第85話 心置きなく推しに会うために

 「四の月の半ばから終わりにかけて、帝都では皇帝陛下の即位記念日を祝う催しが毎年開かれてるんだ。その催しの中に、武闘会と音楽コンクールがある。ロミたんたちには武闘会に、合唱団の子たちには音楽コンクールに出場してもらおうと思ってね」


 そんなのあるのか、初耳。

 そう思ってると、表情がロミオさんたち男性陣と、凛花さんたち女性陣でくっきり別れた。男性陣は暗く、女性陣は明るく。この明暗は一体なんだろう。

 と、凛花さんたち五人が円陣を組んだ。


 「やるよ、皆! 音楽コンクールで優勝して、菊乃井に沢山お客さんを呼ぶんだ! そしたら父さんや母さんたちに会いに行ける!」

 「うん、頑張る!」

 「弟や妹にもいい服着せたりご飯食べさせてあげたいしね!」

 「じゃあ、みんなで……」

 「えい、えい、おー!」


 「おー!」で腕を振り上げた女の子たちに、レグルスくんと奏くんも何だか腕を上げる。

 それぞれ皆事情持ちな様子にヴィクトルさんに視線を向けると、かたりとピアノから人影が近づいて来た。

 肩を竦めたヴィクトルさんの視線を追って、ピアノの方に目を向けると、整った顔立ちの、けれど甘さの欠片もない雰囲気を持った長身の男性がこちらに歩いて来るようで。


 「どちら様ですか?」


 ヴィクトルさんに誰何すると、私の目の前で男性は胸に手を当てお辞儀すると、跪ずいて視線をあわせてきた。


 「初めてお目もじ致します、閣下。小生はルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュストと申します」

 「ご丁寧にありがとうございます。でも閣下は必要ありません。私はまだ無位無官ですから。菊乃井鳳蝶です、その様子では知っているでしょうが……」

 「お話はかねがねショスタコーヴィッチ卿からお聞きしていました故」

 「そうですか。で、貴方が彼女たちの事情を私に説明してくださるので?」

 「はい」


 灰色の髪をさらりと揺らしたサン=ジュストさんが言うには、彼女たちは菊乃井の外の子たちで、奴隷商に連れられて男爵領に向かうところを、菊乃井のギルドが奴隷商を捕まえたことで、それが反故になったらしく働き口として菊乃井でアイドルをすることになったそうな。


 「奴隷商で捕まるって……もしかして無許可でしたか?」

 「左様です。許可を得ずに奴隷の売り買いをするような人間です。当然働き口も真っ当な所でなく、後ろ暗い趣味を持った連中の溜り場でした。そちらも憲兵の手入れが入ったようで、男爵としてはそやつらとの付き合いがあると知られるのは不味かったのか、『そんな奴隷商も取引もこちらは知らない。そちらでなんとかしてくれ』ということでしたので……」

 「なるほど。故郷に返してやりたいけれど、今返したところでまた売られるのが関の山ってとこなんですね。だからこちらで引き取ったと。」

 「ご明察です」

 「丁度あーたんが『気軽に会いに行ける歌い手さんとか役者さんがいて、その人を贔屓してお金を落としたら、応援してる子が握手してくれたり労ってくれたりするって一石二鳥狙えませんか?』とか言ってたから、試してみようかと思ったんだよ。なるほど芸術家を育てるにはお金がいるし、応援されれば芸術家は育つ。一石二鳥だし、応えて貰えばパトロンとしても嬉しい。更にいえば『彼女は俺たちが育てたんだ!』って誇りが次の芸術家を育てさせる動機になるよね」


 そう、私が狙いたかったのは集団パトロン化なんだよ。

 役者や歌手を育てるのは莫大なお金がかかる。だから芸術家を抱えるのはお金持ちのステータスなんだけど、それを庶民レベルでやろうと思うと個人でなく集団化させたらいい。

 なおかつ対象が会いに行けて、言葉を交わせるとなれば余計に親しみも湧く。そうなると一線を越えようとしてくるものもあるだろうけど、集団の利点は互いに抜け駆けを許さない監視体制を自然に敷いてくれるところだ。

 それでも力ずくでどうにか企むものには、彼女たちに持たせた魔具がそれを阻んでくれる仕組みになっている。

 と、まあ、仕組みとか枠組みの話をしただけで、正直こんなに直ぐに実行に移されるとか思ってなかった。エルフの行動力恐るべし。


 「それで、彼女たちの家族は?」

 「一応、全員無事。その奴隷商、口入れ屋だって嘘ついて親に彼女達を売らせたみたいだよ。帝都の大きなお店の売り子やお針子に斡旋するって言って。契約書も調べたけど、契約に偽りありって訴えてもどうにもならないように、きちんと奴隷として売る体裁を作ってた。字が読めないのを利用されたんだね」

 「あー……せめて識字率だけでも早急にあげないと」


 菊乃井でもきっと同じ事が起こってるだろう。

 経済を回して富の再配分と識字率の向上を同時にって、どうやれば良いんだ。つか、富の量と行方が手元に来ないのが、本当に痛い。


 「ああ、もう! 権力が足りない!」

 「手が足りない、じゃなくて?」

 「『正しいことをするには偉くならなくてはいけない』ってのは真理です。権限と財力のないものに人は従わない。ごり押しでも領主が『勉強しろ』って言えば領民はそうするし、勉強のための時間を捻出するための費用を出すには財力がいる。それを総合して私は権力と呼びます。まあ、ごり押しは正しいとは言わないんだろうけど」


 頭が痛いな。

 大人になったらちょっとは権限が降りてきたりするんだろうか。

 そう考えて、「無いな」と自答する。

 あの二人のことだ。菊乃井が不良債権でなく、金のなる木だと解れば、骨の髄まで搾ろうとするかも知れない。

 その点で私はあの二人に全く良心を期待してないって言うか、最低限の信用もないんだよ。なんせ心暖まらない関係だから。

 第一、そこまで生きてないだろうし。

 最近忘れがちだけど、私早死にするんだよ。何がどうしてそうなるか、全く見当もつかないけど、あれがどうしても必要でレグルスくんの血肉になるなら、私としては別に避ける気はなくて。

 でも死んだ時に菊乃井が貧乏だと色々困るだろうし、姫君とのお約束も果たしたいし。

 ダメだ、やらなきゃいけないことが多すぎて、八方塞がりになってる。

 「ひとつ、お伺いしても?」と、サン=ジュストさんから声がかかって、沈みかけていた思考の海から踵を返す。


 「何故それほどまでに学問を敷こうとなさるのです? こう言ってはなんですが、被支配階級に知識などつけては反乱を招く危険もあるでしょうに」

 「人間、学問したって現状に不満がなければ、革命なんぞ労力と金のいることを、そうそう簡単には起こさんもんですよ」

 「つまり、善政を敷いていれば反乱などない……と?」

 「そうじゃない。領民達も政に参加して貰うんです。学問した、政治の仕組みが解った。なら次は参加する。その参加した結果で良くも悪くもなるなら、そりゃ参加した側の自己責任でもあるって言えるでしょ?」

 「領民を政治に参加させる……」

 「そう。領主ってね、忙しいんですよ。あれもこれも全部やんなきゃいけない。細部まで目配りも気配りもしなきゃいけないのに、物理的にも時間的にも絶対無理。その無理を解消するために集落ごとに代表者を出してもらって、話合いをしたいんです」


 集落の代表者は恐らく自分達の良いように運ぶよう、弁舌の立つものを選ぶだろう。しかし、それだけじゃ駄目だ。

 いかに自分たちに有利な立場を確保するか。

 そういうことを考えるには知識も知恵も必要で、かと言って狡猾なだけでもいけない。

 真に政治力に長けるものは、性格は悪くとも守るべきは守る。

 ようは優秀な政治家を集落ごとに選出して、中央、つまり領主の元に送り出して貰おうってわけ。

 そんで領主は各々の意見を聞きつつ、どこの集落も贔屓しない公正な判断を下す。

 これだけでも大分領主の仕事は楽になるんだよね。

 だけどその優秀な政治家を選出するには、選ぶ側も知識や知恵が必要だから、それを身に付けさせる。

 ええ、ミュージカル見たいだけだけど、副産物として領主の仕事もちょっとは楽になるんですよ!

 これなら私が死んだ時に、レグルスくんと仲が悪くなってても、識字率の向上を推し進めてくれるんじゃないかしら……なーんてね。

 私とサン=ジュストさんとのやり取りを聞いていたのか、カフェがいつの間にか静まり返っていた。

 すっと、サン=ジュストさんが、視線をヴィクトルさんに移す。


 「ショスタコーヴィッチ卿、話が違う」

 「なにが?」

 「この方の中には既に議会制の萌芽がある」

 「あー……それねぇ。僕もあーたんがそこまで考えてたとか、今初めて聞いたよ」

 「ああ、そうですね……。いや、最近忙しくて、どうやったらちょっとは忙しくなくなるのかなって思ったら浮かんだって言うか?」

 「話し合いって迂遠だけどね」

 「でも内乱起こされたりするより、遥かに人的にも物的にも消耗しないでしょ? 壊すのは一瞬だけど、戻すには倍以上の色々がかかりますから」


 肩を竦めて見せると、ヴィクトルさんが「確かに」と頷く。

 戦争とか、確かに一時的には特需とかで儲かるんだけど、終わった後の処理費用と損害を比べればマイナスになるもんなんだよ。特に人的資源の方は。

 まあ、そこまで大きな話ではないけど、争うより妥協点を見つける方が遺恨に繋がらなくて良い。

 しかし、私を知ってるヴィクトルさんは、にやっと笑う。


 「で、その心は?」

 「私だってレグルスくんや奏くんと遊ぶ時間が欲しいし、合唱団のコンサートを聞きにきたい! お休み欲しい! でもうちの両親に甘い汁吸わせるのは、絶対嫌!」

 「だよねー!」


 ケラケラ笑うヴィクトルさんと私の間で唖然としながら、サン=ジュストさんが視線をさ迷わせる。

 しかし、なにかを飲み込んで、今度は騎士が王に跪くように頭を垂れた。


 「そういうことでしたら、私はお力になれるかと」

 「どういうことです?」

 「私は北に位置するルマーニュ王国で財務省に勤めておりました。訳あって国を棄てた身ですが、能力は王国でも屈指と自負しております。私をどうかお使いください、我が君」

 「サン=ジュスト君の能力は僕も保証するよ」


 何か知らんけど、人材が向こうからネギ背負って来たよ?

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