第94話 姫君様の憂鬱

 「あー……それはちょっと出てこない発想でしたね」

 「ですよねー」


 ズタボロまで行かなくても、割りと草臥くたびれた姿で日課の散歩から戻った私とレグルスくんと、一番最初に顔を合わせたのはロマノフ先生だ。

 出ていった時は意気揚々、帰りはお通夜かと思うくらい静かだから、先生としてはかなり驚いたらしい。

 が、私が姫様にしごかれた理由やらを話すと、ロマノフ先生は天を仰いだ。


 「本当に盲点でしたね。布を盾にしたり鞭の様に使ったり、言われれば成る程とは思うんですが」

 「でも使えれば凄く有効ですよね。武器を持ってはいけない場所でも、布ならなんとでもなりますもん」

 「そうですね。サッシュベルトなんて珍しくもありませんし」


 うんうんと頷く先生だけど、眉間にシワが寄っている。それを見つけたレグルスくんが、こてんと首を傾げた。


 「せんせー、どうしたんですかー?」

 「いえね、私が普段使うのが剣や槍や弓だし、身を守るだけなら結界や魔術を使えばいいだけだからか、固定観念を抱いていたんだな……と。そもそも鳳蝶君は付与魔術特化型なんだから防御魔術を極めるよりも、持ち物や自身に付与魔術を使って同じ効果を出す方が早いんですよね。いや、防御魔術も極めて貰いますけど」

 「やっぱり防御魔術は極める方向なんですね……。じゃない、それはいいんですが、媒介を使って結界と同じ効果を出すってことですか?」

 「そう言うことですね。魔術を付与する布にも、それ自体に『防御力向上』とか『武器破壊効果』がついていれば、更にそれが強化されますし」

 「ああ……なるほど」


 確かに付与魔術は何にでも付けられるのが強みだし、単なる布に鉄板レベルの強度を持たせられるなら、元々それくらいの強度を持ったものを使えば更に強度向上を図れる。

 今の私には超強固な結界を張るのは難しいけど、付与魔術で布をダイアモンドくらいの固さにするなら朝飯前だ。そっちのが確かに早い。


 「うーむ、これは早速ヴィーチャやラーラと話し合いですね。布の使い方の研究と、その訓練法を考えないと」

 「はい、よろしくお願いします。姫君はちょっと天界でやらないといけないことがあって、こちらに来れるのは週に一度になるらしくて、その間は先生たちに相手をしてもらうように言われています。あと非常に言いにくいんですが……『頭が固いぞよ』と仰せでした」

 「それは……我々教師陣へのお叱りですね。謹んで承りますとも。今度姫君様にお会いした時には『申し訳御座いませんでした、研鑽にあい勤めます』とお伝え下さい」

 「承知いたしました」


 ふっと穏やかに笑うと、ロマノフ先生が私とレグルスくんの頭を撫でて、ヴィクトルさんとラーラさんのお部屋のある方向に去っていく。

 善は急げで、早速緊急会議を開催してくれるんだろう。私の先生たちはとても頼もしい。

 ロマノフ先生の背中を見る私の手を、つんつんとレグルスくんが引っ張った。


 「にぃに、ひめさまのごようじってむつかしいの?」

 「いやぁ、どうなんだろうねぇ」


 特訓の後のこと、姫君は私たちに前のように毎日は屋敷の奥庭に来られなくなったと仰った。

 神様が一つ所にばかり留まるのは良くないと言うことなのかと落ち込んだけれど、そう言うことではないそうで。


 「昨年の年の初めに、妾と艶陽で賭けをしたのじゃが負けてしもうてな。賭けの代償に妖精馬ケルピーを、艶陽に所望されてのう」

 「けるぴー? にぃに、けるぴーってなぁに?」

 「水辺にいる妖精のお馬さんだったかな?」

 「そうじゃ。天馬ペガサス一角馬ユニコーンと同じくらい珍しい駿馬よ」


 昨年の野ばら咲く頃、菊乃井の庭に降りられたのは、この屋敷の近くに妖精馬の気配を感じたかららしい。

 あとは妖精馬を捕まえる術を組み上げるだけってところで、私が野ばらに惹かれて七日間歌い続けちゃったもんで。


 「そなたに捧げ物の対価を渡さねばならんし、渡したら渡したで思わぬ拾い物ではあるし。そなたの歌やら色々に気を取られて、今年の新年まで妖精馬のことなぞすっかり忘れておったのじゃ」

 「おぉう……」

 「まあ、そんなわけでの。妾は約束を果たすために妖精馬を探さねばならん」


 長く溜め息を吐き出した姫君のお顔には、どこか疲れたような雰囲気が漂う。

 妖精馬というのは神様の力を持ってしても、見つけにくいくらい希少生物なんだろうか。

 レグルスくんと顔を見合わせると、姫君が重々しく頷く。


 「あやつらの気配は水辺でははっきり解るのじゃが、陸地だと単なる馬と変わらぬのじゃ。水を辿ってこの辺りまで追えたのも、妾が神だったゆえ。人間たちは無論、妖精と近しいエルフでさえ妖精馬の気配を掴むなど至難の技よ」

 「なんとまあ……」

 「捕まえて乗りこなせれば、あれほどの駿馬もあるまいよ。それゆえ艶陽も欲しがっているのじゃが……」


 余程気配を隠すのが上手いのか、菊乃井の辺りでぱたりと気配が途絶えて一年。地上の至るところに網を張っているが、さっぱり捕まらないのだとか。


 「大変ですねぇ」

 「まあ、のう……。神々の約束は果たされねばならぬもの。艶陽も痺れを切らして、せっついてきおるわ」

 「ははぁ……」


 妖精馬か。

 うちにはポニーしかいないけど、いつか良い馬をレグルスくんに買ってあげたいな。

 そのためにもお金貯めなきゃね、なんて。

 そんな会話がレグルスくんの頭の中には残ってたんだろう。


 「私たちじゃ見つけられないだろうけど、お手伝い出来ることがあったら頑張ろうね」

 「あい! れー、がんばりましゅ!」


 また「す」が言えなかったけど、おててを挙げて誓うひよこちゃんが可愛かったので、ふわふわの髪を混ぜ返しておくのだった。

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