第112話 星を掴むとき round1
帝国の北、馬を駆けさせ十日余りの辺境に、現れたるは三人の、不遇をかこつ若き戦士。
罠にかけられ疲れはて、病みたる心を癒せしは、その地に住まう人々の優しさ。
深き情けに触れた三人は、英邁なる師を得て再び顔を上げて歩み出す。
「と言うのが、今帝都で流行っている『エストレージャ』という吟遊詩人の詩ですわ」
「へぇ……」
マリアさんの口から出れば安っぽい英雄譚も、それなりに聞こえるから不思議だ。
対サイクロプス戦の直後から、帝都ではこんな詩が流行りだしたらしい。
居たたまれないのか、エストレージャの三人は自分の控え室だというのに隅っこで恐縮しきりで。
「そんなに縮まなくても。貴方たちがちゃんと罪を悔いてるのは証明された訳ですし」
「いや、でも……俺たち菊乃井で助けられた時は、もう世の中怨みまくってましたし」
「そうですよ。騙されたのだって一攫千金狙ったからだし」
「だから吟遊詩人の詩を聞くと『誰だそれ?』って気分で」
「なあ?」と見合わせた顔は、三人とも眉が見事に垂れ下がって困惑を隠せないでいる。
そうだよね、何もなしで今の自分があるわけでなし、悔やむ過去……黒歴史には余り触れられたくないのも確かだろう。
更にその黒歴史が良いように改竄されて、人々の耳に触れるって、凄く居たたまれなさげ。
「それ、私にも覚えがありましてよ」
「マリア御姉様にも?」
あら、意外な助け船。
マリアさんから発せられた言葉に、美空さんが目を見開く。
てか、ラ・ピュセルにマリアさんにエストレージャに、エルフ三人衆と奏くんにレグルスくんって、顔面偏差値高すぎて目が痛い。
私が心で白目を剥いてるのに構わず、話は続く。
「私も去年のコンサートの時に、喉が焼ける事故がありましたでしょう? そのことが色々脚色されてでまわりましたの」
「そうだったんですか……」
「ええ、でも見事にどれもこれも鳳蝶さんの存在は出てきませんでしたわ。私の師事していたショスタコーヴィッチ卿か、帝都に用事があって偶々ショスタコーヴィッチ卿を訪ねてこられたロマノフ卿が、これまた偶然持っていたエルフの秘薬をお分け下さったとか。何故かお二人だけですのよ。ねぇ、ショスタコーヴィッチ卿。何故かご存じでいらっしゃる?」
それはもう意味ありげな視線を向けたマリアさんに、ヴィクトルさんもロマノフ先生もそっぽを向く。
それにラーラさんが肩を竦めた。
「下手くそな情報操作だなぁ。エルフの秘薬なんて言わないで、たまたまアリョーシャが万能薬持ってた、で片付ければ良かったのに」
「なんですか、その私の何でもアリ具合は」
「この世の不思議はアリョーシャがダンジョンから持ってきた……で、大体片付くじゃないか」
「僕だってそう思ったけど、アリョーシャがそんなに何でもかんでも溜め込んでないって言うんだもん」
むすっとヴィクトルさんが答えた辺りで、誰が情報を流したかお察しだ。
つまり、私の存在を知られないようにヴィクトルさんがわざとそんな噂を流したのだろう。
私の平穏を守るために。
それにマリアさんも乗っかってくれたのだ。
「先生方もマリアさんも、ありがとうございます」
「いえ、お気になさいませんように。私は貴方とのご縁を切りたくなかっただけですもの」
「僕もだよ。下心はあるんだから気にしなくていい」
ニカッと笑うヴィクトルさんと、扇で口許を隠すようにしつつ笑むマリアさん。この二人もよく考えたら師弟なんだよね。
人の縁は本当に不思議。
と、エストレージャの三人とラ・ピュセルの五人が円陣を組むのが見えた。
「ロミオさん、ティボルトさん、マキューシオさん、これはチャンスですよ!」
「そうそう、ロミオさんたちが大活躍したら菊乃井のダンジョンにくる冒険者さんが増えますよね」
「え? どうかな」
「自分たちも英雄になれるかもってひと、増えると思うわ」
「そのひとたちを私たちの歌で元気付けたりできたら、お客様が増えると思うんです」
「そしたら、若様が言ってたみたいに宿屋さんや道具屋さんが儲かるでしょ?」
「ああ、そうだな。いや、それだけじゃなくて農家やらも儲かる筈だ。皆飯は食うんだから」
「つまり、菊乃井全体が儲かるのか……! 俺たちも菊乃井に恩返しができるんだな!?」
「はい! そしたら皆、家族を菊乃井に呼べるかもだし……兎に角、未来は明るいですよ! 頑張りましょうね!」
「えい、えい、おー!」と、八人の声が部屋に響く。
上手く行くかどうかは別として、やる気になってくれているのが結構嬉しい。
するとそれを目を細めて見守っていたマリアさんが、屈んで私の耳に唇を寄せる。
「ショスタコーヴィッチ卿からお聞きしましたけど、鳳蝶さんは菊乃井の経済基盤を固くして、栄えさせて音楽学校をお作りになりたいとか」
「え、あ、まあ、そうですね。それだけじゃないんですけど」
「それ、私にも手伝わせて頂けて?」
「それは願ってもないことですが……」
ド田舎の菊乃井と、華やかな帝都は距離が離れているし、どうするのかしら。資金提供してくれるんだろうか。
疑問が顔に出ていたのか、コロコロとマリアさんが笑う。
「そうですわね、さしあたり今日はエストレージャを真剣に応援しますわ。それからは追々ご相談いたしましょうね」
そうだ、今日はエストレージャの晴れの日。
円陣を解いたエストレージャの三人に向き直る。するとすかさず三人が私に跪いた。
「ロミオさん、ティボルトさん、マキューシオさん」
「「「はい!」」」
「対サイクロプス戦は是が非でも勝たなければいけない戦いでしたので、色々策を講じた結果、かえって貴方がたに全力で戦わせてあげられなくなってしまいました。実力で奴等を打ち取りたかったことでしょう、無念な想いをさせました」
「いえ、そんな……!」
「でもこの戦いは貴方がたの花道の第一歩です。全力を傾けてください」
「はい! それは勿論!」
顔をあげた三人の、その色の違う眼には今までにない覇気が宿っている。
やる気に満ち溢れているのは瞳だけでなく、全身からもそれを感じるような、そんな雰囲気にレグルスくんと奏くんが目を輝かせた。
二人の憧れにも似た視線を感じたのか、ロミオさんもティボルトさんもマキューシオさんも力強く頷く。
「実はあの試合の直ぐ後、この試合の対戦相手のバーバリアンに声をかけられたんです」
「バーバリアンに会ったんですか?」
「はい、実は」
そう前置いてロミオさんの言うには、バーバリアンが今回の武闘会に参加したのは、サイクロプスを倒すためだったとか。
奴等とバラス男爵の悪行に、バーバリアンの懇意にしていた冒険者が引っ掛かり、大ケガを負って廃業を余儀無くされたそうで。
『アンタらが仇討ちしてくれたようなもんだ』と、豪快に笑いつつ。
「『あんな奴等の脂で、折角の得物やそのカッコいい防具を汚さずに済んで良かったな』って言われて。『俺たちと戦うんだから、手入れは確りしてもらえよ』とも言われたかな。あと、自分達が勝ったら、この防具どこで買ったか教えろって言われました」
顔を見合わせる三人に頷くと、ふと彼らが真顔になる。それから自らの手を何度も確認するように動かすと、唇を真一文字に引き締めた。
「どうしました?」
「いや、菊乃井にくる前はサイクロプスの雰囲気に気圧されましたけど、そんなのバーバリアンのにじみ出る闘志に比べたらなんてことなかったんだな……って」
「バーバリアンの三人は飄々として爽やかな風みたいなのに、はっきりと強いのが解りました。でも今思えばサイクロプスの雰囲気はハリボテだったんだな」
「そう言うことがわかると言うのは君らが強くなった証拠だ、誇ると良いよ」
ラーラさんが軽く口の端を上げると、ほぅっとマリアさんやラ・ピュセルのお嬢さんたちから溜め息が漏れた。
解るわー、ラーラさんカッコいいもんね。
エストレージャの三人も力強く頷くと、ロマノフ先生がパンパンと注意を引くために手を打った。
「さて、そろそろ私たちは観客席に移動しましょう。マリア嬢も第二皇子と観戦のご予定なんでしょう?」
「はい、そうですわ」
「マリア嬢は皇子の席まで僕がエスコートしていくから安心しなよ」
ヴィクトルさんがラーラさんに請け負うと、マリアさんが美しいカーテシーと「頑張ってくださいましね」と言う激励の言葉を置いて去る。
「応援していますよ」
「兄ちゃんたち、頑張ってくれよな!」
「れーも、おうえんするからね!」
「「「「「頑張ってね!」」」」」
口々に激励の言葉を置いて、私たちもまた観客席に。
ひやりとした石畳の通路を抜けると、初夏の青空がそこには広がる。
ざわりと客席がどよめいて、闘技場の中央に人々が視線を寄せていた。
そこにいたのは、虎耳と尻尾を惜しげもなく見せてくれた───
「あー、やじゃんただー!?」
「惜しいな、坊! ジャヤンタだよ!」
闘技場の壁を挟んで、けらけら笑うジャヤンタさんと私たちは向かい合った。
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