第153話 これでいいのだ、それでいいのだ
出来立てのタコ焼きに出来立てのソースとマヨネーズをかけたのが、レグルスくんだけじゃなく、皆に行き渡る頃。
ヴィラの外からドタドタと誰かの走ってくる音が聞こえたかと思うと、勢いよく玄関扉が開いた。
「ああっ! やっぱりなんか食ってる!」
ズザッとスライディングの要領で、リビングまでジャヤンタさんが飛び込んで来ると、その後ろからは肩で息をしながらカマラさんとウパトラさんが入って来る。
「ちょっ……じゃやっ……」
「まっ、まてっていって……っ!」
こりゃ大変だ。
コップにお水を二杯汲むと、慌てて宇都宮さんと二人でカマラさんとウパトラさんの傍に行く。
その間にもジャヤンタさんは這い寄ったレグルスくんに、しょっぱい顔をされつつタコ焼きを食べさせてもらっていた。
「うまっ! これ、うまっ!」
「もー、ジャヤンタ、おぎょうぎわるいー! ちゃんとすわって!」
「おう、悪い悪い」
そう言うと、ジャヤンタさんはちゃんと床に胡座をかいて座り、それを確認した奏くんが焼きたてのタコ焼きの皿とお箸を渡す。
水を渡したカマラさんとウパトラさんも一息ついた様子で、目線だけでジャヤンタさんが食べている物が何か、私に問うた。
「あれはタコを出汁と卵で溶いた生地でくるんで焼いた物なんですけど……」
「タコ……クラーケンを入れたの?」
「はい。美味しいですよ?」
「私達にもいただけるかな?」
「どうぞどうぞ」
私が頷くより早く、宇都宮さんがタコ焼きを貰ってきてくれて、それを二人に渡す。
皿を渡された二人は、辺りを見回すとレグルスくんや奏くんの食べ方を見習って、箸でタコ焼きを割って、ソースとマヨネーズを付けて口へと運んだ。
するとウパトラさんはパアッと顔を輝かせ、カマラさんは少し驚いたような表情になる。
「なにこれ!? 甘いのにスパイスが効いてる!」
「ああ、そうだな……」
美味しいとは言ってくれたけど、カマラさんがちょっと首を捻ってる。
どうしたのか訊ねると、マヨネーズとソースが少し苦手だと思ったそうだ。
「それならお醤油もポン酢もありますよ? ポン酢はおネギと一緒のが美味しいかも」
「そうだな……。じゃあ、醤油もポン酢も試してみようか」
私の提案に頷いたカマラさんを見て、すかさず料理長が醤油とポン酢を用意してくれる。
それをジャヤンタさんがたらりと涎を垂らして見ていたので、レグルスくんがジャヤンタさんからお皿を取り上げて、空いたそのお口にタコ焼きをまた突っ込んだ。
「むぐ……、いやぁ、良いとこに帰ってきたな!」
「本当にね。でも突然全速力で走り出さないでよ」
「まったくだ」
「どうしたんですか?」
「うん、あのな……」
ジャヤンタさんの言うことには、本日の護衛業務の終了後、帰ろうとしたところを雇い主さんに呼び止められたそうだ。
用件はコーサラだけの護衛契約を変更して、帝都への帰路も護衛を勤めて欲しいとのこと。
雇い主のご家族の一番小さな娘さんが、今回のモンスター襲撃で怯えきってしまって、その時守ってくれたバーバリアンにどうしても一緒に帰ってもらいたいそうだ。
「連れがいるからって断ったんだけど、そこんちのお嬢も坊達と同じくらいでさ」
「そうなると無碍にも出来なくて……」
「ここは持ち帰って相談させて欲しいと、一旦戻ろうとしたんだよ。そしたらヴィラの近くで急にジャヤンタが『ヴィラから旨いもん食ってる匂いがする!』って走り出してしまってな」
ジャヤンタさんの全力疾走には、カマラさんもウパトラさんも敵わないらしくて、魔術で身体強化して走って来たそうだ。
「短距離なら絶対に負けないのに」ってカマラさんが歯噛みする辺り、何処から走って来たんだろう。
思わず生暖かい笑みを浮かべた私を他所に、ジャヤンタさんはレグルスくんからもう一度皿を受け取って、自分でモリモリタコ焼きを食べ始めた。
お陰でどんどんタコ焼きがなくなっていくのを、必死で料理長とフィオレさんが焼き足す。
そのせいか、最初はぐちゃっと丸くなっていなかったタコ焼きが、どんどんと丸くなっていって。
「それにしても面白い料理ね?」
「名前は?」
あー……「タコ焼き」でいいかな?
それとも新しい名前を付けるべきか考えていると、いつの間にか傍に来ていたネフェル嬢が「えへん!」って感じで胸を張った。
「これは『たこパ』と言うんだ!」
「……たこパ?」
うぅん、なんだそれ?
ついつい怪訝な顔をしてネフェル嬢を見ると、彼女も不思議そうな顔で私を見る。
それから小鳥のように小さく首を傾げて、宇都宮さんを指差した。
「宇都宮が『たこパだー!』って喜んでたけれど、違うのか?」
「えぇっと……」
いや、たこパって「俺」の記憶だと「タコ焼きパーティー」の略なんだけど。
そういえば宇都宮さんは「そこで諦めたら試合終了ですよ」なんて言葉も言ってたし、ちょっと怪しいところがあるんだよなぁ。
彼女も転生者なんだろうか?
ついついじっと彼女を見ていると、慌てたように手を振る。
「や、宇都宮、『タコでパーッとだ~!』と思って、そう言おうとしたんですけど、カミカミしちゃいまして……やだー! 恥ずかしい!」
「あ、あぁ、そう、なんだ……」
むーん、怪しい。
怪しいけど、今追及するのも違う気がするから、とりあえず保留。
だけどその言葉を料理名だと思って「どやぁ!」と胸を張ったネフェル嬢は、ちょっとしゅんっとしちゃってる。
ここは宇都宮さんの言葉に乗っておこうか。
「じゃあ、『たこパ』にしましょう。今付けました、これは『たこパ』です」
「そうか。『たこでパーッとする料理』で『たこパ』だな!」
それこそ顔をぱぁっとキラキラさせて、ネフェル嬢が頷いた。
これで良いのだ。
何処かのパパさんが、記憶の中でそう言ってる。
腕を組んで頷いていると、奏くんがとことことやって来た。
「料理長のおっちゃんが『生地がもうすぐ無くなります』って、若さまに伝えてくれって」
「おぉう、それじゃあ生地を追加で作って貰おうかな」
でもジャヤンタさんの食いっぷりを見てると、追い付かなさげ。
これはまずいかもと思ってキッチンに顔を出すと、三つあったタコ焼きプレートのうちの一つがすっかり空になっていた。
うーん、間繋ぎにあれをしようか。
私は手が空いたフィオレさんに声をかける。
「フィオレさん、ニンニクあります?」
「はい! スパイスの一部として持ってきたッス!」
「じゃあ、それをみじん切りにしてくださいな」
「ウッス!」
「それが出来たら、油と塩コショウと混ぜて、プレートに流し入れてください」
「解ったッス!」
みじん切りにしたニンニクとオイルと塩コショウを混ぜたものを、タコ焼きプレートの窪みの半分くらいまでいれると、それを火にかけてもらう。
熱せられた油とニンニクの香ばしい匂いが出てきた頃、オイルを入れた窪みにタコ焼き用に切ったタコを一つずつ落として。
「オイル煮ッスか?」
「そうだよ」
「おお、これ使うとちょっとずつ出来て便利ッスね……」
これを生地が出来るまでの繋ぎで食べておいてもらおう。
するとヌッとキッチンに影が指す。
なんだろうと思うと、モトさんが立っていた。
「酒が進む匂いがするばい」
「ああ、ニンニクの匂いですかね?」
「旨そうな匂いやなかね。
「本当に助かってます。ありがとうございます」
「よかよか、礼には及ばん。若様が面白いことをしんしゃあってのは、本当だったけんね」
ガハガハと笑うモトさんに、ぎゅっと奏くんがしがみつく。
「おれがさいしょに作ったんだぜ!」
「おうおう、奏。ようやったばい!偉か!」
大きな手が、奏くんの頭を撫でる。
源三さんといい、モトさんといい、奏くんがおじいちゃん子になるのも解るなぁ。
ほやーっと、その心暖まる光景を見ていると、ドタドタとキッチンに近付く足音がした。
モトさんが奏くんを引っ付けたまま振り替えると、足音の主のジャヤンタさんが、レグルスくんを小脇に抱えて、お代わりしに来たのかお皿を持って立っている。
しかし、その顔は鳩が豆鉄砲食らったみたいな、なんか凄くびっくりした表情だ。
「えっ!? アンタ、なんでここにいんの!?」
「なんでいるかって、そげなん……奏とその友達の若様兄弟が面白いことばするってやけん、参加しに来たとよ。ついでに言ったら奏の爺ちゃんの源ちゃんは俺の幼馴染みたい」
「は!? マジ!?」
パクパクと口を動かすジャヤンタさんの腕から、レグルスくんが抜け出す。
そしてモトさんを指してるジャヤンタさんの手を引っ張って下ろさせた。
「ジャヤンタ、ひとをゆびさしたらめー!」
「お、おお、そうだな」
レグルスくん賢い上にお行儀良いとか、本当に天才!
じゃ、なくて。
今のやり取りを見るに、モトさんとジャヤンタさんは知り合いな様子。
「ジャヤンタ兄ちゃんとモッちゃんじいちゃんは、しりあいなのか?」
「ん?ああ、こん悪ガキが駆け出しの頃からの付き合いたい。俺は武器も作るけんね」
奏くんが訊ねるとモトさんが頷く。
まあ、世の中広い様で狭い。
唖然としているジャヤンタさんに、料理長が出来上がったタコのオイル煮……アヒージョを皿に入れて渡すと、奏くんを下ろしたモトさんが、ジャヤンタさんの肩を抱いてカマラさんやウパトラさんのところへ。
ジャヤンタさんと知り合いということは、カマラさんやウパトラさんともそうなんだろう。
そこにロマノフ先生も加わった。
仲良くお酒でも飲むのかしら。
気が付くと大人は大人同士、子供は子供同士で固まって、大人はアヒージョを子供はタコ焼き改めてたこパを、和気あいあいと楽しんでいた。
そこに玄関を控えめだけど、たしかに叩く音がする。
宇都宮さんが誰何すると、どうやらネフェル嬢のばあやさんとイムホテップ隊長に護衛のお二人さんの様。
扉を開けると、宴会状態の室内に一瞬驚いた様子を見せた隊長だったけど、瞬時に真面目な顔つきに戻った。
「ネフェル様」
「どうした、イムホテップ?」
「それが……」
言い淀むイムホテップ隊長の肩にそっと触れ、ばあやさんがネフェル嬢の手をそっと優しく握る。
「急なことですが、お父上様とお母上様が大層ご心配なさっておいでで……。やはり明日の昼にはこちらを立つように、と」
けして大きくはないのに、無視できない声が部屋に響いた。
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