第113話 星を掴むとき round2
ニカッと笑うと白い牙が見える。
のしのしと大きな斧を担いだその姿は、鬼瓦のような肩当ても相まって歴戦の覇者という風格だ。
その横、人間なら耳に当たる場所に魚のヒレのようなものを着けた、銀髪の美人のお姉さんがそっとこちらを伺う。
よく見るとお姉さんの首には鱗のような模様があって、瞳孔は爬虫類と言うか蛇のそれで。
「ジャヤンタが言ってた親切なこどもたち?」
「おう、ラ・ピュセルちゃんたちの応援してたんだよな」
語りかけられて頷くと、お姉さんがはっとした顔に変わる。そして私の後ろに視線をやると、そっと胸に手を当てて会釈した。
「これは……ロマノフ卿、お久しぶりです」
「お久しぶりですね、カマラさん」
大概顔広いよね、ロマノフ先生。
膝を少し曲げて挨拶したカマラさんに、ジャヤンタさんが首を傾げる。
「カマラの知り合いか?」
「この
「ああ、そう言えば……見覚えないわ」
言い切ったジャヤンタさんに、がくっとカマラさんの肩が落ちる。
すると、二人の後ろからクスクスと笑い声が。
ゆったりと近付いて来た人は、カマラさんと同じく人の耳に当たる部分がヒレになっていて、肌には細かい鱗の模様があって、何よりカマラさんと顔が良く似てる。
違う点はカマラさんは髪の毛が銀色で、腰辺りにある毛先が赤、新しく来た人はやっぱり腰まである毛先が蒼だ。それに何より胸が無い。
「カマラ、ジャヤンタに人の顔なんて覚えられるわけないじゃない」
「ウパトラ……そうだな、私が間違っていた」
「えらい言われようだな」
ウパトラと呼ばれたひともカマラさんも、薄絹で織られた立襟の、前側より後ろ側の長い上衣に幅広のスボンを履いている。
じっとその服をみていると、ジャヤンタさんがニッと笑った。
「ああいう服は珍しいか?」
「こっちでは見たことがない……ような?」
「それはそうよ。これはコーサラの民族衣装みたいなものだもの」
吐息で笑うとウパトラさんの視線がそっとこちらに流される。
ひやりとした視線はこちらを値踏みするような感じで、不快というほどではないけれど、余り気持ちいいものでもなくて。
カーテンでもあればな、と。
タラちゃんがいつも夜に作ってくれる、薄くて涼しいのに中を見透かせないようなのをイメージしていると、ウパトラさんが眼を軽く見開いた。
「おや、驚いた。ワタシの『魔眼』を遮るなんて」
「まがん……?」
なるほど、私が感じた余り良くない感じは、何かされてたからか。
ところで魔眼ってなによ?
尋ねようとする前に、カマラさんがウパトラさんの頭を掴んで下げさせた。
「片割れが不躾な事をした、すまない。大方、人の名前も顔も覚えないジャヤンタが、名前も顔も覚えた子どもたちが珍しかったんだろう」
「そうなんですか?」
「そうよ。だってジャヤンタが名前を覚えるって興味を持った証拠でしょ? カマラは気にならないの?」
「気にはなる。気にはなるが、自己紹介もしないうちに魔眼で透かし視るなんて失礼だろうが」
「じゃあ、自己紹介すればいいのね? ワタシはウパトラ、こっちはカマラ。龍族の双子なの」
「ええっと、ご紹介ありがとうございます……?」
二人の自己紹介を受けて名乗ろうとすると、ウパトラさんからの視線が強まる。なのでイメージのカーテンを厚くすると、ウパトラさんの唇が尖った。
「なんでよ、自己紹介したじゃない。見せてよ」
「自己紹介されても見せるとは一言もいってませんから」
拗ねたような口振りのウパトラさんに返すと、私が駄目ならと思ったのか視線がレグルスくんに逸れる。けれど、私もイメージのカーテンを更に厚くして、私の両隣のレグルスくんや奏くん、それだけでなく後ろにいたロマノフ先生やラ・ピュセルのお嬢さん方まで包む。
するとウパトラさんが舌打ちをして。
それまで笑って見ていたジャヤンタさんが、斧を肩から降ろすと、ウパトラさんの肩を叩いた。
「解ったろ?」
「そうね。いくら本気じゃなかったって言っても、ワタシの魔眼を殺せるなんて。そりゃ興味を持つわよね」
「まあ、俺はレグルス坊と奏坊が相手だけど、レグルス坊の兄ちゃんはカマラとウパトラ担当だもんな」
なんのこっちゃ。
目の前で繰り広げられる会話に眼を白黒させていると、カマラさんが肩を竦めた。
「すまないな、この阿呆どもは言葉が足りないんだ。坊やたちは見かけより強いんだな。十年後を楽しみにしているぞ」
「そういうカマラさんも言葉が足りてませんね。まあ、私やヴィーチャ、ラーラの教え子です。十年後にはあなた方を遥かに凌駕してるかもしれませんよ」
「それはなおのこと楽しみだ。最近骨のある奴と戦えていない。今日の対戦相手は中々楽しめそうだけど」
そう言うとカマラさんは観客席の下にある闘技場への通路から出てきた、エストレージャの三人とセコンドのラーラさんへと意味ありげな視線を送る。
つまり彼らこそがエストレージャの最後の対戦相手・バーバリアンなのだ。
で、十年後を楽しみにしているってどういうことよ。
深まった謎に首を傾げていると、「あ!」っとジャヤンタさんが叫ぶ。
ふるふると震えを押さえつけて指差すのは、私の後ろのラ・ピュセルの五人。
「ラ・ピュセルちゃんたちだ!」
「はい!」
「私たち」
「「「「「菊乃井少女合唱団、ラ・ピュセルです!」」」」」
五人の軽やかな声がぴたりと揃ったのに、レグルスくんとジャヤンタさん、カマラさんとウパトラさんが拍手する。
「え? なんでエストレージャ側の応援席にいるんだ!?」
「同郷なんです!」
「お兄さんは、コンサートに初日からずっと来てくれてましたよね?」
「お、おう! よく知っててくれてるな!」
「初日にはそっちの銀髪の双子さんもいらっしゃいましたよね」
「ああ、そうだが……」
「よく覚えてるわね、アナタたち」
リュンヌさんとシュネーさんが声をかけると、龍の双子が驚く。
ステラさんがポニーテールを揺らして、胸を張った。
「来てくれてるお客様は、皆でできるだけ覚えるようにしてるんです!」
「次に来てくれた時に、お礼をいうために!」
「私たち合唱団は応援してもらえるからこそ、ステージで歌えるので!」
「へぇ、中々の根性じゃないか」
「そんな風にいって貰えると応援する側も力が入るわねぇ」
「だからラ・ピュセルちゃんたちは『いい』っていったろ?」
続く美空さんと凛花さんの言葉に、龍の双子は頷き、ジャヤンタさんが何故か「ふんす!」と鼻息を強くする。
しかし、その自信に溢れた顔が、暫くすると弱り顔になった。
「同郷か……でも手加減は出来んしなぁ」
「それは大丈夫です! 仮令(たとえ)エストレージャさんたちが負けても、お兄さんが私たちを応援してくれてるのは知ってるから!」
「そうそう、それとこれとは別だもん」
「でもエストレージャさんたち強いですから、お兄さんたちも気をつけて頑張ってくださいね!」
「怪我、しないようにお祈りしてます!」
「菊乃井にも遊びに来て、私たちのコンサートも見てください!」
「おう、ありがとな! 俺メチャクチャ頑張るわ!」
「ありがとう、アナタたちも頑張ってね」
「私はマリア・クロウの贔屓なんだが……君たちも好きだよ」
ラ・ピュセルさんたちはファンサも中々なようで、バーバリアンの三人は喜んでいるようだ。
そうこうしている間に、試合開始のアナウンスがコロッセオに響き渡る。
「じゃあな」とこちらに背を向けて歩きだしたジャヤンタさんに続いて、カマラさんとウパトラさんもリングに向かって行く。
闘技場の中央に置かれたリンクにはもう、審判とエストレージャの三人が佇んでいた。
唐突にざわりと大きく人波が動く。
すると銅鑼が鳴って「皇帝陛下御来臨!」と言う叫び声とともに、観客が一斉に立ち上がって貴賓席を見上げた。
「皇帝陛下万歳!」と誰かが叫べば、波は伝播して口々に「万歳!」と叫ぶ。
「ば、ばんじゃい!」
「ひよさま、ばんざいだよ」
「ばんざい!」
「そうそう、上手に言えたね」
ふわふわの金髪を揺らして万歳するレグルスくんと、つられた奏くんが万歳するのに合わせて、私も万歳。
ロマノフ先生も一応万歳はしてるけど、あんまり乗り気じゃないみたい。
陛下が席に座ったのを見計らって、着席のアナウンスが。
客席からどよめきが消えた頃、再び銅鑼が鳴った。
「これより、優勝決定戦を執り行う! 青、エストレージャ! 赤、バーバリアン!」
「「「はい!」」」
「「「おう!」」」
リンクの上で二組の冒険者が睨み合う。
皆が固唾を飲んで見守るなか、審判の手が振り下ろされ銅鑼が三度大きく打ち鳴らされた。
「始め!」
叫ぶやいなや、審判はリンクの端に避難する。
構えた二組の睨み合いは続き、ジリジリとお互い距離を図っていて。
強いもの同士は中々簡単には動けないと言う。
ロミオさんとジャヤンタさんが、カマラさんとウパトラさんにはティボルトさんとマキューシオさんが対峙して、お互いの出方を探り合う。
と、一番最初に動いたのはジャヤンタさんで、一気に間合いを詰めて戦斧を上段に振り下ろす。そのスピードの早いこと!
一瞬反応が遅れたロミオさんが、腕に着けていた盾で斬撃を受け止めるが、これは悪手でミシリと盾が軋む。
ドワーフの鍛冶見習いが作った盾に斬撃で罅が入ると言うのは、そうあることじゃない。
しかも軋むだけでなく、割れ始めて。
このままでは次の瞬間ロミオさんの腕が落ちてしまう。
咄嗟にレグルスくんの眼を塞ぐと、ロマノフ先生が奏くんの眼を塞いでいるのが見えた。
その一瞬後、盾が派手に割れて、ジャケットに覆われた腕に刃が触れて───
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