第193話 想像より斜め上なような、そうでもないような

 私が今年、皆に用意したプレゼントはアジアンノットの飾りというか、お守りというかだ。

 レグルスくんには黄色い紐で作った唐蝶結びとしゃか玉の、奏くんにはしゃか玉と吉祥結びの、それぞれ鞄に付けられるストラップ。

 ロッテンマイヤーさんには梅結びやら色々組み合わせて作ったグラスコード、エリーゼと宇都宮さんのメイドさんコンビにはみょうが結びの髪留めを、料理長や源三さん、ヨーゼフには房結びのカフスボタンを。

 ロマノフ先生とラーラさんとヴィクトルさんには、二重叶結びや包み結びを組み合わせのマント留めを作りました!

 皆それぞれ色違いにしたから、どれが誰のか一目で解るんだよね。

 去年と同じくパーティーの最中に突撃してプレゼントを渡すと、みんな私に誕生日のプレゼントを贈ってくれた。

 レグルスくんからは折り紙で作った花輪、奏くんからは鍛治で作ったスプーン、エリーゼと宇都宮さんからは蝶々の刺繍が可愛い農作業用の帽子とタオルのセット、源三さんは新種のバラを奥庭に植えてくれたそうで、春になったら料理長のくれた新しいお弁当箱にお弁当を入れて、ヨーゼフから貰った敷物を持ってピクニックがてら見に行く約束をして。

 ロッテンマイヤーさんからは、帝都で今流行りの「蝶を讃える詩」っていう詩集を貰っちゃった。

 今年もとても幸せな気分でいると、白い礼服の先生方がすすっと私の方にいらっしゃる。

 そういえば先生方からは、古代エルフ語の辞書と先生方が使ってた魔術の教科書を貰ったんだよね。

 なんでも先生方が使う魔術は、今のエルフさんたちが使うのとちょっと系統が違ってて、古代魔術寄りなんだって。

 今の魔術は、大昔にルマーニュ王国辺りにあったとされる魔術都市国家が作った簡易魔術式を発展させたもので、先生方が使う古代魔術はどっちか言えば大雑把な術式だけど魔素神経がかなり発達していないと使えない大技が多いそうだ。

 だけどヴィクトルさんはそんな中でもちょっと違ってて、魔素神経が発達しているのは勿論の事、緻密で複雑な術式を扱えるコントロール精度が必要な古代魔術も使えるそうな。

 それで今回私が先生方から貰ったのはロマノフ先生やラーラさんが使う古代魔術の初歩から、ヴィクトルさんが扱う奥義クラスの魔術まで載ってる本なんだって!

 マスタークラスまで行けばマジックバッグの魔術や転移はおろか、ソーニャさんが作った遠距離通話魔術も楽勝で使えるようになるそうだ。しゅごい。

 ……じゃない。

 凄く複雑そうな顔のロマノフ先生が、私の肩に手をおいた。


「おめでたい席でする話ではないかも知れませんが、今日の皇宮でのパーティーの話をしておこうかと」


 なるほど、先生方が帰って来た時になんだか複雑な顔をしていらしたのは、ここに繋がるようだ。

 両親と何かあったのか尋ねると、ヴィクトルさんが肩を竦めた。


「何かあったのは僕達じゃないんだけどね」

「と、おしゃいますと?」

「うん、それが……」


 ヴィクトルさんの視線がラーラさんに向く。

 視線が向けられたラーラさんがロマノフ先生を見ると、先生が大きく息を吐いた。

 皇宮主催の新年祝賀パーティーには、国のありとあらゆる貴族が集う。

 と言っても帝都に住むか帝都近くに領地がある家以外は自由参加なので、辺境からはあまり参加しないのが通例だそうな。

 予想通りならここでうちの両親がクスクスされている筈だったんだけど、昨年ダンジョンの管理不行き届きを咎められた貴族……某伯爵が参加していたお陰でそうはならなかったという。

 それが我慢ならなかったのか、うちの両親に嘲りを代わって受けさせたかったのか、その某伯爵が当て擦って来たそうで。


「ロートリンゲン公爵の領地でカトブレパスが暴れた件で、一番得をしたのは菊乃井家。菊乃井家が初心者冒険者セットやEffetエフェPapillonパピヨンの品を公爵家に売り付けるための自作自演だと?」

「ええ。陰謀論だとしてもあまりに馬鹿馬鹿しくて、ロートリンゲン公爵も否定しておられましたけどね」


 愚かなことを。

 うちの両親と一緒にその某伯爵に絡まれていたロートリンゲン公爵の顔には、ありありとそう書かれていたそうだ。

 まあ、そりゃそうだよ。

 閣下は初心者冒険者セットがどんだけ売れても、菊乃井の利益はトントンくらいにしかならないのをご存知だもの。

 寧ろ取引の過程で「取れる時は取っておきなさいって言ったじゃないか」ってお手紙を頂戴したくらいだし。

 それで閣下が辟易されているのを見て、ラーラさんが助けに入ろうとしたところ。


「まんまるちゃんのお母上が、こう、扇を手に打ち付けてね」


 パシッと人差し指と中指で、ラーラさんは自分の手のひらを打って見せると、大きく胸を反らした。


「『初心者冒険者セットは、そもそも一本のナイフだけでダンジョンに挑まねばならぬ貧しい者に、ダンジョンのある土地の守護者たる我が家が慈悲として施しているもの。冒険者の矜持を傷付けぬために幾ばくかの金銭を受け取っているだけで、あれが売れたとしても我が家は金銭的な儲けなどありませんの。でもそれで良いのですわ。あれは未来への投資ですもの。善き冒険者を育て、あらゆる地の守護者として送り出すのが我が領地の務めと心得ておりますから。かような事すら理解できないようでは、陛下のお叱りの意味もお分かりになっておられないのではなくて?』って鼻で嗤ったんだよ」

「はぁ!? あの母上がですか!?」


 マジか!?

 なんの冗談だ!?

 あまりの衝撃に大きな声が出て、みんなが一斉に私の方に顔を向ける。

 それに気付いて「なんでもないですよ~」と手を振ると、皆多分何かあったと解っていても、何事もなくパーティーに戻ってくれて。

 私は声を潜めると、再び先生方に「本当にそれうちの母上ですか?」と尋ねる。

 すると三人そろって「是」と頷かれてしまった。

 何かが、おかしい。

 今まで領地に興味を持ってこなかった人が、物笑いの種になったからと領地の事を本気で知ろうとするだろうか。

 ダンジョンと初心者冒険者に対する施策は、逐次二人には知らせていた。

 去年はそれを答えられずに叱責されていながら、何故今頃……?

 これはもしかして。


「不慮の事故や急な病、いずれにせよ毒のさかずきが迫ってるとでも思ったかな?」

「可能性はあるでしょうね。君のお母上は、純然たる貴族の令嬢として教育を受けていらしたようだし」

「陛下に二度も叱責されてるんだ。三度目があったら、不慮の事故や急な病であーたんのご両親に不幸があっても、そりゃ貴族連中は何も言わないよ」


 そうだろう。

 貴族は個より家に重きを置く。

 家を危険に晒すものは、身内と言えど内々に処されて然るべきものだ。

 その考えは古い家ほど不文律として存在している。

 だけど、そんなこと私は望まない。


「三度目があれば問答無用で隠居してもらいますが、死体は役に立ちません。尻拭い役は、生かしておかなければ意味がない」

「まぁね。ボクらは君のそういうとこをちゃんと解ってるけど、お母上は怖いだろうね。何せバラス男爵の件がある」

「ああ……」


 他人にああなんだから、身内に容赦する必要なんか感じないのは確かだけどね。

 まあ、でも、これはこれで良いのかも知れない。

 私にはあの人に飲ませたい要求がある。

 あの人が怯えれば怯えた分だけ、私の要求は通りやすくなるんだから。


「……これは仕掛け時かな?」


 ニッ口の端を引き上げれば、ツンツンと服のすそを後ろから引かれる。

 その引っ掛かりに振り向けば、レグルスくんが私の服のすそを引いて目を煌めかせていて。


「にぃに! いまのおかお、つおそう!」

「え? そう?」

「もういっかい! もういっかい!」


 そんなに言われたら悪い気はしない訳で。

 私はおねだりに応えるべく、唇を三日月に歪めた。

 いつ言われても良いように、寝る前にちょっとだけ悪い顔の練習をしてる甲斐があるってもんだよね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る