第114話 星を掴むとき round3

 大きな衝撃音と共に落ちたのはロミオさんの腕ではなくて、ジャヤンタさんの斧だった。


 「……っそ、だろ!?」


 ジャヤンタさんは確かにそう呟いたように見えた。けど、リンクからここまで距離がある。

 確かめる術もないまま、呆然とした彼をロミオさんが剣で切りつけた。が、それは紙一重でジャヤンタさんが避けるも、体勢を崩したところにロミオさんの蹴りが鳩尾に入る。

 その反動を利用して後ろに身体を飛ばしたジャヤンタさんをカバーするように、カマラさんが弓を射り、ウパトラさんが魔術で追撃を阻む。

 マキューシオさんの鞭が飛んできた矢を払うと、ティボルトさんの槍がウパトラさんに迫るも、ひらりと間合いの外へ。

 一瞬の攻防に静まり返っていた観客が、大きく歓声を上げてコロッセオが揺れる。

 それに紛れることなく、ジャヤンタさんがロミオさんを指差して、咆哮をあげた。


 「お前、何してくれてんの!? この斧、あのドワーフの名工ムリマが俺のためにオリハルコンで作ってくれた斧なのに! お前に当たったとこから粉々ってなんなんだよ!?」


 へぇ、何かお高そうなことで。

 後で弁償とか言われないよね。

 ぼけっと攻防の続くリンクを見ていると、とんと肩に触れる手の感触。見上げるとヴィクトルさんが、物凄く真面目な顔でこちらを見ていた。

 不思議に思うと、ヴィクトルさんがロマノフ先生の腕を取ってゴニョっと何か呟くと、薄い膜が私とレグルスくんと奏くん、それからヴィクトルさんとロマノフ先生を包む。結界、かな。


 「アリョーシャ、聞いた?」

 「ええ、ドワーフの名工・ムリマと言ってましたね」


 名工って言うからには凄いんだろう。

 レグルスくんが大人になったらその人の剣、買えるかな?

 そんなことを考えていると、ロマノフ先生が真面目な顔で私の肩を掴んだ。


 「鳳蝶君、ムリマと言うのは私がドラゴンを倒す前から世界に名を轟かせて来た名工で、鍛冶神の寵児と言われているほどのドワーフです」

 「へぇ……凄いひとがいたもんですね」

 「うん、それにオリハルコンだけど産出出来る場所が少ない希少金属で、その強度はダイアモンドを越えるんだよ。素材の希少さで言ったらタラちゃんが作った布は、まだお高いけど貴族なら買えなくもない位だけど、オリハルコンは買えない。王族なら珍しくないかもだけど」

 「わぁ……」

 「神の寵児と言われた名工が希少金属で作った斧に、鳳蝶君がなんの変哲もない布で作ったジャケットが勝ったんですよ。それがどういうことか、物作りをする貴方には解りますね?」


 解りたくない。

 全然解りたくない。

 だから往生際悪く、抵抗してみる。


 「なんの変哲もなくないです、タラちゃんが織ってくれた布ですよ」

 「オリハルコンで作った刃なら、奈落蜘蛛の糸なんて触れただけで切れるんだけどね」

 「ふ、付与魔術重ねてますし!」

 「バーバリアンのジャヤンタ君は冒険者としては上の上、一人でもエストレージャ全員を倒せるくらいの強さはありますよ。その彼が、斧を折られた挙げ句に苦戦している」


 「見なさい」と言われて、ロマノフ先生が見ている方に顔を向ければ、なんと私が見ていない間にティボルトさんとマキューシオさんが戦闘不能になっている代わりに、バーバリアンもカマラさんとウパトラさんが戦闘不能になっていた。

 ロミオさんとジャヤンタさんの一騎討ちだ。

 何がどうなってるんだろう。

 ずっと見てたであろう奏くんに聞くと、凄く興奮した様子で。


 「ジャヤンタの兄ちゃんは斧がこわれたから、手から爪出してロミオ兄ちゃんとにらみあってて」

 「おねえさんがぁ、ばびゅーんってマキューシオおにいさんにして、ぶすぶすって!」

 「えぇっと、カマラさんが弓でマキューシオさんを射たのかな?」

 「そうそう、それでそれをティボルト兄ちゃんがふせいでる間に、ウパトラってひとにマキューシオ兄ちゃんが突っこんでやっつけた!」

 「でもぉ、ティボルトおにいさん、バチバチでばーんってされたの!」

 「……ウパトラ君がやられる瞬間に雷をティボルト君に落とした、と」

 「え? じゃあカマラさんは誰がやったの?」

 「ティボルト兄ちゃん。ヤリが姉ちゃんにささったのと同時くらいに、ティボルト兄ちゃんにかみなり落ちてた」

 「マキュたんは何で倒れてるのさ?」

 「おねえさんのゆみ、ぶすって!」


 つまり、弓で射られながらもマキューシオさんはウパトラさんを打ち取った。けれど、ウパトラさんはやられる瞬間に魔術でティボルトさんを沈めたけれど、ティボルトさんはカマラさんをその時には打ち取っていたってことか。

 で、ロミオさんとジャヤンタさんは一合一合体力を削りながら打ち合って、時々鍔迫り合いしてるという。


 「ウパトラがマキュたんを無視してティボたんに魔術使ったのは、マキュたんの魔術耐性が強かったからか。マキュたん、本当はそんなに魔術耐性ないよ。あーたんのジャケットのお陰じゃないかな」

 「ティボルトくんも、カマラさんに着いていけるほど素早くはなかったはずなんですけどね。凌駕出来たから、カマラさんの射てない間合いに滑り込めたんでしょう」


 つまり、本人の実力以上の力が付与魔術付きの装備で出ているって言いたいんだろうけども!

 どれだけ付与魔術が重ねてあろうとも、本人たちに実力がなければ、それだって活かせはしないのだ。


 「仮令私の付与魔術が強かろうとも、それを活かせたのはあの三人の努力の積み重ねです。彼らを侮らないでください。彼らは強くなったんです」

 「その台詞は本人たちにいってあげなさい。私たちは彼らを鍛えた者として、的確に彼らに何が起こっているか、君より正しく把握しているからこそ言うんです。君の力がどれ程のものなのか、君自身が事実を認めないのは道義的に良くないことですよ」


 ぐっと言葉に詰まる。

 現実から眼を反らすのは決して良いことじゃない。

 唇を噛んで俯くと「痛っ!?」とロマノフ先生が足を押さえて飛び上がる。

 と、レグルスくんが凄い顔をしてロマノフ先生を見ていた。


 「にぃに、いじめないで!」

 「心外な。これは先生から生徒への愛の鞭です」

 「いじめないで!」


 小さな足を振りかぶって、ロマノフ先生の脚を蹴ろうとするのを、慌てて抱き止める。


 「レグルスくん、違うよ。いじめられてなんかないから」

 「ほんと?」

 「本当だよ。だから先生のこと、蹴っちゃだめ。庇ってくれたのは嬉しいけど、ひとのこと叩いたり蹴るのは良くないよ」

 「う……たたいちゃめー……ごめんなさい、せんせー」

 「私も、いじめていると思われるくらい言葉が強くなってしまったかもしれません。おあいこですね」


 口の端をあげて柔らかく笑うロマノフ先生とヴィクトルさんにホッとする。


 「あーたんの付与魔術はこれからもっと強くなると思うよ。使いどころを見極められるように、威力の大きさを把握して、最大限にそれを発揮できるようにしようね。要はそういうことだよ、アリョーシャが言いたいのも」

 「はい……」


 ってか、名工の武器を叩き折った防具、それを作った工房EffetエフェPapillonパピヨン……。

 なんか絶対大事になる気がするんだけど。

 痛みだしたこめかみを揉むと、眉間に寄ったシワにレグルスくんが指を伸ばす。

 その小さなおてての隙間から、ジャヤンタさんの爪とロミオさんの剣が打ち合わされるのが見えて。

 金属がぶつかり合う音に加えて、衝撃に火花が散っている。

 鍔迫り合いの末、ばっと二人が同時に後ろに飛んだ。

 消耗しているのか、ジャヤンタさんもロミオさんも、上がる息を整えているのが、揺れる肩で見てとれる。


 「次が最後の一撃になりますね」


 ロマノフ先生の呟きが耳に入った。

 リンクの男たちが咆哮をあげて、激しくぶつかり合う。

 ロミオさんの剣がジャヤンタさんを袈裟懸けに引き裂き、ジャヤンタさんの爪が同じくロミオさんの身体を大きく裂いて。

 ゆらりと二人の膝が同時に崩れるのを、観客は固唾を飲んで凝視するのだった。

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