第154話 あなたと私と星と花
決まってしまったことは、悲しくても仕方ない。
貴族の子女というのは、そういう時さっと腹が括れる生き物でもある。
でなくて、どうやって顔も知らない、会ったことすらない相手との政略結婚なんか飲み込めるのか。
これはそこまで大きな事じゃないし、ネフェル嬢のご両親の心配もごもっともな事だ。
静まり返った室内に、ネフェル嬢の「解った」という言葉が、よく響く。
そうとなれば私に出来る事なんて少ない。
「それなら蟹も食べてしまいましょう!」
これくらいなもんだ。
寂しくない訳じゃないんだけど、だからって大人を困らせることも出来ない。
そんな訳で、ロマノフ先生にマジックバッグから食材にしてもらった蟹を出してもらうと、それを料理長とフィオレさんに渡す。
意図が解ったのか、料理長はフィオレさんを助手として、それを料理し始めた。
そこからお酒は抜きだけど、宴会が始まる。
ウパトラさんやばあやさんが宿の人に野菜やお肉を頼んでくれて、タコだけじゃなくキノコのアヒージョやら、タコ焼きの生地にタコじゃなくてベーコンと
ワイワイガヤガヤとばあやさんやイムホテップ隊長、護衛のお二人も楽しそうだ。
そして夜も更けた頃。
夜風の気持ちいいヴィラの縁側で、私とネフェル嬢は星を見上げていた。
膝にはおネムで船を漕ぐレグルスくん。
奏くんはモトさんと、たこパ用プレートの改良について、浜で絵を描きながらお話し合いで、宇都宮さんは大人組に混じってフィオレさんや料理長と楽しくご飯中だ。
凄く大きな月が、水面をキラキラと照らす。
静かだ。
「鳳蝶」
「はい」
「私は国に帰るけど、ここでの事はきっと一生忘れない」
「私もです」
夜目にも鮮やかな、ネフェル嬢の瑠璃と水宝玉の瞳が少し潤んでいる。
彼女の前髪には私が作った紅梅のつまみ細工が付いたピン止め。
地図には大人が線を引いてしまっているけど、空に国境はないし、見上げればいつだって同じ月や星をみることが出来る。
そう思いながら夜空を眺めていると、不意にネフェル嬢が立ち上がった。
そして月の近くに一際輝く星を指差す。
「鳳蝶、あの星を鳳蝶に贈ろう」
「へ?」
「私は帰ったら、私のやり方で知識不足と不理解をなんとかしてみせる。その約束と、ここで鳳蝶たちと出会った記念、それから大人になったら必ずまた会う。その誓いの証に、あの星を鳳蝶に贈る!」
流石、どこかの名家のご令嬢。
言うことがとても詩的だ。
てか、何で私になんだろう。
代表してってことかな?
まあ、いいか。
知識不足と不理解をどうにかし隊の隊員が増えるのは、良いことだもんね。
お礼を言うと、ネフェル嬢がまた隣に座る。
すると、私の足元に控えていたタラちゃんとゴザル丸が、ちょんちょんと私の足をつつく。
下を向くと丁度ござる丸の頭と思われる場所から生えてる葉っぱが見えたんだけど、青々と繁ってる葉っぱの間からにゅっと大きな蕾のついた茎が覗いていた。
こんなの付いてたっけ?
じっと見ていると、蕾はふっくら膨らんで、やがてポンッと弾けた。
現れたのは月下美人のような形の、虹色に光る花。
なんぞ、これ?
綺麗なんだけど、突然現れた花に、私もネフェル嬢も唖然として固まる。
そんな私とネフェル嬢に、タラちゃんが尻尾で土に文字を書いてくれたことには、この虹色に輝く花はマンドラゴラの花だそうな。
頭に花を咲かせたござる丸が、得意気に胸を張りつつ、私の足をちょんちょんつついて、花を差し出すように頭を傾けた。
「えぇっと?」
「ゴザルゥ!」
「ああ、摘めってことかな?」
「ゴザル!」
ちょんちょんと手のような枝……根っこ……ちょっと解んないから手でいいや。
手で頭の花を指して、それからネフェル嬢へとその手を向ける。
これはつまり。
「解ったよ。ござる丸、ありがとう」
「……?」
ぷちりと花を摘むと、ござる丸が手で、人間なら胸に当たる部分に触れるようなお辞儀をする。
うちのモンスターたちは皆ロッテンマイヤーさんの薫陶を受けてるのか、微妙に礼儀正しい。
兎も角、ござる丸の花を「どうぞ」とネフェル嬢に差し出すと、彼女は美しい瞳を見開いた。
「いいのか?」
「はい、私からも約束の証に。知識不足と不理解を、出来る範囲でなんとかしていきましょう」
「ああ、必ず!」
大人になって会えるかは、正直解らない。
解らないから、再会の約束は出来ない。
だから約束するのは、知識不足と不理解を乗り越えていくこと。
花を受け取ったネフェル嬢は、けれどちょっと困ったように小首を傾げた。
「どうしました?」
「いや、どうやって枯らさずに持って帰ろうかと……」
「ああ、そうですね」
どうしようかな?
二人で花を見ていると、今度はタラちゃんが私の足をつつく。
どうしたのか声を掛けると、尻尾をまた動かして地面に字を書く。
目を落とせば「わたしのいとでつつんだらいいとおもうです」と。
「糸で包む?」
「ああ、タラちゃんの糸には魔力が籠るし、私が魔力を渡せば強度のある篭を作れるってことかな?」
「そうです」と言わんばかりに、タラちゃんの尻尾が揺れた。
なら早速。
タラちゃんの頭に手を置くと、私は花を包むスノードームのような入れ物をイメージする。
魔力がタラちゃんに流れ込むのと同時に、イメージも伝わったようで、即座にタラちゃんが糸を生成して、くるくるとネフェル嬢の持った花に被せられるよう、丸いカバーのような篭を編む。
そうして出来た丸い花籠に、改めて私が魔力を通すと、糸が透明なガラスのように変化した。
そうしてネフェル嬢から花を受けとると、すっぽりと花籠を被せて、下から入り口を塞ぐように魔力を通して、ようやく完成。
するとござる丸がタラちゃんにゴニョゴニョと、なにかを言った。
それを受けてタラちゃんがまた字を書く。
「んー……マンドラゴラの花は、魔力を与えると根を張ります。花籠に魔力を沢山込めると、花籠に根を張って、そこから同胞が増えます……ですって」
「そうか! 私は魔力は多い方なんだ。枯らさないようにゴザルの仲間を増やしてみせるぞ!」
「そうなんですか、よろしくお願いしますね」
「ああ、任せて欲しい」
ぎゅっと大事そうにネフェル嬢は、花籠を抱き締める。
波の音は静かで、月の光に虹色の花が照り栄えていた。
翌日の昼、ネフェル嬢が帰るというのでお見送りに。
と言っても彼女のヴィラに行くんだけど、奏くんが作った「たこパ用プレート」とたこパとソースとマヨネーズのレシピを書いたメモを持参した。
それを渡すと、本格的にネフェル嬢の目が決壊しちゃって。
「帰っても……たこパを作ってもらう……!」
「はい。私たちも家に帰ったらたまに作って貰います」
「おれのプレート、あの後モッちゃんじいちゃんに協力してもらって、強化したんだ」
「れーもてつだったよ!」
「ありがとう! 宇都宮も、買った服をもらってしまって……」
「いいえ、お嬢様の一時の思い出になれば宇都宮も嬉しいです」
一人一人握手して、ネフェル嬢はヴィラの中庭へ。
そこにはばあやさんやイムホテップ隊長、護衛のお二人が既に待っていた。
「皆様、我が主が大変お世話になりました。ありがとうございました」
そう言って頭を下げるばあやさんやイムホテップ隊長たちに、一緒に来たロマノフ先生が「こちらこそ」と返礼する。
と、ヴィラの縁側から見えていた空が曇った。
雨が降るのかと思ったら、まるで前世の怪獣映画とやらに出てくるモンスターの吠える声のような音がして。
バサリと羽音もすると、大きな爬虫類のような肌質の物が降りてきた。
ドラゴン。
「それじゃ、さよならは言わない。また会おう!」
笑顔を残して、ネフェル嬢はドラゴンの背に乗る。
飛んでいくドラゴンの姿が見えなくなるまで、私も皆も、その飛び行く先をじっと眺めていた。
そして大きな別れの後に、また小さな別れが一つ。
「悪いな、坊達を連れてきたのは俺らなのに」
「仕方ありませんよ。小さなお嬢さんが怖がってるんだもの」
「おれたちは先生がばびゅんって連れて帰ってくれるけど、そっちはそうじゃないんだろ?」
「れー、だいじょうぶだよ。ジャヤンタたちは、おんなのこをまもってあげて?」
やっぱり怯える小さな女の子を放ってはおけない。
バーバリアンの三人が出した結論に、私たちも頷く。
二週間の帝都までの旅路を、彼らは雇い主と共にするという。
それから菊乃井まで、馬車なら十日余り、徒歩ならそれ以上の期限付のお別れだ。
「服を作って貰うんだから、その後は菊乃井に絶対に戻るわ」
「道中で材料を調達するかもしれないから、少し遅れるかもしれないけれど、必ず戻るよ」
「はい、お待ちしてます」
ジャヤンタさんとウパトラさん、カマラさんと、固く握手すると、ニカッと三人とも笑顔だ。
夏休みが、終わる。
初めての海は、出会いと別れが波のように訪れる場所だった。
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