第99話 釣り針の先に疑似餌
そんなこんなでラ・ピュセルとエストレージャは、ヴィクトルさんとラーラさんに引率されて、帝都に旅立っていった。ただし、転移魔術で。
コンクールの方は前にマリアさんのコンサートで行った帝国劇場で、武闘会の方は帝国劇場とは真逆の方向にあるコロッセオでやるそうで、それも両方とも被らないように音楽コンクールの予選の翌日は武闘会の予選、その次の日はまた音楽コンクールの予選……という感じで一日おきに予選が行われる。
本戦に出られるのは音楽コンクールも武闘会も八組。
帝国全土から猛者が集まる大会だから、その八組に滑り込めただけでも大したことだそうで。
そんな訳で壮行会から数日後、書斎で膝の上にひよこちゃんを乗せながら、私は二人の人物から報告を聞いていた。
「ヴィーチャから連絡が来ましたけど、どうやら双方とも八組のなかに滑り込めたようですよ。ついでに奴等も」
「ここまでは想定内ですね」
音楽コンクールの方は兎も角、武闘会の方はまあそうだよね。
この武闘会、本当に強い位階が上の上の冒険者は出ない。何でかっていうと、武闘会に出て貰える賞金よりも、普段自分達が引き受けてる依頼の料金の方が高いし、名前も売れてるから今さら売名をする必要はないから。
他にも個別で事情はあるだろうけど、出てきても上の下くらいの冒険者が多く、そんな連中は実力はあるけど名前が売れてないから、名前を売りたいのだそうな。
警戒すべきはそれくらい。
の、筈なんだけど今回はちょっと番狂わせが起こっている。
なんと上の上の冒険者が大会に出てきているのだ。
「後は奴等に当たる前にその……バーバリアンって言うんでしたっけ? そのパーティと、奴等とこちらが当たらなければ良いんですが」
「うーん、そればっかりはね。ロミオ君のくじ運に賭けるしか……」
くすりとロマノフ先生が笑う。
ロミオさんの運はなぁ……本人は「運は良い方です」って言ってたけど、良かったら詐欺られたりしないだろうしなぁ。
まあ、もうそこは人事を尽くして天命を待つと言うことで。
「本戦に入れば公営の賭けが始まる筈ですが……仕掛けはどんな感じです?」
「そちらは私から報告を」
書斎にいる二人目の大人は、菊乃井の代官を勤めるルイさん。
灰色の髪をさらりと揺らしてソファから立ち上がる。
「バラス男爵はこちらの提案──賭け金は男爵が出すことに最初は渋りましたが、儲かるならそこから少し貧乏冒険者に恵んでやるなど、慈悲深い男爵閣下であれば雑作もないでしょう……と煽れば乗ってきました。身代の件も、我が君が
「ああ……うん……そっか。ありがとう」
これ絶対私の前だからある程度歯に衣着せてるけど、実際はもっと優越感と欲をかかせる持ち上げ方をしたんだろうな。
腹芸は得意だって言ってたし。
このルイさん、自分でも売り込むだけあって実務も物凄く有能で、無駄な支出があることを書類一枚から炙り出したし、父や母の縁故の不自然な採用とその能力に見合わない給与の高さとか、両親に突きつけたみたいで役所はドンドコ職員が入れ替わってるとか。
両親の縁故の、余り仕事してないひとを放り出して、代わりに登用してるのは、なんと祖母の代に働いてたひととか、そんな関係のひとから推薦を受けたひとで、これに関してはロッテンマイヤーさんが寄与してくれている。
日記にもあったけど、祖母は私が大きくなるまでに、菊乃井を支えてくれる人材を確保していたのだ。
しかし、そういう能吏は無駄や不正にうるさい。
伯爵家を好きにしたい父にも、贅沢をしたい母にも邪魔だったのだろう。
代替わりして数年で、ほとんどのひとが辞めさせられたり、閑職に追いやられていたのだとか。
祖母には取り立てて貰った恩があるけど、それだけで勤めていくにはもう限界。そのラインに達する寸前、ルイさんの人事介入があったそうで、私はなんとか間に合ったらしい。
「心あるものは、最近の市井の変化に気付いていて、中には我が君が動いておられるのを調べあげた者もおりました」とは、ルイさんから聞いたけど、それでも私が菊乃井の実権を握るまでにはまだ数十年かかるだろうし、それまでは待てないと皆思っていたのだ、と。
そんなところにルイさんが現れて、最初は何も変わらないと失意の溜め息を吐いていたが、あれよあれよと父や母の縁故の職員を淘汰していくではないか。
これはとうとう、菊乃井の坊っちゃん……私のことだけど……が、両親を追い落とし始めたに違いないと、ここ最近追われてしまったひと達を、残ってるひと達が声をかけて呼び戻してくれてるんだって。
「私の動きはそんなに分かりやすかったですかね」
「いえ、巧妙に
「そうですか。それは祖母に感謝しないといけませんね」
上がアレでも中堅が何とかなったら、割りと何とかなるの見本を見せられて、私としてはちょっと複雑だ。
「私としてはロッテンマイヤー女史にも感謝を。彼女が昔の繋がりを絶たずにいてくれたから、人材を呼び戻せたのです」
「得難いひとです。私からも感謝を伝えておきます。代わりと言ってはなんですが、戻ってきてくれた方々にも、我慢を強いた方々にも、私が感謝していたとお伝えください」
「承知致しました。」
すくっと立ったまま一礼すると、用事は済んだとばかりにルイさんが扉へと向かう。
と、私の膝の上で布絵本を読んでいたレグルスくんに、ひたりとルイさんの視線が当てられた。
「……よく似ておられますな。願わくばご父君と同じ道を歩まれませぬよう」
「勿論ですよ。この子にはそんな道は行かせません」
「そう言えば祖母君を知っている配下の者が、我が君を通りがかりに見かけたそうですが……。我が君の中身は察するところながら、外見も祖母君とそっくりでいらっしゃると聞きました。ご兄弟揃うと確かに眼福ですな」
腹芸が得意なわりに、お世辞が下手とかなんだかなぁ。
まあ、いいや。
ルイさんの背中を見送ると、私は祖母の日記の栞を挟んでいたページを開く。
もう一つ、仕掛けが必要なのだけど、それはルイさんに内緒で。
こちらを伺うロマノフ先生に、ひよこちゃんを膝から降ろして問いかける。
「ロマノフ先生、『
「ラーラがギルド本部に掛け合って、奴等とエストレージャが闘う試合をそのように取り計らうと確約頂きました」
「ありがとうございます。後は奴等とエストレージャが当たるのを願うだけですね」
「はい。しかしよくそんな旧い儀式を知っていましたね」
「祖母は帝国の歴史に興味があったようで、帝国
そう言う一文を日記に残す辺り、祖母は歴女だったのかしら。
兎も角、札は揃ったようだ。
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