第86話 スター、誕生

 サン=ジュストさんが国を棄てたのは、汚職を告発したら逆に冤罪をこうむったからだそうで。

 以前から音楽繋がりで仲良くしてたヴィクトルさんを頼って帝国に来たら、ド田舎の菊乃井領にすっこんでて物凄く驚いたそうだ。

 で、サン=ジュストさん……呼びにくいし本人が呼べっていうから名前呼びにするけど、ルイさんはそもそもから平民にも学問は必要で、啓蒙主義的な思想を抱いていたため、他の貴族から孤立していたそうな。

 あれだ、なんか人間には普遍的な理性と善性が備わってて……とかいうタイプなのかな。


 「んー、だとしたら多分相容れないですよ? 私は性悪説の信奉者だから」

 「性悪説……ですか?」

 「うん。人間が産まれてくるときに持っているのは本能だけで、優しさや理性は後の教育で身につけていくものだ。だから教育は大事ってやつ」


 生まれつき人間に優しさや思いやりがあるのなら、赤さんは夜泣きなんぞしないし、逆子もないだろうよ。

 優しさや理性は全て生まれ出でてからの経験や学習が育むもので、だからこそ人は死ぬまで学ばなきゃいけないんだ。


 「なるほど。だからこそそれを学ばせるために、領地に学問を敷くと」

 「なんでそんなに私を良い人にしたがるかな。私はやりたいことがあって、それをやるには領民の識字率を上げて、経済を回して、金銭と精神と時間に余裕を持てるくらいまで最低限領民皆の生活レベルを引き上げなきゃダメなの」

 「じゃないと、芸術が育たないもんね」

 「そういうこと」


 名君とか神童とか、そういうのは要らない。人間関係に余計なフィルターをかけると、それが違った時のダメージがお互いにひどいだけだ。

 「それでも良いなら雇いたい」の「それでもいい」くらいで、食いつき気味に「是非、配下にお加えください」って土下座せんばかりに言われて、なんだかなぁ。

 いや、でも、代官が出来る人材は是非欲しかったんだよね。

 父の息のかからない、けれど父が頷かざるを得ないほどのやり手が。

 だけど、それを父にどう売り込もうか。

 ロマノフ先生に頼むか。

 でも先生には母に会計監査人を付けてもらった。それは父も知ってるだろうから、ロマノフ先生の紹介では警戒するだろう。

 他に攻められるとしたら何処だ?

 と、悩んでいるとニヤニヤ笑うヴィクトルさんと目が合う。


 「若さま、ヴィクトルせんせいのあの顔は何かたくらんでるときのだから、ふつうに『お願い』した方がいいとおもう」

 「ちぇんちぇ、にぃに、こまってるの。おねがいちまつ!」


 頭をぶつけそうな勢いで下げたレグルスくんと、手を繋いでたせいで奏くんも頭を下げる。

 すると凄く嬉しそうな顔で、ヴィクトルさんがうんうん頷いた。


 「そうだよ、あーたん。何もそういう方面で使えるのはアリョーシャだけじゃないんだから! 僕だって帝国認定英雄だし、宮廷音楽家筆頭だよ。貴族社会ならアリョーシャより通じてるくらいなんだから、もうちょい頼りにして!」

 「あ、で、では、この件はお願いしても?」

 「勿論! あーたんのお父上のお世話になってる人くらい、僕の人脈で探せるよ。サン=ジュスト君のことはそこから推して貰うようにするからね」

 「ありがとうございます!」


 お礼を言うと、もれなく頬っぺたがもちられる。最近すっかりお肉が小削げたから、ちょっと痛い。

 上機嫌になったヴィクトルさんは、パンパンと手を打ち鳴らした。

 この件はこれで終わりらしく、置いてけぼりにされていたお嬢さん方と、さっきまで暗い顔してた青年三人組が、なんだかきりっとした表情でこちらを見る。


 「さて、あーたん。本題に入るよ」

 「ああ、はい。お嬢さん方のグループ名でしたっけ」

 「そうそう、なんか可愛い感じのが良いかな」


 可愛い感じ、ねぇ。

 だけど私が可愛いと思う「ポニ子さん」とか「タラちゃん」は、「ちょっとどうかと」って却下されちゃうんだよな。

 可愛い女の子アイドルなら、キラキラした感じを想像するんだけど。

 乙女、キラキラっていったら私には「ジェンヌ」しか浮かばないよ。

 そう言えば、お嬢さんを「ジェンヌ」って呼ぶ国には凄いヒロインがいたような。

 確か───


 「ラ・ピュセル……異世界の言葉で乙女を意味します。これは?」


 尋ねてみると、それぞれが咀嚼するように単語を口にする。

 そして、お嬢さん方が円陣を組んでぼしょぼしょ話し合うと、もう一度「えい、えい、おー!」と声をあげた。

 そしてステージから私やレグルスくん、奏くんに向かって。


 「元気溌剌、凛花です!」

 「いつも全力、シュネーです!」

 「頑張るあなたを癒したい、リュンヌです!」

 「ポニーテールは勇気の証、ステラです!」

 「清く優しく真面目に頑張ります、美空です!」


 腕を差し伸べるようにして並ぶと、自分の名前とキャッチコピーという辺り、本当にアイドルだ。

 そして全員で「私たち、菊乃井少女合唱団『ラ・ピュセル』です!」と声をあわせる。

 「俺」が見ていたテレビなら、彼女らの後ろから派手な光とかスモークが出そうな名乗りに、反射的にその場にいた全員が拍手していて。


 「いいね、これ印象に残ると思う!」

 「ヴィクトル先生、私たちこれで行きます!」

 「ありがとうございます、若様!」

 「頑張りますね!」

 「ありがとうございます……!」


 可愛いお嬢さん方がきゃっきゃうふふしてるのって、凄く良い。

 華やかな雰囲気に和んでいると、ロミオさんとティボルトさんとマキューシオさんが、きりっとした顔で私の前で片膝を突いた。


 「どうしました?」

 「……申し訳ありませんでした」

 「ふぁ?」


 頭を垂れて肩を震わせる姿に首を傾げる。なんか謝られるようなこと、あったっけ?


 「俺たちは自分が恥ずかしい……です」

 「俺たち、自分のことしか考えないで。あんな映像を見せられても、今の今まで俺たちが騙されたのは世間が悪いんだって、俺たちは悪くないって心の何処かで思ってたんだ」

 「でも、俺たちの半分も生きてない若様が、こんなに他人のこと考えて生きてるってのに……」

 「だから、私はそんな良い人じゃないってば」


 今回の三人組への対応は、いわば前例作りでもあるのだ。

 世界の何処かで彼らと同じく、意図せず大問題を起こした人も、問答無用で殺すのではなく反省を促し、必要な教育を施してその分領地へと返して貰えばいい。

 そんな前例を作っておけば、まかり間違って菊乃井の領民が外で今回のような事件を起こしても、命ばかりは助かるかも知れないから。

 そう説明すると、無精髭もそって清潔にしたことと、栄養が行き渡ったことで、それなり処か結構整った顔つきの三人が、更に精悍な表情を見せる。


 「ご恩に報いるためにも、武闘会で良い成績を残します!」

 「あんな若い女の子たちが頑張ってるんだ、俺たちだって!」

 「やりますよ、生まれ変わった俺たちを見てて下さい!」


 おぉう、何か知らんがやる気になって良かった。

 なら、私も頑張ろうか。多分ヴィクトルさんが私をここに連れて来たのって、そう言うことだろうし。


 「じゃあ、コンクールの時のラ・ピュセルの皆さんのステージ衣装と、武闘会のお三方の服は私が作りましょうね」

 「流石、あーたん。察しが良くて助かるよ」


 やっぱり。

 ニコニコと笑うヴィクトルさんに、「きゃー!」と歓声をあげるお嬢さんたち。

 三人組はまだ少し神妙に膝をついたままで、ぐっと拳を握る。それからまた口を開いた。


 「俺たちにも名前を下さい」

 「名前……ですか?」

 「パーティーの名前です。依頼を受けるとき、パーティーだとグループ名を名乗るから」

 「ああ……」


 ロミオさんの言葉にティボルトさんとマキューシオさんが頷く。

 彼らには駆け出し冒険者の星になって貰いたいし。


 「エストレージャではどうですか? 貴方がたにはこれから冒険者の星になって貰うので」

 「エストレージャ……」


 噛み締めるように呟いた三人の目には、強い光が宿っていた。

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