第100話 確認作業は綿密に

 武闘会はトーナメント形式の三人対三人の対戦で、組み合わせはくじ引きで決められる。

 本選第一試合、エストレージャは帝国の西に位置する国・桜蘭教皇国の衛士団から派遣されて来た人たちと当たる。

 衛士団とは、騎士団のこと。

 桜蘭の政治形態は王政に似てるけど、頂点に立つのは教皇、宗教国だ。崇めている神様は太陽の神様・艶陽公主様。

 宗教国ゆえに永世中立を掲げてはいるけど、何代か前に麒凰帝国の第二皇子が臣籍降下して帰依した後、教皇に就任した辺りから帝国の属国みたいな雰囲気。

 いや、雰囲気じゃなく、そうするために第二皇子を行かせたんだろうけど。

 この辺はねー、後ろ楯が欲しかった宗教国と、信仰の保護者としての名望が欲しかった帝国の思惑が合致したんだろうねー。

 大人の事情ってやつだ。

 で、ヴィクトルさんの報告によると衛士団はエストレージャにとって「負ける相手ではない」そうで。

 順当に行けば二回戦で奴等と当たるらしい。

 奴等の相手は冒険者の位階としては格下だそうだから、こちらも恐らく負けないだろう。

 奴等との試合にはレグルスくんや奏くんと応援に行くことになっている。

 さて、エストレージャのことはそれくらいで、今度はラ・ピュセルの方だ。

 音楽コンクールは本選出場の八組に絞られると、競い方が少々変わってくる。

 帝国劇場で午前と午後の二回、毎日八組のコンサートが開かれ、聴衆が気に入った出演者に投票する人気投票形式なのだ。

 これもね、リピーターとか組織票の問題とかあって。

 どうにも怪しい時は皇帝ご一家の票で決まる。皇族方のお決めになったことなんだから仕方ないってのは、最強の落とし処だよね。

 ラ・ピュセルの走り出しはとりあえず上々。

 コンクールに合わせて遠征してくれると言っていた冒険者さん達も、本当に来てくれたそうで彼女たちも「心強い援軍が来てくれた」と喜んでいるそうだ。

 勿論、彼女たちの応援にも行くことにしてる。

 んで、私は何をしてるかと言うと、お出かけ用の服作り。

 奏くんもレグルスくんも私も、一応応援団的な立ち位置なんだから、三人ともお揃いにした方が良いんじゃないかと。

 季節は春から初夏に移ろうとする頃合い、だからセーラー服とソックスガーターとソックスを作ろうと思ってる。

 だって絶対セーラー服着たレグルスくんと奏くん、可愛いもん。

 奏くんもレグルスくんも採寸して、自分のもやってもらって、型紙から布の裁断・仮縫いまでは終わって後はきちんと縫うだけ。

 ……なんだけど、数字の違和感が半端ない。何がって私の胴回りとか足回りとか腕回りとかのサイズと、私が思う私のふとましさが全く合わないんだよ。

 おかしい。

 確かに痩せたはずだけど、鏡で見てると痩せてるようにはみえない。

 なのに採寸した数字は間違ってなくて、仮縫いで出来た袖に手を通すと間違いなく入るの。


 「認知が歪んでいるからではないのかえ?」

 『それだろうな』

 「ええ……?」


 ちくちくセーラー服を縫ってたら、服の話になったんだけど、姫君と氷輪様の二人してなんか酷い。私、視力は悪くないよ、多分。

 珍しく姫君と氷輪様が二人しておいでになったのは、私が宇気比うけひについて姫君にお聞きしたかららしい。

 

 「地上ではすたれて久しいのでないかえ」

 『この国の初代皇帝が使ったそうだが……知っているか?』

 「知らぬな。艶陽はこの国の皇帝一族を贔屓にしておる。おおかたその時に艶陽に縁付いたのだろうよ」


 なるほど、神様は興味がないことにはいっそ清々しいくらい無頓着なんだな。

 だけど大事なことを聞いた。

 この国の皇帝一族は艶陽公主の加護を受けている。贔屓にしているってそういうことだろう。

 なら、艶陽公主はこの国を守ってくれてると思っていいのだろうか。


 「そう言う訳ではないのがのう……」

 『ああ。神というものはお前が思うほど優しくはない。好きなものは好きだが、それ以外はどうなろうと基本的には興味がないからな。艶陽も縁付いた初代皇帝の家族や血脈は愛しても、それ以外は歯牙にもかけておらんぞ』

 「そうなんですか」


 うーん、なるほど。

 でもそうすると、植物以外にも人間に目をかけてくれるって仰った姫君は凄くお優しいってことじゃん。

 一人で頷いていると、姫君が「ふふん」と笑う。


 「そうじゃ。妾は寛容なのじゃ。どの神より妾を崇め奉るがよいぞ」

 『騙されるなよ、鳳蝶。これはお前とお前の弟以外は、本心では有象無象だと思っているからな』

 「有象無象でも目はかけてやるのじゃ。少なくとも何もしないお主よりは優しいわ」

 『我は誰に対しても公正公平なだけだ……例外はあるが……』


 会話のテンポがあってる辺り、お二人は仲が良いんだな。

 イゴール様も何だかんだ姫君とお話なさるんだし、神様同士は皆仲良しなのかしら。

 そう思っていると、姫君と氷輪様がジト目をされる。


 「別に特別親しい訳ではないわ。ただそなたの話をすると盛り上がるだけじゃ。今宵とて、そなたが『宇気比』の術式を知りたいなぞと言うから……!」

 『そうだぞ。このやかましいのが宇気比の正式な術式を教えろというから、なんのためにか尋ねたらお前が知りたがっているという。それなら我が直々に教えると言ったのに勝手に着いてきたんだ』

 「鳳蝶から教えを請われたのは妾じゃ! なれば妾が教えるのが筋ではないか!」

 『お前に任せたら正しく伝わらぬかも知れぬだろうが。だからきちんと知っている我が教えると言っている!』


 おぉう、つまりお二方とも心配して来て下さったのか。

 何をしているか逐次報告はさせていただいてるけど、やっぱり危なっかしいとか思われてるんだろうな。

 だけどちょっと照れちゃう。

 ロッテンマイヤーさんやロマノフ先生を始め、沢山の大人のひとが私に目や手をかけてくれるって、見守られてる感が凄い。

 皆して危なくなるまでは好きにやらせてくれるけど、それでもそれとなく軌道修正したり、私の不利にならないよう影で動いてくれてたりする。

 それがくすぐったくて、モジモジしちゃうんだけど、ここはお礼を言わなきゃだ。


 「あの……姫様も氷輪様もありがとうございます。私、頑張ります」

 「う、うむ。励むがよいぞ」

 『お前は何も言わずとも手を抜いたりせぬのは知っている。だからといって無理はせぬことだ』

 「はい!」


 頷くと、咳払いをして氷輪様がお渡しした祖母の日記を指差した。

 そのページには祖母が調べたのだろう宇気比の術式が、詳細に書かれていて。


 『お前の祖母は研究者としても優秀だったのだろうな。お前の祖母が生きていた頃でさえ、遥か太古に喪われたものであろうに、よくもここまで調べあげたものよ』

 「では、この通りにすれば宇気比は成立するんですね」

 『ああ。だが、別にこのような仰々しい儀式をせぬでもよい。正式な術式はもっと簡素だ』

 「うむ、妾もそのように記憶している。しかし、そこに書いてある儀式は些か仰々しい故な。妾の思う『宇気比』とそなたのいう『宇気比』が違うものやもしれぬと、氷輪に尋ねてみたのだ」


 なんだってー!?

 実は宇気比に関して、その術式の確認をロマノフ先生のお母様に裏取りしてたり。

 ロマノフ先生のお母様は宇気比の儀式を見たことがあるらしく、祖母の日記の記述に「大正解」と太鼓判をおしてくれた。

 だからこの日記をもとに儀式の準備をしてもらってたんだけど。

 神様方にお聞きしたのは、何となく確認した方がいいかなっていう予感みたいなものが働いたから。

 驚きすぎて、目が飛び出そう。


 「えー……、じゃあ、これは正式なやつじゃなくて……?」

 『ああ、正式と言えば正式なのだろうよ。ただし、人間界では』

 「宇気比というものは、儀式は簡単じゃが効力は高い。故に簡単には行えぬように、その時の力あるものが変えたのかもしれぬぞ。容易に使えぬものと認識させておけば、使おうとするものは減るであろう?」

 「ああ、それはあるのかも……」


 そういえば祖母の日記にもそんな考察があったな。

 権力を握るっ、てそう言うこと──真実をねじ曲げたり、変えてしまうような──が簡単に出来ちゃうってことなんだよね。

 わぁ、怖い。

 鏡の中に若干青い顔をした自分が写る。

 でも、今の私にはその怖い力が必要なんだもん。

 ぺちぺちと気合いをいれるために、両頬を軽く叩くと、その手をひんやりさらさらした氷輪様のおててに掴まれる。


 『簡素な方のやりかたも教えてやろう。しかし、なぜまたこのようなものを引っ張り出してきた?』

 「それは……私の思い込みを潰すためというか……」


 言葉を濁すと、姫君がゆらりと薄絹の団扇を揺らす。


 「そなたが拾った連中を騙した輩が、真実騙したことを後悔し、改心していた場合の救済措置であろう」

 「その……悪者だって思い込んで突っ走ってる部分はありますし、違ったら向こうの更正の可能性を潰しちゃう訳ですから。まあ、ギルドから来た奴等の報告書見る限りには真っ黒ですけど……保険はかけておいてもいいかと。負けない条件は揃えてます。万が一負けた時のことを考えて、ロマノフ先生が公爵家と繋ぎを付けてくれてますし」

 『甘いのか辛いのか解らんな、お前は』


 氷輪様の言葉に姫君が頷く。

 意見が合うんだからやっぱり仲良しなんじゃん。

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