書籍2巻発売記念SS1・隣の弟も自分の弟もかわいい
若さまとその弟のひよさまと、仲良くなってから大分たった。
いつもと同じく、じいちゃんといっしょに若さまの家に行くのに出かけようとした時だった。
玄関で
なんか言いたいのか、モジモジして、よくひよさまもこういうことするけど、紡だと思うとそんなにかわいくない。
こういうとき、コイツをムシすると、あとで母ちゃんや父ちゃんに言いつけて、おれが「弟が困ってるのになんで助けてやらないんだ!」って怒られる。
紡はおれが困ってて、でも助けてくんなくても「弟なんだから」って怒られないのに。
世の中、ふこーへーだ。
とりあえず、おれも怒られたくないし、朝からうるさいのもいやだし、こっちを上目づかいで見てくる紡に声をかけることにする。
「なんだよ」
「…………」
「ようじないのか? ようじないなら、おれは行くからな」
だんまり。
おれ、紡のこういう「言わなくてもわかってほしい」っての、すごく苦手だ。
なにも言わないくせに、玄関からどかない。
だからイライラしていると、紡はやっぱりモジモジしながらポソッと何か言い出した。
「……ちゃ、……むのこと、ちらい?」
「あ?」
「にぃちゃ、ちゅむのこと、ちらい?」
「は?」
なに言ってんだろう?
びっくりした。
あんまりびっくりしたから、ちょっと大きな声が出ちゃった。
それに紡もびっくりしたのか、三角の目になみだがみるみるたまっていく。
ヤバい、泣かしたら母ちゃんうるさい。
「ちょっ!? おまっ、なくなよ! ぜったいなくなよ! ないたらきらいになるぞ!」
「う……っ、ちらい、やだぁ!」
ひぐっと泣きかけたのをこらえると、紡はぐしぐし目をこする。
それで紡の目のまわりが赤くなったら、それはそれで泣いたってバレるし、なんで泣いたってなった時に、またおれのせいにされるのもいやだ。
だから紡のそばに行くと、若さまから貰ったハンカチで紡の目をふく。
「なんなんだよ、とつぜん」
「だって、にぃちゃ、ちゅむとあそんでくんない……」
「ああ」
そう言えば、おれが家でをやめてもどってから、紡とはそんなに遊んでない気がする。
若さまがおれの父ちゃん母ちゃんにものすごく怒った日、じいちゃんがおれんちに来て、父ちゃん母ちゃんと夜おそくまで話してた。
あとから父ちゃんと母ちゃんとが教えてくれたけど、じいちゃんから若さまがおれにしてくれた話をきいたんだそうだ。
それからはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、紡も怒られるようになったけど、やっぱりおれのが多い。
で、だ。
家でをやめたけど、おれは家にいるよりじいちゃんちにいる方が多くなったし、紡といるより若さまやひよさまと遊ぶ日がふえた。
だって紡といたらなんもしてなくても怒られることが多いけど、若さまやひよさまといると文字もおぼえられるしまじゅつだっておぼえられる。
若さまもひよさまも怒らないし、おれがなんかするとよろこんでくれるし、かならず「ありがとう」っていってくれるし。
家にいるよりずっとたのしいもん。
でもじいちゃんは若さまたちの所に連れてってくれる代わりに、家の手伝いもしなきゃだめだっていう。
だから紡のおもりを、母ちゃんから言われた時はちゃんとしてるけど。
そういうと紡はふるふると首を横にふる。
「ちゅむ、にぃちゃとあそびたい」
「おれはあんまり遊びたくない」
「なんでぇ!? ちゅむ、にぃちゃ、ちゅきよぉ!」
「いやぁ……しょうじきに言うけど、おれはあんまりすきくないぞ」
「にぃちゃ!?」
今度こそぴえっと泣きそうになるけど、とりあえずなぐさめない。
小さいからわかんないんじゃなく、誰も言わないから、紡はわからないんだ。
おれはちょっとむねをはると、紡のほっぺたをつまんだ。
「あのな、紡。おまえ、にいちゃんのおもちゃ何回こわした?」
「う……わかんない」
「わかんないくらい何回もこわしてるからだよ。でもそのたびに、おまえ、あやまらなかったぞ」
「ふ、ふぇ……」
「なくな! なかないできかないなら、もうおまえとお話しないからな!」
ちょっと強めにいうと、紡はぐしぐしとはなみずをたらしながら、おれの話をちゃんときこうとしてる。
ひよさまが泣いたりはなみずたらしたりしないのは、紡より大きいからかな。
おれが「泣くな」と言うからか、紡はいっしょけんめい泣くのをこらえてる。
「紡、にいちゃんがおまえのおもちゃをこわしたら、おまえどう思う?」
「ひ、ぅ……やだぁ……ちらい!」
「じゃあ、おまえがおれのおもちゃこわしたとき、おれがおまえを『いやだ』とか『きらい』ってなんで思わないとおもうんだ? おまえがやられていやなことは、にいちゃんだってヤなんだぞ」
人にされていやなことは、自分もしちゃいけない。
おれは父ちゃん母ちゃんに、小さい頃から言われてきた。
紡だって言われてる。
だけど、それを紡が守れないのは、自分が人にいやなことをした時に、そのあと何が起こるか誰もおしえないからだ。
きらわれることをしたら、当然きらわれる。
紡は弟だけど、それだけでずっと好きでいられるわけがない。
きらいってきもちが大きくなるのは早いけど、好きってきもちが少なくなるのも早いんだ。
まじめなかおして紡にそう言うと、紡はすごくかなしそうな顔をする。
「にいちゃ、もうちゅむのことちらい?」
「まだきらいじゃない。でもきらいになるかもしれない」
「やだー! やぁだー!」
手も足もジタバタさせて半泣きでもんくを言う紡だけど、おれはゆずらない。
しばらく見ていると、だんだんと紡の声が小さくなっていく。
おれが今回はゆずらないのがわかったんだろう。
紡が手と足のバタバタをやめて。
「……しゃい」
「きこえない」
「ごめしゃい! にぃちゃ、ごめしゃい!」
はなみずとなみだでぐしゃぐしゃのかおで、大きくぺこんと頭をさげる。
その頭にはつむじが二個。
「今回だけだぞ」
「にいちゃ、ちゅき!」
そういってつまんでいたほっぺたをはなしてやったら、わんわん泣いて紡がだきついてきた。
ってことが昨日の話。
ぽかぽかと冬なのにあったかくてきもちいい、若さまとひよさまの「ひみつきち」でおやつを食べて。
「昨日、奏くん来なかったけどどうしたの?」って若さまに聞かれたから、実は……って話になった。
「それで許してあげたの?」
「ん? うん。もともと別に紡がきらいなわけじゃないしな」
「そう。だけど、弟くん泣かしちゃって怒られなかった?」
「いやー、なんか、父ちゃんと母ちゃんにはバレなかった」
「そうなんだ」
もしゅもしゅとスコーンを食べていると、ひよさまは自分の分をグイグイと若さまにおしつける。
この頃、若さまは初めてあったときより大分やせてるせいで、ひよさまは「にぃにがへっちゃう」とあせってるらしい。
若さまはそんなひよさまをわかっているのか、いないのか、おしつけられたスコーンをちょっとちぎると、ジャムをたっぷりつけて「あーん」とひよさまの口に突っ込んだ。
それをムグムグしながら食べちゃうんだから、ここの兄弟はにいちゃんのがつよい。
そう、べつにおれは紡がきらいな訳じゃない。
好きくないって言ったのは、あやまらない紡が好きくないから。ただそれだけ。
はなみずとなみだでかおをぐしゃぐしゃにして「にぃちゃ、ちゅき!」って、えがおでだきついてくる紡は何だかかわいかったし。
ひよさまと比べてもけっこうかわいいと思う。
「それでさぁ、若さま」
「なに?」
「おれ、紡にしゅくだい出したんだ」
「へぇ、どんな?」
「かまないで『紡です、よろしくおねがいします』って言えるようになれって」
「そうなんだ。なんで?」
「おれに着いて来たいって言ったから。自己紹介くらいできないとな!」
「ああ、なるほど。じゃあ、自己紹介出来るようになったら会わせてくれるんだ?」
「うん、そのときはよろしくお願いします!」
おれが頭をさげると「こちらこそ」と若さまが頭をさげる。
それを見てひよさまも「おねがいしましゅ?」と、なんでかわからないなりに頭をさげた。
やっぱりひよさまもかわいい。
でも紡だって負けてないと、おれはちょっとむねをはった。
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