第155話 終わるもの、始まること

 行きはよいよい、帰りもよいよい。

 ばびゅんっと行って、ばびゅんっと帰ってきました、我らが菊乃井。

 ネフェル嬢が帰ってしまった日、あの後私たちは市場でお土産を沢山買い込んで、その翌日のお昼過ぎ、コーサラを雇い主御一行様と一緒に出立するバーバリアンを見送って、ロマノフ先生の転移魔術で屋敷の玄関へと戻って来たのだった。

 その日一日は旅の余韻やら色々で、ぼへぇっとして私もレグルスくんも奏くんも、それだけじゃなく宇都宮さんもタラちゃんもござる丸も、まるで使い物にならなかったんだよねー。

 ロマノフ先生も旅疲れか、ちょっとぼんやりしてたぐらいだし。

 ロッテンマイヤーさんやヴィクトルさん、ラーラさんにも、色々話したいこととかあったんだけど、心の整理が追い付かなかった。

 だから一日待ってもらって、次の日、漸くお茶を飲みながら話をすることが出来たんだけど。

 ラーラさんとヴィクトルさんが静かに紅茶のカップをテーブルに置いた。


「あーたん、ロスマリウス様にもお会いしたの……」

「はい」

「そうか。うん、まあ、そうなる気はしてたけどね……」

「お優しい方でしたよ」


 ほくほくしながらお土産の話をすると、二人して天を仰いでから、ロマノフ先生を見る。


「言いたいことはだいたい解りますけど、不可抗力ですからね」

「まだ何にも言ってないよ、アリョーシャ」

「どうりであのマジックバック、目が痛くなる筈だよ。アリスたんに見せてもらったけど……あれはもう、なんか、凄いとしか言えないな」


 ヴィクトルさんは、宇都宮さんがお土産や向こうから持って帰ってきた物を整理しているところに出くわして、一足先にロスマリウス様のマジックバックを目にしたそうだ。

 だけど、あまりにも多重に掛けられた魔術とその複雑さ、それから情報量の多さに目が痛くなったらしい。

 それで宇都宮さんの肩を借りてリビングまで来て休んでいたところに、私がロマノフ先生とラーラさんとお茶しに来たそうだ。

 私達の方はヴィクトルさんがお部屋にいなかったから、先にリビングに来たんだけど、そこで合流した感じ。

 二人は私がコーサラであった事を話し終わるまで、時々ロマノフ先生の方に視線を投げたりしてたけど、じっくり聞いてくれていた。

 「それにしても」と、ラーラさんが肩を竦める。


「ロスマリウス様にお墨付きを貰ってくるとはね」

「うん。『骨は拾ってやるからやってみろ』って、最大級の賛辞だと思うよ。結果をきちんと見ててくれる、つまり見守ってくれるってことだもん」

「ああ、そうか……。そうですね」


 相談にも乗ってくれると仰ってたし、これはかなり心強い。

 それに外国に、それも結構大きなお家にも同志が出来たわけだし。

 そう思うと凄く有意義な夏休みだったよね。

 バーバリアンの三人が菊乃井に戻ってきたら、頑張って良い服を作ろう。

 そう決めて、私も宇都宮さんが淹れてくれた紅茶を口に含むと、リビングの扉をノックするのが聞こえる。

 入室の許可を求める声に「どうぞ」と一声かければ、ロッテンマイヤーさんが背筋の伸びた美しい礼をして、部屋に入ってきた。


「若様、冒険者ギルドのギルドマスターより使いが参りました」

「あれ、なんだろう?」

「街興しの新たなメニューについて……とだけ言えばお分かりいただけると」

「ああ、はいはい。解りました」


 多分フィオレさんがローランさんに、たこパの話をしたんだろう。

 フィオレさんと料理長は、あのパーティーの後、夜更けにモトさんが作ったプレートを二枚持って、ロマノフ先生に菊乃井へと送ってもらっていた。

 料理長は次の日には私が用意したレシピでウスターソースの再現と、たこ焼き……もとい、たこパ用ソースとマヨネーズの再現に挑んで成功させたそうな。

 フィオレさんもきっとその再現に挑んでいるのだろう。

 新しい菊乃井の名物になるものなら、私も協力しなくちゃ。

 ロッテンマイヤーさんに出掛ける用意をお願いすると、「あ」とヴィクトルさんが呟いて、それからゴホンと咳払いした。


「あーたん、ちょっとお話があるんだけど」

「はい?」

「あーたん、料理長のお鍋に魔術かけたでしょ?」

「魔術……?」


 言われて思い出したのは、ソースを作るために魔術でお鍋を圧力鍋状態にしたことだ。

 思い当たったので頷く。

 するとヴィクトルさんが、苦く笑った。


「またこの子は新しい魔術作っちゃって……。解析するのに、凄く時間かかったんだから!」

「へ?」

「『へ?』じゃないよ。なんなの【圧力鍋オトキュイズール】って。鍋にしか使えない魔術作ってどうするのさ」

「えー……美味しいものが作れます?」

「そのためにあんな複雑な術式組んだの? ロスマリウス様のマジックバッグと同じくらい複雑なんだけど」

「いや、そんなつもりはなかったんですけど……。捏ね繰り回してたら、なんか出来た的な」


 だって圧力鍋の仕組みなんてうろ覚えだったんだもん。

 だから、色々考えて魔術を使ったんだけど、そのせいで結構複雑な術式になったらしい。

 料理長が帰ってきてソースを作ろうとしたら、鍋に違和感を感じたそうで、たまたまご飯時にヴィクトルさんやラーラさんにお話して、ヴィクトルさんが何となく鍋を見に行ったら、私の魔術が掛かってたそうだ。


「異世界の便利なお鍋の仕組みを聞いたんですけど、よく解んなくて」

「なるほど。一応解析した時に無駄な術式は省いて最適化したのを構築したから、後でまた教えるね」

「はい!」


 圧力鍋あると煮物するとき助かるんだよね。

 これも夏休みの成果だ。

 ほくほくしていると、またノックが聞こえる。

 椅子から立ち上がって扉の方を見ると、私のウェストポーチを持ったロッテンマイヤーさんと、首からひよこちゃんポーチを下げたレグルスくんがいた。


「にぃに、れーもいっしょにいく!」

「うん、良いよ」

「さて、じゃあ、私達も御一緒しましようか」


 ロマノフ先生が立ち上がり、ラーラさんやヴィクトルさんも立ち上がる。

 一週間も留守にしなかったのに、ラーラさんやヴィクトルさんとお出掛けするのも久々な感じだ。

 ヴィクトルさんの転移魔術でぽーんっと街に飛ぶと、早速冒険者ギルドへと向かう。

 街は一年前よりはずっと賑わっていて、得にフィオレさんの宿屋やラ・ピュセルがコンサートをしているカフェ辺りが振るっているようだ。

 ギルドの扉も以前は古かったけど、ちょっと新しい木材に変わっている。

 扉だけでも換えられる程度には利益が出ているようでなにより。


「こんにちはー」

「こんにちは!」


 声をかけて扉を開けると、中はがらんとしていて、受付のお姉さんのウサミミがぴょこんとし、ローランさんが苦い顔でギルドの中央に佇んでいて。

 玄関から差す外の光で、ローランさんが私達に気がついたのか、こちらに近づいてきた。


「ああ、若様……!」

「どうしたんですか?」

「盗賊が天領と菊乃井の間に出たらしくってな。今動ける冒険者が全員で追っ掛けてる」


 ローランさんの言葉に、ロマノフ先生もラーラさんも表情を固くする。

 菊乃井の安全は兵士たちが守ってるんだけど、その権限は菊乃井の領内にしか及ばない。

 ローランさんの話によると、盗賊たちは小賢しくて天領の側近くで暴れているらしく、菊乃井の兵士に出来るのは襲われた人達の救出だけで、盗賊が出た第一報が来るのと同時に、代官のルイさんが冒険者ギルドに捕縛依頼を出したそうだ。

 冒険者はどこの領にも属さない代わりに、どこの領でも依頼さえあれば犯罪者の捕縛が出来る。

 なので賞金稼ぎができるんだけど。

 なんだか修羅場に来ちゃったな。


「じゃあ、新メニューの件は後日にした方が良いですかね」

「ああ、いや、それはフィオレが聞きたがってるから、フィオレのところに行ってやってくれや。今日中に片付きゃ俺も行くからよ」

「解りました」


 「では」と挨拶して踵を返そうとすると、レグルスくんがツンツンと私の裾を引く。


「どうしたの?」

「とうぞくってわるいひと?」

「うん、そうだよ」

「わるいひと、つかまえにいかないの?」


 じっと見つめてくる青い瞳。

 私達は子供だから……って言うのは簡単だけど、私達は単なる子供じゃない。

 どう言おうかと思っていると、ポンッと両肩を叩かれた。

 ラーラさんとロマノフ先生が、真剣な目で私やレグルスくんを見る。


「君たちはまだ守られて良い歳です。ここは大人に任せておいてください」

「ひよこちゃんが強いのは知ってるけど、危ないことをして怪我をしたら、まんまるちゃんもボク達も悲しい。行ってくるから、帰ってくるのを待っててくれるかい?」

「あい!」


 良い子な返事をするレグルスくんにほっとすると、二人は冒険者ギルドから馬を借りて現場に向かう。

 それを見送ると、ヴィクトルさんに頭を撫でられた。


「子供ってだけで守られてて当たり前なんだ。だから君達がどんなに強くても、僕達は避けられるなら戦闘なんてさせないよ。そんなのは大人に任せなさい」

「……はい、ありがとうございます」


 ヴィクトルさんが手を私に差し出す。それを握ると、反対の手でレグルスくんの手を握る。

 ロマノフ先生のとはまた違った、けれど大人の大きな手。

 私もレグルスくんも、守ってくれる人たちがいるのだ。

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