第69話 新年の話をしても笑う鬼はいない

 昔、日本では誕生日を祝うと言う風習はなく、皆等しく一月一日をもって一つ年を取る換算だった。

 ひるがえって、麒凰帝国も同じらしく、子供にとっては新年パーティーと誕生日会は同義らしい。


 「若様がそう言ったことをご存じないのは……その……」

 「新年パーティーも誕生日会もやらなかったからですね」


 温めたミルクに蜂蜜を垂らして貰ったハニーミルクは、熱さも甘さも丁度良く調整されている。

 雪遊びで冷えた身体がゆったりと暖かくなるのに、室内の雰囲気はどんより暗い。

 特に、大人の皆さんが。


 「その……旦那様と奥様は、毎年帝都の宮殿で行われる新年パーティーに参加なさいますし、若様の誕生日会も『必要なし』と言い付けられておりまして……」

 「まあ、そうですよねぇ」


 雇われてる身分で雇用主、それも権力者に逆らえる訳がない。

 だいたい新年なんだから雇用主のこどもの誕生日会やるより、田舎に帰って家族と団欒したいだろう。そう言えば、と聞いてみることにした。


 「そんなことより、皆さん、新年の休みとかは……?」

 「こちらに勤めているものは、源三さんを除いて帰る家は御座いませんので」

 「ああ、そうなんですか……。じゃあ、パーティーも出来なくてさぞや詰まらなかったですよね」

 「いえ、そのようなことは……」


 全くうちの親と来たら。

 こんな辺境の田舎街なんだから、福利厚生くらいちゃんとすれば良いのに。

 今年と言うか来年はパーティーしないまでも、ワインくらい振る舞おう。

 決めるとレグルスくんと目があった。


 「えぇっと、レグルスくんの誕生日会はしましょうか」

 「え、で、でも……」

 「やっぱり喪に服すんだからパーティーはダメかな? でも、レグルスくんのお家は毎年やってたんでしょ?」

 「はい、それは……。今年も新年にはまだ奥様もお元気で、旦那様もお城から戻られたら、レグルス様にプレゼントを渡されて……」


 恐縮しきりな宇都宮さんが、懐かしそうにレグルスくんのお宅の様子を教えてくれる。絵に描いたような幸せな家庭だったんだな。

 なのに今年はお母様はいないし、父上もいないなんて。人間て本当に解らないもんだ。

 ふわふわのレグルスくんの髪を撫でると、視界の端でロッテンマイヤーさんが肩を震わせていて。


 「若様が、病で明日をも知れぬと何度も早馬を飛ばしていた時にですか!?」


 あ。

 そうか、私は去年の終わりから今年の始めにかけて、死にかけてたんだっけか。

 怒りの混じる悲鳴に、びくりとレグルスくんが怯え、宇都宮さんの顔が青を通り越して白くなる。

 「無神経なことを申しました!」と、腰を深く折って頭を下げる宇都宮さんに、ひらひらと手を振った。


 「まあまあ、顔を上げて宇都宮さん。ロッテンマイヤーさんも落ち着いて」

 「申し訳ありません……っ……」

 「ロッテンマイヤーさんが怒ってくれるのは嬉しいけど、私はもうあの人たちのために感情を動かしたりしたくない。そう言うことをするとね、自分が本当に嫌な人間になった気になるから」

 「……若様が、そう仰るのでしたら」


 にっと口の端を上げると、ロッテンマイヤーさんもぎこちないけど笑ってくれた。

 するとちょっとどんよりした部屋の空気が軽くなる。

 で、問題はレグルスくんのパーティーなんだよ。

 こういう場合は大人、それも世間を知ってる人に聞いてみるべきだろう。そんな訳で私はエルフ三人衆に顔を向けた。


 「私は新年パーティーも誕生日もやって良いと思うんだけど、この場合やっぱり喪に服すべきなんですかねぇ?」

 「うーん、どうなのかなぁ」

 「皇帝陛下が崩御なさった年も、新年パーティーは控えめになりましたが、それでもやってましたからねぇ」

 「ボクが家庭教師をやってた家では、ちょっと控えめにしてたけど、パーティーを全くやらないってことはなかったよ」

 「そうなんですか」


 なるほど、パーティー自体を止めることはないらしい。しかし、奏くんがぶんぶんと首を横に振った。


 「俺のうちは、ばあちゃんが亡くなった時は、パーティーやらなかったぞ」

 「帝都のお屋敷もそうでしたから、宇都宮、てっきりこちらもそうなのかと」


 相反する二つの証言に、ふむっと顎を擦る。つまり、これは家によって違う類いのものなんじゃ?

 だとしたら、この家は私の好きにしたら良いんじゃないだろうか。


 「えぇっと、じゃあ、パーティーもレグルスくんの誕生日会もやります。今年はそれで行きましょう」


 やるなって言われてるのは私の誕生日だし、レグルスくんのは良いだろう。

 後はパーティーのやり方だけど、その辺りは良く解らない。解らないことは丸投げしていいって姫君から言われてる。だからここは丸投げしておこう。


 「ロッテンマイヤーさん、私はパーティーの仕様とか解らないので、その辺はお任せしますね。でもなるだけ屋敷にいる人たち、皆が参加出来るように組み立てて貰えれば嬉しいです」

 「承知致しました」


 美しいカーテシーをして、ロッテンマイヤーさんはパーティーの準備を引き受けてくれた。

 さて、またちょっと忙しくなるかな。

 何せ誕生日プレゼントを作らなくては。

 話し合いの後昼食を食べて、少し魔術のお勉強をしてから、今日のところは解散。

 それからは私もレグルスくんも自由時間になって。

 雪遊びで思いの外体力を使ったのか、レグルスくんはお昼寝、私は誕生日プレゼントの製作に取りかかった。

 何せ後1ヶ月くらいしか時間がないのだ。

 準備するものはリボンと厚紙、レースに布、ビーズ、綿、接着剤に針と糸。

 姫君から貰った二種類の布の切れ端があるし、リボンは帝都におのぼりさんした時に買い込んだ。ビーズも接着剤も、貯蔵は沢山だ。

 これで何を作るかって言うと、勲章みたいなブローチ、その名もロゼット。

 リボンをプリーツを作りながら輪っかになるよう縫い付けて、土台に張り付けて真ん中にくるみ鈕やビーズを飾り、後ろからリボンを尻尾のように垂らして出来上がり。だけどそれじゃ素っ気ないから、飾緒をつけたり金鎖をつけたりするの。

 ちまちまと夕食までに、真ん中につけるくるみ鈕を、厚紙と綿と布を使って作る。

 夕食が終わったら、今度はテールと呼ばれる飾りをリボンとレースで作り始めた。

 すると、蛍が閉まっている筈のガラス窓から入って来て。


 『それはなんだ?』


 ゆらりと軍服を来た、性別を超越した美しい神様ひとが、不思議そうにロゼットの部品をつまみ上げる。

 神様はみな、人間のすることに興味津々らしい。

 やっぱりイメージが安定しない氷輪様から部品を受けとる。


 「誕生日プレゼントですよ」

 『誕生日……か』

 「はい。あ、そうだ、ちょっと教えて頂きたいんですが」


 喪に服す時はパーティーをしない方がいいのかどうか。

 死に纏わることは、それを司る方に聞くのが一番だろう。

 すると、氷輪様は詰まらなそうに、首を否定系に動かした。


 『弔いは死者のためでなく、生者のための儀式だ。だから生者が喪に服すために、賑やかな催しを慎むのも、死者が賑やかなことが好きだったからとかえって賑やかにするのも、生きている者の自由。何故なら決める権利を持つのは生者だからだ』

 「うーん、じゃあ、気持ちの持ちようってやつなんですね」

 『究極を言えばな』

 「なるほど」

 『それより、それをもう少し見せてくれ』


 そう言うと、白い手がロゼットに伸びる。

 なんかあれだ。神様は意外に好奇心が旺盛なようだ。

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