭に疑問符を浮かべて奏くんを見ても、奏くんは困ったような表情をして再度口を開いた。


「えぇっと、おれが遅れたのは別にけがとかした訳じゃないから。知ってる人から伝言をたのまれたんだけど、その……大人の話だからどう言えばいいかわかんなくて……」


 ポリポリと頭を掻いて、ちらりとほんの一瞬だけ、奏くんはちらりとレグルスくんに視線を向ける。けれどレグルスくんが気づく前に、私に視線を戻して「そういうこと」と目で訴えてきた。

 つまり、レグルスくんには聞かせられないお話ってわけだ。

 となると両親が何か仕掛けてきて、それを両親と私の事情を知ってて、かつ、奏くんと知り合いでもある人が、私の家に行く途中の奏くんに伝言を頼んだってとこだろう。

 何があっても受けて立ってやる。

 唇を引き結んだ私を見て、奏くんも凄く真面目な顔だ。

 小さく頷きあうと、奏くんはレグルスくんの方へ、私は逆に屋敷の方へと身体を向けた。


「にぃに?」

「ロッテンマイヤーさんが呼んでるらしいから行くね」

「……うん」


 私の雰囲気に何か感じたのかレグルスくんの青い目が不安に揺れると。すると奏くんがレグルスくんの手を取って菜園へ促して。

 レグルスくんは菜園に、私は屋敷に向かって、お互い背を向けて歩き出した。

 暫く行くとロッテンマイヤーさんが迎えに来てくれていたようで。


「何がありました?」

「それが……バーバリアンのウパトラ様からのご連絡で……」

「んん? 奏くんが伝言を預かった相手ってウパトラさんなの?」

「左様に御座いますが……正確な事は先生方からお話下さいますので」

「そうですか……」


 どういうことだ。

 両親が何か仕掛けてきたんだと思ったのは、私の早合点だったんだろうか?

 ウパトラさんというか、バーバリアンは私と両親の不仲を知っているけど、積極的に介入するような立場じゃない。

 だけと奏くんのレグルスくんへの目配せの意味を考えると、両親の話なのは間違いないと思うけど。

 ロッテンマイヤーに伴われ、手洗いを済ませてリビングに向かえば、そこには先生方が勢揃い。

 それぞれ皆、少し難しい顔をしていて。


「先生方、なにがあったんですか?」

「ああ、鳳蝶君。実はですね……」


 ロマノフ先生の向かいのソファに座る。

 それを合図にロマノフ先生が話してくれたことには、今バーバリアンが街から屋敷に続く道で遭難しているらしい。

 「へ?」と間抜けな声を漏らした私に、ヴィクトルさんが首を振った。


「あーたんには詳しく話して無かったけど、街からこの屋敷に至る道と森には僕の魔術がかかってるんだ」

「魔術……?」

「そう。悪意を持つ者や、呪いのかかった品物は、この屋敷に辿り着けなくて道に迷ってしまう。そういう古くて強い魔術なんだけど」


 初耳だ!

 けど、それよりも、悪意を持つものは屋敷に辿り着けない魔術がかけられている道で、バーバリアンが遭難しているって言わなかったっけ。


「え? で、でも、バーバリアンは……」


 なんで?

 どうして?

 ぐるぐるとそんな言葉が頭の中を駆け巡って、他に言葉が出てこない。

 すると、ラーラさんが私の混乱に気がついたのか、そっと肩に振れてくれた。


「カナが言うにはバーバリアンには同行者がいて、どうもその同行者の様子がおかしいからボク達に知らせてくれってウパトラから頼まれたそうだよ。なんでも『なんか厄介な気配がするから、暫く探ってみる』って」

「ウパトラさんが?」

「ああ。彼は透かし見の魔眼の持ち主で、この屋敷に続く道や森に何かは解らないけど魔術がかかっているのが見えたからだと思うよ」


 ウパトラさんの魔眼には、道やらに魔術がかけられているのが見えていて、屋敷には私やレグルスくんがいる。

 普段なら街からそう遠くない屋敷への道なのに、何故かいつまでも屋敷に辿り着かない。

 迷っている間に奏くんと出会って、もしかしたら連れている人物が原因ではないかと思ったらしい。

 普段ならすぐに屋敷に辿り着く道、普段と違うのは同行者の存在だけ。

 それなら原因は恐らくこの同行者だろう。だから泳がして探ってみる……というのが奏くんが預かったウパトラさんの伝言だそうな。

 そしてその同行者というのが。


「……レグルスくんに誕生日のプレゼントを届けに来た父の使者、ですか」

「ええ、そうらしいです」


 こういう時、どういう顔をすればいいのか解んなくて、ついつい視線を明後日に飛ばしてしまった。

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