第138話 波打ち際の攻防戦
「奏くんもレグルスくんも、子どもとしては『ちょっと鍛えてるかな?』くらいの筋肉の付き方ですよ。二人とも武道の修行もしてますしね」
「それなら私だって……」
「二人には戦うことを重視して教えてますが、鳳蝶君は戦うより逃げることを重視してますからね。用途の違いです」
「なんでそんなに筋肉ついてるの!?」と、叫んだ私に対して、ロマノフ先生は的確な解説をくれた訳ですが、それで私が納得するかと言えば、したくないのが人情だと思うんだよね!
そんな私ににこやかに奏くんが言う。
「若さまがぶき持ってたたかうようじゃ、それは負けだってお姫さまが言ってたんだろ? おれたちが鍛えてるのは、若さまにぶきを持たせないようにするためだし、若さまはぶき持たなくても強いから良いんだよ」
「その話、誰から聞いたの?」
「ひよさま」
なんとレグルスくんは、あの難しい姫君のお話を解ってたんだ。凄い。
うちのひよこちゃんはやっぱり天才なんだよ!
ちょっと気分が良くなったというか、奏くんは拗らせてる私の操縦が上手い気がする。お兄ちゃん力が高いよね。
そんな訳で、改めて体操してから浮き輪を着けて、波打ち際へ。
ざざーんっと打ち返す波に足を浸すとひやっとして気持ち良い。
「にぃに! ちべたい!」
「うわぁ、これが海かー! すげー! 冷てぇー!」
高い歓声にちょっと好奇心を刺激されて、手を波に突っ込んで濡らすと、少しだけ嘗めてみる。
「しょっぱい!」
「まじ!?」
「にぃに、うみはしょっぱいの!?」
「凄く塩辛い!」
海なんだから塩辛いのなんて当たり前の筈なのに、凄くドキドキして心が弾む。
そうだよね、「俺」は海が塩辛いなんて知ってるけど、私は実際そうなのか知らないんだもん。
それが触れるし感じられるとか、凄いんだ。
ジャバジャバと波を分けてお腹の辺りまでつかる。もっと先に行けるかなと思っていると、後ろから浮き輪をがっちり掴まれた。
「気持ちは解りますが、余り沖に行ってはいけませんよ」
「う、はい……」
ってな訳で、ロマノフ先生に連れ戻されて波打ち際でちゃぷちゃぷすることに。
それでも充分楽しくて、足で水を跳ね上げると、飛沫がかかったのかレグルスくんと奏くんがきゃあきゃあ笑いながら、私に手で掬った海水をかけてくる。
だけじゃなく、側にいたタラちゃんやござる丸、宇都宮さんやロマノフ先生も巻き込んで、水掛け合戦になって。
「やったな、若さま!」
「レグルスくんも掛けたじゃん!」
「うちゅのみやがれーにおみじゅかけたからだもん!」
「やだー、ロマノフ様のお水を避けたらレグルス様に掛かっちゃったんですよぅ!」
「宇都宮さんは仕留め損ないましたが、ござるくんとタラちゃんは仕留めましたよ!」
「ゴザルゥゥゥ!?」
「*&#%£¢$¥℃!!」
きゃいきゃいわいわい遊んでると、何やってても面白くて!
お宿のひとがサービスでパラソルとお茶を持って来てくれて、休憩する頃には、もう皆びっちょびちょ。
「暑いですから、水分補給はちゃんとしなくちゃ、ですね!」と、キンキンに冷えたお茶に凍ったフルーツを浮かべたものを、宇都宮さんがグラスに注いでくれる。
それを一口飲むと、ざっと爽やかな風が吹く。
と、隣のビーチとこちらを隔てる岩場から、なにやらゴニョゴニョと人の話し声が。
ロマノフ先生や奏くん、レグルスくんと顔を見合わせて、耳をそばだてていると「きゃーっ!?」と悲鳴が響き渡り、ロマノフ先生が眉を寄せた。
「隣にモンスターが出たようですね」
「え!? じゃあ、ここも危ないんじゃ……」
「向こうにジャヤンタ兄ちゃんたちいるぞ?」
にわかに騒がしくなったお隣の気配にこちらも緊張していると、更に岩を一枚隔てた向こう側が慌ただしく殺伐としていく。
なんだか「クラブ」がどうとかこうとか聞こえてくるからロマノフ先生を見ると、先生は首を横に振った。
「どうやら人食い蟹が群で現れたようですね」
「人食い蟹、ですか?」
「はい。この辺ではギガントクラブと呼ぶ筈ですよ。それにしても群で、ですか……」
凄く深刻そうな顔で考えるロマノフ先生を他所に、隣のビーチでは更に何かあったようで大きな怒声と悲鳴が続けざまに上がる。
これは何か緊急事態なのかも。
それは私だけじゃなく皆そう思ったようで、ロマノフ先生が頷いた。
「鳳蝶君たちはヴィラに避難していてください。あそこは昨日結界を敷きましたから、人食い蟹の大群くらいなら三日は凌げます」
「いつの間に!? いや、三日の籠城とかどんだけ!?」
「まあ、そんなに時間はかかりませんが念のために見に行って来ます」
そう言うと、ロマノフ先生は私たちがヴィラに引っ込むのを見届けて、隣の浜へと向かって行った。
モンスターの襲撃なら仕方ないし、お隣さんとジャヤンタさんたちが無事だと良いけど。
ぼんやりとヴィラの縁側から、お茶を飲みながら白い砂浜を眺める。
どうもお隣の修羅場を思うと騒ぐ気にもなれず、私もレグルスくんも奏くんも、タラちゃんもござる丸も静かだ。
宇都宮さんもメイドから護衛に変わって、モップ片手に海を警戒している。
と、ざわりと皮膚が粟立つ。
それはレグルスくんも奏くんも、タラちゃんたちも感じたようで。
「若様、何か来ます!」
「宇都宮さん、危ないと思ったらヴィラに下がって。タラちゃんとござる丸は警戒配備!」
「はい!」
「ゴザルゥゥゥ!」
私の声に、ござる丸とタラちゃんが瞬時に宇都宮さんの前に出る。
あの二匹にとっては、私の大事なものは皆守るべきものとして認識されているようで、宇都宮さんもその中に入っているのだ。
だからって命を棄てて守るのじゃなくて、皆で逃げて帰ってくるようにって話なんだけど。
しかし。
「ねぇ、奏くんにレグルスくん。何で弓と木刀構えてるのかな?」
「ん? そりゃあ、念のため」
「れーも、そう」
「危ないことしちゃ駄目だからね!?」
奏くんはいつもの弓を、お正月に先生たちから貰ったポーチに入れてたらしく、レグルスくんも同じくひよこちゃんポーチに木刀を突っ込んでたようで、二人とも海に向かって凛々しくファイティングポーズだし。
兎も角、来るらしい何かに備えて海を見ていると、段々と波に紛れて、岩のようなものが近づいてくるのが解る。
ズンズンと大きくなっていくそれは、浜に上がる頃にはハッキリと蟹の形が見て取れた。
形状的にはシオマネキのように片側のハサミが大きく、タカアシガニのようなに足がやたらと長い蟹で、だけど大きさは牛くらいとか、痺れもしないし憧れもしない。ひたすら気持ちが悪いとしか。
「俺」もタカアシガニの形状はちょっと好きじゃなかったんだけど、今世の私もああいうの駄目だ。
それが群で襲ってくるなんて、お隣は地獄か。
うげっとなりながら蟹を見ていると、むっと奏くんが睨むように目を細めて、蟹の片側だけ大きなハサミを指差した。
「若さま、ひとがはさまれてる!」
「え!?」
その言葉にレグルスくんもハサミを見て「おんなのこ!」と叫んだ。
「助けないと!」
とは思ったんだけど、肌に感じるゾワゾワが膨れ上がった瞬間、水面から巨大なタコ──小さな家一軒くらいの──が現れて、その八本ある筈の脚の一本を、女の子を抱えた蟹へと伸ばす。
「止めろっ!」
叫んだ瞬間ぶわりと気持ちが昂ったかと思うと、タラちゃんの糸がタコに絡み、蟹に伸びたその腕が剣圧で切り飛ばされ、女の子を抱えた蟹のハサミが矢で射られて千切れ、ござる丸が海草で作ったカーテンの向こうでポーンと投げ出された女の子を宇都宮さんがキャッチ、その間に二体のモンスターに巨大な氷柱がぶっ刺さっていた。
「……奏くん、レグルスくん、危ないことしちゃ駄目じゃん」
「え? 若さまに言われたくないぞ」
「にぃに、タコさんとカニさんにこおりささってるよぉ?」
なんでだろうね、お兄ちゃん知らないよ。
レグルスくんと奏くんの視線に目を逸らしていると、女の子を抱えた宇都宮さんが「三人とも危ないことしちゃ駄目です! めー!」と叫んでたけど、聞こえない聞こえない。
と、パチパチと何処からともなく拍手があって。
浜を見ると白いお髭のお爺さんが、こちらに向かって拍手していた。
誰だろう?
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