第189話 行く年来る年変わる都市・after

「それで、そのサイなんとかって結局なんなんだ?」

「コンサートの時、歌い手さんたちを応援する道具かな……?」


 あれから結局サイなんとかの名前は思い出せなかったんだけど、取りあえず形状だけはなんとか思い出せた。

 だってさー、菫の園の舞台ではほぼほぼ使わないんだもん。「俺」にしたって、「田中」がそれを持って儀式めいたダンスを踊るのを見て真似して踊ってただけ。

 だけど思い出せたんだから、折角だしそれを作ってみようかと。

 ぽてぽてと庭を四人──私とレグルスくんと奏くんにアンジェちゃんで歩きつつ、手に持つに丁度良い木の枝を探す。

 長すぎず、短すぎず。太すぎず、細すぎず。

 そういう枝ってありそうで中々なくて、探し出すと見つからないんだよねぇ。

 レグルスくんとアンジェちゃんは飽きてしまったのか、長細い枝を持ち出して謎の擬音「デュクシッ!」を多用したチャンバラを始めっちゃった。

 っていうか、なんで「デュクシッ!」なんだろう?

 いや、楽しいならいいんだけど。

 

「若さま、見つかった?」

「うーん、中々……。ござる丸に頼んだ方が早いかな?」

「もうその方が早いかもよ?」

「だねぇ」


 庭がほぼ森だから枝なんかすぐ見つかると思ったのは甘かったかも。

 大体庭は源三さんが掃除してくれてるし、時々先生達と焼き芋してて枝や枯葉は燃やしてるもんね。

 しゃあない。


「ござる丸ー! ちょっと来てー!」


 森に向かって叫んでから待つこと数秒、奥の方から梢を縫って「ゴザルゥゥゥゥゥ!」と大きな雄叫びとともに、ござる丸がターザンのように蔦を使って跳んで来る。

 そして空中ブランコのように中空で蔦を離すと、三回転半ひねりを見せて見事に地面に着地した。見事。

 美技に四人で拍手すると、誇らし気に胸を反らす。顔が合ったら多分どや顔。

 「お呼びですか?」とでも言うように、青々と葉っぱの茂る頭部を傾けるござる丸に、私は枝が欲しいことを告げた。


「お箸くらいの長さで、握りやすい太さのなんだけど」

「ゴザルゥ」

「振って使うから、出来れば軽いのがいいな。でも丈夫なのがいいんだけど」

「ゴザッ!」


 短く鳴いたござる丸はビシッと敬礼するような仕草をすると、トントンとその場で足踏みをする。

 すると細い竹のような物がにょきっと生えて、手頃な長さになるとひとりでに地面から抜けた。

 それを拾い上げてみると確かに軽いし、竹のようにしなやかで結構丈夫そう。

 これならイケるかな?

 ござる丸に頷いてみせると、私は大きく息を吸った。


「タラちゃーん! ちょっと来てー!」


 思いっきり叫んできっかり5カウント、みょんっと近くの木の枝からタラちゃんがデカい蛾を抱えてやって来た。

 どうもおやつ中だったらしく、抱えていた蛾を糸で簀巻きにしてその辺の生け垣にしまうと、犬のように尻尾を振る。

 なので、タラちゃんに魔力を渡して糸を作ってもらうと、それをござる丸の出してくれた棒に巻き付けて。


「なにしてんの、若さま?」

「魔力を通したら光る糸を作ってもらったんだ」

「にぃに、それ、どうするの?」

「ちょっと見ててね?」


 ニヤッと唇を上げると、棒全体に魔力を通して糸にも魔力が伝わるようにする。

 そしてそれを陰になって暗くなっている生け垣の根元にかざせば、ほのかに七色の光が灯った。


「きれーねー!」

「にぃに、いろがかわるよ!?」

「うん、色が次々に変わる感じにしてもらったんだよね」


 赤から青、青から緑といった具合に次々と光の色が変わるのに、レグルスくんとアンジェちゃんの目が輝く。

 しげしげと棒を見て、奏くんが顎を撫でた。


「で、これはどう使うんだ?」

「これ、暗いところで目立つでしょ? コンサート会場って暗いから、舞台からこっちが見えるように振るんだよ。ここにファンがいて、応援してますよっていう印に」

「なるほどなぁ」


 ふむふむと頷くと、奏くんは私の手から簡易サイなんとかを受けとると、自分でも振ってみる。

 それをレグルスくんとアンジェちゃんが見ていたことに気づいて、奏くんが棒を二人に渡した。

 まずレグルスくんが棒振ってみる。

 だけど、棒はちょっと光ってすぐに消えてしまった。

 どうやら魔力制御が甘かったみたい。


「んん? きえたよ?」

「棒を振りながら魔力を全体に行き渡らせるようにしないと、タラちゃんの糸まで魔力が通らないんだよ」

「んー? えい!」


 何度か棒を振っていると、段々と光が点っている時間が長くなる。

 それを見ていたアンジェちゃんに棒が渡されると、また光は消えてしまった。


「きえちゃったよぉ?」

「ああ、アンジェはまだまりょく使えないからかな? 若さま、これまりょくを使えない人には使えないのか?」

「いや、糸に魔力を込めて振ったら光るような魔術をかけておけば大丈夫なんじゃないかな」


 それ以前に棒に糸を巻き付けただけじゃ不格好だもんね。

 色々改良の余地がありそうなそれをしまうと、とりあえず散策は終わりに。

 夜にはカフェの前に集合することにして、私たちは一旦解散することにした。


 そして夜。

 月と星の光だけを頼りに歩くのは、大通りっていったって結構心許ない。

 屋敷から街へ向かう道なんて、ほぼほぼ森の中だからもっとだ。

 こういう時、街の人達は魔術を使える人はそれを使うけど、そうじゃない人は蝋燭やらを使って歩く。でもそれだって安い訳じゃないから、本来は極力夜出歩かない。

 私とレグルスくんが、ヴィクトルさんの転移魔術でカフェの前に着くと、もう源三さんに連れてきてもらった奏くんと、ユウリさんと一緒に来たアンジェちゃんがいた。

 シエルさんやラ・ピュセルはまだこの時間だと、ショーの真っ只中で、そっちにはエリックさんがいるから大丈夫らしい。

 冬の夜は空気が冴えて、闇が色濃く帳を下ろす。

 まだローランさんが来ていなかったから、先に昼間に試験的に作ったサイなんとかをウエストポーチから取り出して、ユウリさんにそれを見せた。


「これは?」

「昼間に言ってた光る棒の簡易版です」

「これ、光るのかい?」


 キョトンとしながらユウリさんは棒を見る。

 単なる竹に紐をぐるぐる巻いて結び付けただけの代物にしか見えないんだから仕方ない。

 でも百聞は一見にしかず。

 魔力を棒に通すと、見る間に巻いた紐が七色に光だした。

 夜目にも明るいそれに、ユウリさんが感嘆の声をあげる。


「ああ、そうそう。こんな感じに光ってたわ」

「ですよね。不格好だし改良の余地はだいぶんありますけど」

「たしかに。でもこんな感じの光る棒なのは間違ってないよ」


 なら、後は改良するだけだな。

 そんな風に思ってると、奏くんが私に手を差し出し棒を受けとる。


「モっちゃんじいちゃんに何かいい方法ないか聞いとくよ」

「ありがとう!」


 うむ、物作りする人の意見は大事だもんね。

 奏くん、本当にこういうとき頼りになる。

 そう言うと奏くんが爽やかに笑った。

 けども、それもふっと見えなくなる。どうやら棒に込めた魔力が切れたみたい。

 途端に暗くなったのが怖かったのか、アンジェちゃんがユウリさんに身を寄せる。その小さな身体を抱き上げると、ユウリさんはキョロキョロと辺りを見回した。


「ヴィクトルさん、サン=ジュストさんとローランさんはまだ来てないみたいだけど?」

「うん、ちょっと遅いね。呼びに行こうか?」

「そんなら儂が……」


 「行きましょうかの」と源三さんがギルドの方に身体を向けた時だった。


「遅くなりました」

「ああ、ルイさん」


 辺りを柔らかく照らす魔術を使って、大通りをルイさんが歩いてきた。

 合流して明かりを消すと、ルイさんは私に頭を下げる。


「夜分にご足労いただきまして、ありがとうございます」

「いえいえ。もしも道がきちんと光れば、それをこの街だけじゃなく領内の街道に使えますしね。それによってあらたな仕事も産み出せるし、商売にも繋げられますから」

「はい。まずは一歩というところですな」

「うん。その一歩に付き合ってくれた人を労うのは当たり前です」


 そうなんだよ。

 なんとこの大通りの整備、たしかに整備のお金は出てるんだけど、魔力を通すと光る石をタイルに加工することは職人さんがボランティアしてくれたんだって。

 きちんとモノになって、他の道に使う時は給料をちゃんともらうけど、実験だし何よりラ・ピュセルのための花道ならばって協力してくれたそうだ。ありがたや。

 それで後はその職人さんと合流して道に魔力を通すだけなんだけど、ローランさんがまだ来ない。

 だけどあまり時間が押すと、ショーが終わってお客さんがカフェから出てきて、道をどうこう出来なくなってしまう。


「時間もありません。始めましょう」

「まあ、成功したら一目瞭然になる訳だし、いいんじゃないの?」


 ルイさんとヴィクトルさんの言葉に頷くと、広場まで魔術で照らしながら歩く。

 街の中央の開けた場所には、大晦日のコンサートの舞台が設置されていて、雨に濡れても大丈夫なように布がかけられていた。

 そこを起点として、カフェまでの辺りに、石を加工したタイルを埋め込んでいるので、上手く魔力が通えば光の市松模様が道に浮かぶことになる。

 タイルの職人さんは舞台の前にいて、私やルイさんを見ると跪く。

 前髪で目を隠した木訥そうな青年で、声をかけるととてもアワアワしながら「ラ・ピュセルちゃんたちのためになるなら!」と見えている口許に笑みを浮かべてくれた。

 そして。


「あーたん、れーたん、かなたん、魔力流してみてよ」

「はい!」

「うっしゃ!」

「がんばるねー!」


 ヴィクトルさんの言葉を合図に、手を地面に突くと三人で様子を見ながら、少しずつ魔力を流していく。

 すると私の前のタイルには青、レグルスくんの前のタイルは黄色、奏くんの前のタイルには赤い光が灯った。

 魔力が段々道なりに流れていく度に、徐々に色付いて光るタイルが増えて、青黄赤の光りの波が大通りを駆けていく。


「成功だ!」

「きれー! しゅごぉーい!」


 アンジェちゃんとユウリさんの歓声に、パチパチと拍手が混ざってるのはルイさんとヴィクトルさん、源三さんかな。

 この光の小波の中を、ラ・ピュセルやシエルさんが美しい装いで駆けていくとか、きっと幻想的で美しいに違いない。

 ぼんやりと光る道を見ていると、不意にカフェの方から複数の歓声があがる。

 そしてそれは複数の人の姿をとって、少しずつ近付いて来て。

 どうも複数の人のうち、一人はローランさんなようでガハガハ笑う声が大きい。

 その横を男の人が歩いていて、後ろにも人がいるのが解る。

 目を凝らしてみていると、ローランさんの横の男性の頭には虎の耳。


「あー! ジャヤンタだー!」


 レグルスくんがだっと光の道を、金の髪を揺らして走り出した。

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