第87話 注意一秒、怪我一生っていうし
『初心者冒険者に贈る冒険の書は、凄く良いと思う。知り合いのギルドマスターにこの件を話したら、すっかり乗り気だ。なので、こっちにも一枚噛ませて欲しい。俺が出せるのは、見習いだけどドワーフの鍛冶屋が作った武器とアクセサリー。これと交換で、服一式をこっちに流してくれないか?』
渡された手紙は、次男坊さんからイゴール様を経て、氷輪様から私の元に。
神様にこう言うの頼むって不敬なんじゃないかと思いきや、氷輪様は『ついでだ』と首を振ってくれた。
街から帰った夜、早速採寸したお嬢さん方のデータを元に、デザイン画を描き起こしているところだったから、氷輪様の興味は手紙よりデザインの方に注がれている。
話していて少し感じた事だけど、氷輪様は舞台の話もお好きだけど、舞台装置や舞台衣装の話もお好きみたい。
なんとかって言う舞台の衣装はこんなで……ってお話をすると、細かいディテールを尋ねられたりする。
ラ・ピュセルのステージ衣装が気になってるのも、そんな理由かもしれない。
彼女たちには統一感があって、さりとてそれぞれの特徴のような衣装を誂えなければ。
それからエストレージャたちにも、統一感があって、彼らそれぞれの得物を活かせる服と防具を考えないといけない。
氷輪様が顎を一撫ですると、デザイン画を指差した。
『この娘たちは踊るのか?』
「え?」
『踊るのであれば、羽が生えているように見えればうけるのではないか?』
「ああ、いいかも!」
そうだ、彼女たちのイメージにあった薄布が、踊る度にヒラヒラしたら羽が生えているように見えて綺麗だろう。
それには色んな布がいるよね。
タラちゃんにも頑張って貰わなきゃ。
良いアイデアを貰ったからには、それを形に出来なくては職人の名折れ。いや、私職人じゃないけど。
基本のデザインは前世のアイドルさん達を参考に、こちらで奇抜だったり非常識にならないようなのを考えている。
例えばあまりに脚が出てるのは良くないから、スカートは膝丈。貴婦人はコルセットがマストだけど、締め方にも流儀があるから、慣れない人にはやらせちゃいけない、とか。
今回は歌って踊ってだからコルセットは着けない方向でとは思ってる。
スカートもペチコートやパニエを重ねて、ふわっと広がってボリュームのある構造にしたい。
アイドルは夢を見せるのもお仕事。
女の子がなりたいと思うお姫様を体現した存在でもあって欲しいから、衣装だけじゃなくお化粧や髪型も考えてセットしないと。
そしてそれはエストレージャの三人にも言えることだ。
冒険者は男の子の憧れ。
それはなにも成功すればお金持ちになれるからとかだけでなく、誰もが恐れる強い魔物を、剣や槍の一振、或いは魔術で倒せる強さや勇敢さにもあるのだろう。
けれど冒険者がそんな強さや勇敢さ、富や名誉だけでなく、優しさや教養も持ち合わせていたら、彼らに憧れる子供たちだって、それを得ようと思ってくれるかも知れない。
人は誰しも自分だけの目的を持って人生を歩む。だけど、そのはじめの一歩に確固たる
『それでお前はあの三人を拾ったのか』
「いえ、最初は本当に行き当たりばったりですよ。彼らがやる気になってくれたから、じゃあやって貰おうかな……と」
『そうか』
「はい。強くて勇敢な冒険者に、優しさや賢さが合わさったら『英雄』になれます。『英雄』はそれだけで夢を運ぶ。何せこの国でも流行りの演目は、英雄が冒険して美しい姫を助ける英雄譚ですもの」
『夢の裏側には現実があるが?』
「だから僅かでもハードルを下げるために、色々学んで欲しいんです」
白鳥は美しいけれど、その水面下ではバタバタと水を掻いている。
学ぶと言うことは、白鳥の水掻きとおなじことだ。
それに知っていて危ないことをするのと、知らないで危ないことをするのとでは、知っていてそれでもやる方が死なないですむ準備もしやすい。人間、なにを言っても命あっての物種、生きてるだけで丸儲けなのだ。
『つまりはあたら死なせぬためか』
「そうですね。言い方は良くないし、不謹慎ですけど、死体は経済を回せないし、富を得たとしても無意味だし、何より舞台を見ても感動も出来ないですから」
『……今日は毒が強いな』
「ああ、はい……いえ、そう言う風にピシャリと言って欲しかったので」
私の言葉に氷輪様が微妙な表情をする。
そりゃそうだ、私は別に厳しくあたられて喜ぶ趣味もなければ、誉められた方が木に登るタイプなんだし。
でも最近度が過ぎる。
知り合う人が大概誉めてくれるのは、凄く嬉しい。
でも、私がそもそも識字率を上げるために色々やろうと思ったのは、全て私がやりたいことのためだ。誰かのためじゃない。
識字率をあげるための構造や思惑を話せば、リアクションはそれぞれにしたって概ね好意的には接して貰える。それは協力体制にもつながるから有り難くはある。
あるんだけど、それで聖人君子か何かのように思われるのは違うんだよ。
このままちやほやされる事に慣れたら、反対する誰かを悪者に仕立てあげて攻撃しないとも限らない。
何せ私は一年ほど前まで、大人ですらガクブルさせるほどの癇癪持ちだったんだから。
最初の頃なんか、厨房に行く度に料理長ったら目茶苦茶緊張してて、凄く気の毒だったもん。
そもそもそんなに性格が良い筈ないんだよ。
だから私のそう言う部分を知ってて、尚且つ「そう言うこと言っちゃダメ」ってちゃんと注意してくれるひとに、これは言っちゃマズイだろって事をあえて言って注意してもらいたい訳で。
『確認作業か』
「はい。やっぱり言っちゃマズイだろうって思うことは言っちゃダメだし、こう言う言動もスルーして受け入れてしまうひとばかりを周りにおきはじめたら終わりだなって」
どうあったって豚は豚だし、その本質が変わるとは思えない。
あひるが白鳥になることもなければ、豚が豚以外の物になることはないのだから。
『……お前はもう少し鏡を見た方が良いかもしれんぞ』
「毎日見てますよ、ちょっとは痩せたけど……あんまり変わらない気がするんですよね」
『自分のことは自分が一番見えぬからな……』
そうかしら。
不思議なことを呟いて、氷輪様はそっと眼を細められた。
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