第188話 行く年来る年変わる都市・before

 暮れもちょっと迫ってきたかなっていう、ある日。

 私とレグルス君と奏くんは、暖炉の前でいそいそと、ミサンガのデザイン画の描き起こしをしていた。

 なんと、氷輪様に橋渡しをお願いしたお守りミサンガの件、ロスマリウス様がご許可くださったんだよね。

 氷輪様の仰るには「随分妙なこと考えやがって」って笑いつつ、それでも本人の努力次第でミサンガにかけた願いが叶うよう、背中を押すくらいの加護も付けてくださるという大盤振る舞いで、だ。

 早速イゴール様にもお知らせしたら……っていうのも、実は氷輪様が出向いてくださったんだけど、イゴール様も「それくらいの加護なら僕も付けるよ」と、トントン拍子で話が進んでる。

 だけど、ロスマリウス様から条件が一つ。

 「イゴールのとことデザインの被らないシャレオツなやつでヨロ」って。

 この砕けた話し方を氷輪様のお口から聞いたときは、ちょっと、なんか、顎が外れそうだった。

 そんな訳で私とレグルスくんと奏くんは、画用紙にぐりぐりと絵を描いてるわけ。


「ひよさま、みどり貸して?」

「いいよー」


 奏くんの画用紙には水色と青の線が引かれて、所々お星さまが付いてる。

 そこにレグルスくんが、ひよこちゃん巾着から取り出したクレヨンを渡せば、緑の線が加わった。

 海を思わせる寒色系スパイラルって感じ。

 レグルスくんの画用紙には、花とおぼしき物が沢山付けられたミサンガが。

 ひよこちゃん巾着から黄色のクレヨンを出してきて、ぐりぐりと花を塗りつぶすとふすっと鼻息荒く、イラストを私に見せてくれる。


「かけた! ひよこちゃん!」

「ひよこちゃん……!」


 おうふ、花じゃなかった。

 というか、私や周りがひよこちゃん扱いするからか、レグルスくんの身の回りの品にはひよこちゃんが溢れ返っている。

 服には私のしたひよこの刺繍に、お出掛けの時には首からロマノフ先生から貰ったひよこちゃんマジックバッグを下げてるし、お家の中では私の作ったひよこちゃん巾着に折り紙やクレヨンを入れて持ち歩いてる。更には彼の枕元にはひよこの編みぐるみが並んでいたり。

 そして本人がデザインしたミサンガはひよこ模様。可愛い。

 ふすふすと鼻息荒くイラストを見せる姿も可愛くて、奏くんと顔を見合わせて和んでいると、ドアをノックする音がした。


『わかしゃまー! おきゃくしゃまれしゅよぉー!!』


 元気な声に扉を開けると、ぴょんっとアンジェちゃんが顔を見せる。

 その後ろから宇都宮さんが、ぺこんとお辞儀した。


「失礼致します。若様、お客様がおみえです」

「どなたです?」

「サン=ジュスト様、ニナガワ様、ローラン様のお三方です。光る石とラ・ピュセルのコンサートのことで……と」

「解りました。三人でも大丈夫?」

「はい。今、レグルス様とかな君とでデザイン画の描き起こしをしているとお伝えしたら、三人でご一緒に、と」

「そうですか」


 宇都宮さんの言葉にレグルスくんと奏くんと、顔を見合わせると、お片付けしてから三人並んで、アンジェちゃんの頭を皆で撫でて部屋を出る。

 ポテポテと歩くアンジェちゃんと宇都宮さんの後ろに付いてリビングに行けば、ソファにはローランさんとルイさん、それからユウリさんがいた。

 そう、ユウリさんってフルネームを漢字で書くと「蜷川悠理」と書くんだって。

 歌劇団計画を始動するに当たり、台本をどうするのかって話になったんだけど、ユウリさんはこちらの文字を読むのはスムーズに出来てたんだよ。

 不思議に思って尋ねてみたら、なんとユウリさんにはこちらの文字に日本語でルビが振ってあるように見えているそうだ。

 それでもしかしたらユウリさんの祖国の文字をこちらの人も読めるのかと思って、試しに紙に漢字で名前を書いてもらってユウリさんのフルネームと漢字が判明したんだけど、残念なことに私以外誰もその漢字を理解出来なかったんだよね。

 「何故読めるんですか?」ってにこやかにロマノフ先生に訊かれた時には冷や汗が止まらなかったけど、ユウリさんの「そりゃ神様に教わってんだろ?」っていう偶然のフォローに助けられた。危ない危ない。

 それは横に置いといて。

 挨拶しつつ三人に向かい合うようにソファに座れば、左右に奏くんとレグルスくんが座る。


「今日はお三方揃ってどうなさったんです?」

「はい、実は……」


 にこりともしない真面目な顔でルイさんが説明してくれたのは、以前ローランさんから申し出があった魔力を通せば光る石のことだ。

 ローランさんと話した翌日、ルイさんはエリックさんとユウリさんを伴って、冒険者ギルドの倉庫に例の石を見に行ったとか。

 なんでユウリさんとエリックさんとを連れてったかっていうと、カウントダウンコンサートの舞台演出をするのがユウリさんだからだし、その費用がどれほど掛かるのかをざっと計算するのがエリックさんだからだ。

 それで早速石に魔力を通してみたら、夜やら暗いところならよく目立つだろうけど昼間は全く目立たないくらいの光を放ったそうな。


「まあ、夜のコンサートだし街灯的なものがあった方が良いとは思ったんだけど、ここって街灯って観念があるやらないやらだったし、わざわざ柱やらを建てるよりは安上がりかなって」

「それで石をタイル状にして道の舗装に使った、と?」

「ああ。この機会に広場とカフェを繋ぐ大道路は補修するって聞いたから、石をタイルみたいにして配置してみたら良いんじゃないかと思ってさ。模様を書くようにしてもいいかもしれないし」

「なるほど。それで魔力を通して夜は光るようにすれば、足下の安全は確保出来そうですね」


 どうせ道を補修するんだから、その材料に使い道の無かった石を混ぜても、特に予算が増えたりする訳でもない。

 石が加工されて光らなくなったって、実験なんだから特に痛みがあるわけでなし。

 そう考えてのことなら、私にギルドマスターやルイさん、ユウリさんが許可を得なければいけないことは何もない。

 遠慮なくやってほしいと伝えれば、用件はそれだけじゃなかったそうで。


「いや、道が出来上がって今夜初めて魔力を道に通す実験をやるんだ。なんだったら鳳蝶様にもお出まし願って、協力してくれた職人たちを労ってやってほしいんだよ」

「それは是非」


 キラキラ光る道とか出来たら素敵だもんね。

 そういうことならと頷くと、奏くんとレグルスくんが手を上げた。


「おれも行きたい!」

「れーも、みたいなー!」

「おう、奏も弟様も来てやってくれや」


 豪快に笑うローランさんの横で、微かにルイさんも笑う。

 二人の用事はそれだったようで、同時にユウリさんに目配せすると「俺はちょっと聞きたいことがあって」と、ユウリさんが口を開いた。


「光る石を見てて思い出したんだけど、オーナーなら解るかと思ってさ」

「はい? 何をですか?」

「俺のいた国には、コンサートとなると、こう、手に持って振る光る棒みたいなのがあってサイ……えっと、サイなんとか……」


 ユウリさんは記憶から何かを引っ張り出しているのか、何かを握る仕草で腕を振る。

 その仕草に前世の思い出を探れば、光る棒のようなものを振り回して、「田中」と何やら儀式めいたダンスの記憶が浮かび上がった。

 手旗信号のように棒を振ったり、手が沢山ある仏様の真似のような振り付けを二人でやったり。

 あれはたしか……たしかに、サイなんとか!

 サイ、なんだったっけ?


「若さま? なにしてんの?」

「んん? 名前が出てこなくって!」


 ブンブンと手を上下に振っていると、ユウリさんも「それそれ!」と手を叩く。

 凄く微妙な私の動きに合わせて、レグルスくんもみょんみょんと腕を上下に振りつつ踊り出して。


「そうそう、その棒もって弟様みたいに踊る奴等もいてさ!」

「異世界って変わってんな!」


 奏くんの朗らかな声に、若干引き気味にローランさんとルイさんが頷いていたとか、いないとか。

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