第170話 どこかの骨(馬)への圧迫面接
妖精馬というのは、風より早く走る馬として、古来から珍重されてきた。
しかしこの馬、やたらとプライドが高いので人間だろうがなんだろうが、それこそ似たような種族のエルフだろうが、気にくわなければ絶対に乗せない。
それどころか、無理に乗ろうとすれば触れる前に蹴飛ばすという強情さも併せ持つ。
だからこそというのか、権力者はこぞって妖精馬を自分の騎馬にしようとして、結果乱獲を招いてかなり数を減らしているそうだ。
まあ、神様が欲しがるぐらいなんだからいいお馬さんなんだろうなぁ、とか。
「……思えるわけがない」
私の呟きに、レグルスくんも奏くんもヨーゼフも同意なようで、座って小さくなってるケルピー(自称)をじとっと見下ろす。
ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんも目を逸らしてる。
だってそんな荒馬が、なんだって私たちに囲まれただけで気絶するのさ。
そんな視線に耐えかねたのか、再びケルピー(自称)が「ひひん」と鳴いた。
ヨーゼフが腕を組んでフムフムと聞いたことには。
「生まれつき気が弱くて、それが仲間にも鬱陶しがられて群から追い出されたけど、群には自分より早く走れるのがいなかったからかえって伸び伸び走れた。それにこの辺、なんだか物凄く綺麗な魔素が多くて食べるものにも事欠かなかったし……ですか」
「は、はは、はい。それにポニ子さんと出会ってしょっ、しょたっ、所帯も持てて……」
「ほぉう、ひとの大事なポニ子さんに手をつけて挨拶もなく済ませられると思ったんですか? 所帯の概念があるくせに?」
ぶわっと私の周りに冷気が広がって、キラキラと氷の結晶が舞い散る。
しかし、パンパンッとヴィクトルさんが手を打ち鳴らすと、瞬時に氷の粒が消えた。
「あーたんが怒る気持ちは解るけど、生まれたばかりの赤ちゃんにはツラいからやめたげて」
「う……、はい」
言われてポニ子さんを振り返ると、怯える子馬を庇うように私を見ている。
円らな瞳がなんだか「このひと(馬)を許してください」と訴えているようで、思わず眼をそらしちゃった。
いや、許すもなにも子馬が産まれたんだから、家で育てるに決まってるじゃない。
それだけのお金は一応あるわけだし。
だけども、問題は父馬だ。
深呼吸すると、私はガシガシと頭を掻く。
「ケルピー……本当にケルピーなら姫君様に言わない訳にはいかないしなぁ」
「ひめさま、ケルピーつかまえるっていってた……」
「ああ、姫君はケルピーをご所望でしたね」
私の呟きにレグルスくんとロマノフ先生が、それぞれに頷く。
でも姫君の仰るには姫君自身がケルピーを欲してるわけでなく、艶陽公主様から賭けの対価に求められて探してるって話だった。
となると、ケルピーに騎乗されるのは艶陽公主様ってことになるのか。
「姫君がケルピーを欲しておられるなら、事情を説明してこの家にケルピーをポニ子さんの家族として迎えることも出来るだろうけど……」
「違うんでしたね。さて、困りましたね」
確実に姫君様に伝えれば、ケルピーは天上にいくことになるんだろう。
でもと、ふと思う。
ケルピーって気高くて気性が荒いのが普通で、艶陽公主様もそういう馬を欲してるわけで。
翻ってポニ子さんの夫(仮免審査中)は、気弱で気性もよく言えば穏やか。
「うーむ、姫君にこのケルピーの気の弱さとかを話しましょうか。それを艶陽公主様にお伝えいただいて、諦めてもらうとか……」
「しかし、このケルピーは本人……本人? いや、自己申告では群れのどの馬より速く走れるのでしょう? それならば矢張欲されるのでは?」
「うーん、自己申告なら本当はもっと速い馬がいるかもですし」
ケルピーを見れば、まだ私たちが怖いのかカタカタ震えてポニ子さんに身を寄せている。
ポニ子さんはと言えばケルピーを庇うようにしながら、子馬にお乳を飲ませているから母強し。
こんな光景を見せられたら、そりゃ引き裂くって選択肢は取りづらい。
この手で行くかと思った矢先、ヴィクトルさんが首を横に振った。
「ダメだよ。この子、ステータスに『ケルピー一の駿馬』ってある」
「なん、だと……!」
自己申告じゃなかったとは。
ってことは万事休すじゃん。
これは困った。
私に姫君にケルピーを見つけたことを言わない選択肢はない。でもポニ子さんたち一家を引き裂くのも嫌だ。
眉間にシワを寄せてうんうん唸っていると、ちゅうっと指を吸われる感覚が。
「あー!」と奏くんが大きな声を上げたから、驚いて奏くんを見ると、その指が私の指先を指していた。
その方向を視線で追うと、私の指をちゅうちゅう子馬が吸っている。
するとござる丸が慌てて私の膝にすがりついて、何かを訴えてきた。
でもゴザゴザ鳴くだけで、何を訴えてるかまでは解んないんだよね。
タラちゃん、その辺にいないかな。
キョロキョロ見回していると、ロマノフ先生がそっと私の指を子馬の口から引き抜いた。
指を引き抜かれた子馬は名残惜しげにしていたけれど、私の足にすがり付くのを止めたござる丸が枝で出来た手を差し出すとちゅうっとそちらに吸い付く。
お腹空いてたのか。
ポニ子さんのお乳だけじゃ足りなかったってことかな?
そばでちゅうちゅうござる丸の手を吸う子馬の背中を撫でると、子馬は食事を止めて、私の手に鬣に咲いた花を擦り付けてきた。
するとそれを見てヴィクトルさんとラーラさんが顔を見合わせる。
「あーたんの魔力美味しかったみたいだね」
「まあ、ゴザの葉っぱやら枝ほぼほぼまんまるちゃんの魔力を養分に育ってるからね。それが口に合うならまんまるちゃんの魔力も気に入るさ」
「んん? 私、今、魔力吸われてたんですか?」
首を傾げると、ロマノフ先生が苦笑いして顎を擦る。
「君は魔力の量が尋常じゃないですからね。ちょっと吸われたぐらいじゃどうにもならないでしょうが、ケルピーに魔力を食べられたとなれば普通は目眩くらい起こすもんです」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。それで今、子馬が鳳蝶君に鬣の花を擦り付けましたけど、それは親愛の表現です。良かったですね、年頃になったら乗れるお馬さんが出来ましたよ」
その言葉に対して、またも私は首を捻る。
「先生、ケルピーってふくじゅうさせないと乗れないんじゃないのか?」
「いえ、そんなことありませんよ」
私と同じ疑問を持った奏くんの質問に、ゆるゆるとロマノフ先生は首を否定系に動かす。
その後を継いで、ヴィクトルさんが教えてくれた。
「ケルピーの『認める』って言うのは決して上位者って意味じゃないんだよ。親愛や友愛だって『認める』ってことだもん」
「ははぁ」
「ケルピーは気性は荒いけど、粗野な生き物じゃない。厳しくはあるけど、情は深いんだよ」
まあ、お産に立ち会うくらいだもんな。
しかし、ポニ子さんの子供ならやっぱり大きさはポニ子さんくらいなんじゃなかろうか。
年頃にポニーに乗ってるってどうなんだろう。
いや、ポニ子さん可愛いけども、ポニーって軍馬とかには向かないような?
ここはダンジョンを抱えてるから、下手すれば戦場になる土地なんだけども。
ちょっとその辺はどうなんだろうと口にすると、今度はラーラさんが笑った。
「ケルピーってのは面白い生き物でね。普通の馬とも子供を作ったりするもんなんだけど、産まれてくる子供は皆ケルピーなんだ。ケルピーは魔力で身体の大きさを変えられる。さっき見ただろう?」
「おぉう……!」
「それにケルピー同士じゃない時は、それぞれの親のわりと良いとこを引き継いだ子供が産まれるんだよ。さしずめポニ子となら、ポニ子の肝の太さや優しさ、賢さなんかを引き継いだ、凄く足の速い子なんじゃないかな」
「良いとこどりとか素晴らしいじゃないですか!」
「いや、それがそうでもないというか」
先生方の説明によると、ケルピーは異種族間で子供を作ることは可能だけど、それはかなり難しく、こどもが仮に産まれたとしても、ケルピーなのは産まれた子供一代限り。
つまり、この子馬は奇跡の塊みたいなもんだそうな。
「ポニ子さんすげぇことしたんだな」
「ぽにこさん、がんばったねぇ!」
レグルスくんと奏くんがポニ子さんを撫でてやりながら労うと、ポニ子さんは二人の言葉が解るのかどこか誇らしげに尻尾を振る。
するとござる丸の葉っぱを食べていた子馬が、ござる丸に先導されてレグルスくんと奏くんのところにやってきた。
ピンッと元気よく立った子馬のお耳に、ござる丸がゴザゴザと何事かを吹き込むと、子馬はまず奏くんに鬣の花を擦り付ける。
「あー……か、かな、奏坊は、ご、ごご、ござる丸の世話してく、くれ、くれる、から、友達、ひ、ひよ、ひよ様は若様の弟様って……」
目を丸くした奏くんに、ヨーゼフがそう説明してくれた。
さっきから思ってたけど、ヨーゼフってポニ子さんは兎も角ケルピーやらござる丸の言葉が解るっぽいんだけど。
「解るの?」と聞けば、ヨーゼフはあわあわしながら「なんだか去年の夏辺りから解るようになった」と答えてくれた。
「……この屋敷に去年の夏辺りにいた人は、皆さん『仙桃』の
「ああ……なるほどねー、才能が開花したのか」
「そういえば、アリョーシャとヴィーチャはこの間の『仙桃』が二回目だっけ? ボクは初めて食べたけど……」
ぼしょぼしょと先生達が話してるけど、つまりヨーゼフは仙桃を食べた効用でポニ子さんやケルピー達の言葉が解るようになったってことなのかな。
そう言えば、バーバリアンのジャヤンタさんが動物や魔物の言葉が解るスキルを持ってたけど、あれと似たようなものなんだろうか?
つらつらと考えていると、奏くんに一頻り鬣の花を擦り付けて満足したのか、今度はレグルスくんと子馬がご対面。
すると子馬はレグルスくんをじっと見つめて、前足を折って跪くような姿勢を取って頭を垂れた。
ひよこちゃんの方は、その姿に吃驚したのか、鬣を撫でようとしたまま固まってる。
どうしちゃったのかな?
先生達も、レグルスくんと子馬の姿に固まっちゃってる。
暫く皆で固まっていると、子馬が小さく鳴いて立ち上がり、自分からレグルスくんの手に頭を擦り付けた。
「ヨーゼフ、子馬何て言ってるの?」
「え、あ、ひ、ひよさまに服従しますって……」
「あら、まあ」
なんと。
これは絶対にこの子はうちで育てないと。
お年頃のレグルスくんの騎馬が確保出来たんだもんね。
っていうか、以前姫君様はレグルスくんに「英雄の気風を感じる」って仰ったそうだけど、動物にも解るんだなぁ。
「レグルスくん、子馬にお名前付けちゃおうか?」
「れーがつけていいの!?」
「おれも考えて良い?」
「勿論!」
盛り上がる私たちを、ケルピーが「私はどうしたらいいんでしょう?」って目で見てた。
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