第137話 憧れの渚
燦々と降り注ぐ痛みすら感じそうな強くて暑い陽射しに、焼けて足を下ろせばあちちな白い砂浜。
キラキラと夏の陽を弾いて輝く、青く広大な海原と。
寄せては返す波に咲く飛沫の花に、涼しげな磯の香りがする。
これこそまさしく、海。
ヴィラから見えるその光景に、私もレグルスくんも奏くんも一瞬声を失う。
それからすぐに沸き起こる衝動のままに「きれい!」と、これまた三人で叫んでしまった。
これぞオーシャンビューってやつ。
指名依頼を受けている間のバーバリアンの常宿は、コーサラのヴィラ型宿屋でも老舗中の老舗で、代々一族で経営しているそうな。
当代の女将さんとは駆け出しの頃からの付き合いで、ジャヤンタさんたちが斯く斯く然々ってお話してくれたら「それなら小さな子どもも楽しめるヴィラを用意しておきますから、心置きなくどうぞ」と、このオーシャンビューのヴィラを用意してくれたそうだ。
因みに女将さんも獣人で、熊耳と尻尾が生えてて、カマラさんとウパトラさんがお土産に菊乃井のお野菜と蜂蜜を渡してた。
それはおいといて。
ヴィラのリビングから見える白砂の浜辺を、ジャヤンタさんが指差す。
真正面には海、東側にはゴツゴツと隣のヴィラと隔てる壁のような岩があった。
「依頼は明日から開始だから、その間はこの真正面の浜だったら遊んでても大丈夫だ。ただし、東に衝立みたいな岩があるだろ? あそこから先は依頼主が使ってるビーチだからいかないでくれよな」
「「「はーい!」」」
それぞれ当てられた部屋に荷物を起きに行って、それからは自由時間だ。
私はレグルスくんと奏くんと同じ部屋。
扉を開けて三人で部屋に入ると大きなベッド、三人で寝ても余裕なくらいの大きさのがあった。
それに、きらりんっと奏くんとレグルスくんの目が光る。
「なあ、若さま。あれ、やっていい?」
「れーもやりたい!」
「うん、良いよ。私もやるし」
三人で顔を見合わせて頷くと、手を繋いでベッドに走る。そしてジャンプしてベッドに飛び込むと、ぽーんっとスプリングが弾んで、身体が跳ねた。
「うぉ! すげぇ!」
「跳ねるねぇ!」
「ぽよんぽよん!」
キャッキャッしてると、こほんと後ろから着いてきていた宇都宮さんが、軽く咳払いした。
「若様、先にタラちゃんやござるちゃんを出してあげませんと、さっきからウゴウゴしてますよ?」
「お、そうだった!」
タラちゃんとござる丸は、移動の間は大人しくペットを運ぶ用の籠の中にいて、それを宇都宮さんが小さな台車に乗せて運んでくれていた。
籠の蓋を急いで開けると、やれやれと言った雰囲気で、二匹が出てくる。
そして部屋を見回すと、タラちゃんはさっさとベッドに付いてる天蓋に登ってお休みの体勢だし、ござる丸は部屋の隅に置いてあった観葉植物のプランターに腰を下ろした。
とりあえず、それぞれ納得する居場所があったみたい。
自分の荷物をそれぞれ片付けて、マルシェで買ったシャツとパンツに皆して着替えると、私もレグルスくんも奏くんも、明日に備えて水着を出しておく。
すると、レグルスくんが「あれ、わたす?」とこてんと小首を傾げて聞いてきた。
「そうだね、明日は海だし渡しておこうかな」
「おう、じゃあ、おれ、アリス姉呼んでくるわ」
「うん、お願い」
パタパタと扉一枚隔てた隣の部屋に走っていく奏くんを見送って、私は詰めてきた鞄の底から一枚の水着を取り出す。
レグルスくんの言うには、帝都では水遊び的なことはしたことがなくて、水着を見たのは初めてらしい。
だからきっと「うちゅのみやも、みずぎもってないとおもう」と、レグルスくんはモジモジしながら宇都宮さんの水着も作って欲しいとお願いしてきたのだ。
なんて良い子!
その気持ちに応えて水着を作ったのは良いんだけど、流行りがちょっと解んなかったからメイド服をモデルにヒラヒラのスカートみたいなフリルの付いたワンピースにしてみたんだよね。
サイズは……これも解んなかったからタラちゃんに頼んで、魔力を通したらサイズがピッタリになる伸縮自在の布を作って貰って。
丁度、水着を出した頃、パタパタと軽やかに、宇都宮さんを連れた奏くんが部屋に戻ってきた。
宇都宮さんもメイド服から、フワッとしたロングワンピースに着替えている。
「お呼びですか、若様?」
「はい、明日の準備に渡したいものがあって。宇都宮さんって魔術使えましたよね?」
「はい。身体強化系を嗜んでおります!」
ビシッと背筋をただす宇都宮さんの袖を、レグルスくんがツンツンと引っ張ると、私が託した水着を見せた。
「うちゅのみやもみずぎあるから、あしたはいっしょにあそぼーね?」
「へ? わ、私に水着ですか!?」
「うん、レグルスくんが宇都宮さん水着持ってないって言うから。一緒に遊びたいしね」
レグルスくんがグイグイと宇都宮さんに水着を押し付けると、それを受け取って宇都宮さんは胸に抱く。
そして「ありがとうございます」とスカートを持ち上げて礼をすると、しげしげと水着を眺める。
「サイズは魔力を通して調整してくださいね」
「はい、ありがとうございます! 凄く可愛いです! これで渚の視線を宇都宮が独り占めですね!」
「いや、おれらとロマノフ先生しかいないし」
奏くんの突っ込みが冴え渡るけど、まあ、うん、私たち以外がいたら独り占めだと思う。
宇都宮さん、かなり可愛いもん。
そうやってわちゃわちゃしていると、不意に部屋の扉がノックされた。
音のする方に視線をやるとロマノフ先生がいて。
早速着替えたのか、アロハのようなシャツに普段は流している髪を一つに括って暑さ対策してるみたい。
「お夕飯は屋台で食べるそうですよ。それまではこの辺りを散歩しましょうか」
「「「「はーい!」」」」
普段とは皆少しずつ違う。
旅に出たんだ。
薫る潮風と聞こえる潮騒が、いっそうそれを強く意識させる。
どうもワクワクが止まらないのは私だけじゃないみたいで。
ヒョコヒョコと羽毛のような金髪を揺らして歩くレグルスくんも、私とつないだ手を何度も確かめるように握る。
そうやって、胸がドキドキしたまま、旅の一夜目は更けて行った。
次の朝は快晴。
朝食はルームサービスと言うか、あらかじめジャヤンタさん達が頼んでくれていたそうで、お宿の料理人さんが作った朝御飯を届けてくれて。
「ほんじゃ、俺たちは行ってくるから」
「そうだな。おやつ時には帰ってくるから、少し休んでから観光しようか」
「折角ロッテンマイヤーさんが観光ガイド作ってくれたんだもの、活用した方がいいわ」
そう言ってくれる三人を見送って、私たちは水着に着替えてヴィラから直接白い砂浜へ。
寄せては返す波に目を奪われるけど、泳ぐ前には準備体操は必須。
農作業の前にいつもしているように、ラジオ体操を三人でしていると、宇都宮さんもいつの間にか混じっていて。
ロマノフ先生も前世の競泳選手のような、上半身が裸で下が長くて足首くらいまである水着を来て、浜に出てきた。
腹筋が、めっちゃ割れている!
比べて自分を見てみると、お腹はぺたんこだけど、腹筋なんか無さげ。
真横の奏くんを見ると、水着越しでは解らないけど、見えてる腕とか足は私より逞しい。
唖然として、反対側の横にいるレグルスくんを見ると、やっぱり私より筋肉付いてる気がする。
こどもだけど。
こどもなのに!
「なんで、そんなに筋肉ついてるの!?」
「え? 鍛えてるから?」
さらっと白い歯を見せて笑う奏くんに、「ふんす!」と胸を張るレグルスくん。
負けたとか思ってないんだからね!?
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