第172話 そういう役割のひとっているよね

 餅は餅屋、馬の調教は馬丁に任せよってことで、ケルピーの調教はヨーゼフに任せることになった。

 ケルピーも自分の処遇が決まり、更に家族と引き離され最悪死に至るかもしれない運命を回避するため、ガタガタ震えながら調教を受けることを承知したそうな。

 だけど、だ。

 調教なんて本当はじっくり取り組まなきゃいけない事の筈。

 それを突貫工事みたいなやり方で急ぐんだから、せめてヨーゼフのバックアップをしてやりたい。

 「何がありますかね?」と先生方にお聞きしたら、リビングで作戦会議をすることに。


「肝要なのはヨーゼフ君とケルピーに不要なストレスを与えないことだと思いますが……」

「それ以前に、あのケルピーが気弱……あー、繊細過ぎるのが難点じゃない?」

「それを言ったら本末転倒だよ、ヴィーチャ。そういう気性だから調教して、乗る人への恐怖を取り去ってやるんだろう?」


 ロマノフ先生の言葉を受けたヴィクトルさんの見も蓋もない話に、ラーラさんが首を振る。

 持って生まれた気性を変えるなんてのは、死ぬようなことでもないとガラッと急には変わらない。

 私だって死にかけて、前世の記憶が生えて、色々と追体験したりで変わったんだもん。

 むーんと唸ると、膝に座ったレグルスくんの手が眉間に触れる。そこをきゅうっと伸ばしてるから、しわが寄ってるんだろうな。

 「差し当たり」と、ロマノフ先生の声が聞こえた。


「ケルピーの気性を何とか……は、ヨーゼフ君の分野として、私達はケルピーの気持ちを落ち着かせるような術を探しましょうか」

「まあ、精神操作系の魔術で恐怖心を麻痺させる魔術は無くはないけども……」


 魔術か。

 しかし、精神操作系となるとちょっと穏やかじゃない。

 深く息を吐くと、レグルスくんが「にぃに、まじゅちゅいやなの?」と小さな声で聞いてくる。

 嫌というか。


「せーしんそーさって、バーサーク狂戦士化のことか? だったら、おれもやだな」


 朗らかだけど、明らかに不満げな奏くんの声に、皆が頷く。

 バーサークというのは、その魔術をかけられた者から死への恐怖心も、他者を害する事への嫌忌も奪いさる外法だ。

 そんなもの、ケルピーに使うことは出来ない。


「うん。だから使うなら精神安定系の魔術一択だけど……うーん」

「ケルピーって下手な精神干渉は受け付けないんだよね。それこそバーサークくらい強いのでないと効かないのさ」


 悩むヴィクトルさんの言葉を、天を仰ぎながらラーラさんが継ぐ。

 これはもう魔術でヨーゼフのバックアップはちょっと無理かな。

 いや、諦めちゃ駄目だ。

 考えていると、ふと奏くんがこちらをじっと見ていることに気がついた。

 なんか気になるので奏くんに声をかける。


「どうしたの?」

「関係ないこと聞くけど、ケルピーってひづめとかどうなってんの? 子馬見た時から気になって、気になって」

「あ、そう言えば蹄鉄とかいるのかな?」

「ケルピーは野生の馬だし、普通の馬と違って自分の魔力で蹄を保護できますから要りませんよ」


 私と奏くんの疑問に「良く気がつきましたね」とロマノフ先生は笑いながら答えてくれた。

 蹄鉄は元々馬が家畜化されたことで、蹄が弱くなってしまって罹る病に対する予防のためにするものだから、野生の馬には必要ないらしい。

 ケルピーはこれから飼われるっていっても、蹄を保護するだけの魔力は私やござる丸から得られるから、蹄鉄をする必要性があまりないそうだ。

 動物を飼うって一言でいっても、その環境を整えるために準備が沢山いる。

 馬を飼うにも準備は沢山いるし、飼ったら飼ったで飼育環境にも気を配らなきゃいけないし、乗るならやっぱり馬を労ってやらなきゃだ。

 馬の身体に負担をかけないような道具は結構お高くて、だからこそ良い馬を飼えるのはお金持ちの証になったりするわけだし。

 ふっとそこで、引っ掛かりを感じる。


「あの、神様の乗馬用具って誰が用意するんでしょう?」

「え?」

「あれ? 誰だろう?」


 室内がざわめく。

 すると、それまで大人しくお膝に座っていたレグルスくんが、元気に手を上げた。


「れー、どうぐならイゴールさまだとおもう!」

「んん? なんで?」

「だってにぃにがもってるひめさまのきれいなかみも、イゴールさまがつくったっていってたもん。おへやの『みしん』もだよ?」

「ああ、イゴール様ってなんかそういう感じするよなぁ」


 レグルスくんの言葉に奏くんも頷くけど、つまりそれはイゴール様って道具に関しては何でも屋扱いってことですか、そうですか……。

 いやいや、そんな不敬な。


「レグルスくん、奏くん、今のはちょっと不敬だから止めようね」


 と、声をかけた瞬間。

 ピカッと天上が光って、大気に浮いてる魔素が集まり、大きな魔力の渦を作る。

 あー、これ見たことあるわー。

 これ、イゴール様が来る時に見るやつだー。

 そう思って眺めていると、ピタッと渦の動きが止まり、集まっていた魔力が四散する。


「へ?」


 渦が消えたことに驚いて、三回くらい目を擦って天上を見たけど、誰もいない。

 葡萄柄の壁紙が広がるだけ。

 するとパタパタと俄にリビングの外、玄関に続く廊下が何やら慌ただしい雰囲気になってきて。

 膝からレグルスくんを降ろして、廊下へと出てみると緊張した面持ちの宇都宮さんが、こちらに来るところだった。


「宇都宮さん?」

「わ、若様、皆様、お客様です! 玄関にお出ましくださいませ!」

「え……どなた様?」


 玄関に来て皆で出迎えるお客なんて、我が家に来る予定はない。

 っていうか、私は兎も角、先生方まで玄関にお出ましいただくようなお客様なんて、それこそ皇帝陛下かそれ以上のお方じゃ……。

 って、まさか!?


「そ、それが……!」


 宇都宮さんは玄関から慌て来たのだろう。二の句を継ごうにも、肩を大きく上下させて息をするものだから、上手く話せないようだ。

 そうこうしている間に、玄関から人が二人やって来るのが見える。

 一人は恐らくロッテンマイヤーさんで、ひたすら姿勢を低くしていて、もう一人は悠然と白衣の裾をヒラヒラさせながら歩いてきた。


「メイド少女、僕が行くから良いっていったじゃないか」

「で、ですが……」

「僕と鳳蝶の仲だ。固いことは言いっこなしさ」


 「ね?」っと金髪の美少年オブ美少年がウィンクを飛ばしてくる。

 若干白目を剥いていると、その人は気づいているのかいないのか、手をこちらにブンブンと振ってきた。


「今日は言われた通り、ちゃんと呼び鈴鳴らして玄関から入ってきたよー!」


 ひぇぇ、誰だよ神様に玄関から呼び鈴鳴らして入って来いっていったの!?

 泡を噴きそうな私に代わって、レグルスくんと奏くんがイゴール様に手を振る。


「いらっしゃいませ、イゴールさま!」

「こんにちは、イゴールさま」

「ああ、レグルスに奏。言われた通り玄関から来たよ。お土産も持ってきたんだから」


 ぎゃー!?

 私の弟と友達だったー!?

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