第70話 需要と供給の釣り合いとは
冬の菊乃井は雪深い。
だから動物たちは地熱を利用した温室のようなもので飼育し、作物は雪室で熟成しながら保管する。
当然、屋敷もそのシステムになっていて、養鶏舎は結構暖かいし、源三さんと運びいれた白菜はお鍋になるまで雪室で保管。
去年は一人でしていた作業が、今年は戦力になるかは兎も角、私やレグルスくん、奏くんにエルフ三人衆が加わって、かなり賑やかだ。
夜は月が半分まで見えている日には、一時間ほど氷輪様とお話をしている。
アラビアンナイトみたいに、毎日毎日シンデレラやら白雪姫やら、童話を中心にお話してるけど、それはそれで面白いらしい。
一時間ほどなのは、以前に夜更かしして風邪を引いた反省から、氷輪様がそのくらいになるとすっと帰られるのだ。
誕生日のプレゼント用のロゼットも、何とか新年までに完成しそう。
そんな時、帝都から一通の手紙が届いた。
差出人は父、用件は新年のパーティーをするから帝都に戻って来なさいとのことで。
宇都宮さんがその手紙に、物凄くしょっぱい顔をした。
「……言っちゃいけないとは思うんですが、旦那様はどうしてこう、レグルス様の事を考えているようで斜め下なんでしょう」
「あー……なんでしょうね」
「私とレグルス様だけで、帝都まで馬車で十日の道程なんて、危ないと思われないんでしょうか?」
「それはほら、こちらで護衛の手配をすると思っておられるのでは……」
「こちらの奥様が、ですか?」
「う……!」
ないわー、それはないわー。寧ろ「貴方がこちらにいらっしゃれば?」とか突き放すだろうよ。
因みに、父の産業誘致やら有能な代官の任命は、遅々として進んでない。つまり、こちらには顔を出せないってことだろう。
だからって小さな子だけで馬車の旅なんて。
こういうときは相談するに限る。それも父を、ぐうの音も出ないほどこてんぱんに出来るだろうひとに。
そんな訳で、お勉強の時間にロマノフ先生に、父から宇都宮さんに来た手紙を見てもらうと、すぐにその綺麗な柳眉が跳ね上がった。
「……私、明日はちょっと帝都に用事で出向くので、お父上にお断り申し上げて来ましょう」
「お願いできますか?」
「勿論です。と言うか、鳳蝶くんのお父上でもある方ですから、余り悪くは言いたくありませんが、
あの人、私の父親だって自覚はない気がする。多分自分の息子を人質に取って、理不尽な借金させた相手くらいの認識だろうな。それは多分母も一緒だろう。いや、母はもっと気持ち悪く思ってるだろうな。自分を痛め付けて出てきた憎い物体が、得体の知れない悪魔だったみたいになってる感じとか。
だって私も二人を知らないけど、二人だって私を知らない。
癇癪ばっかり起こしてたのが、ある日突然大人みたいに小賢しくも取引を持ちかけて来たんだから。
しかし、悪魔祓いは回復して暫くした後に受けたし、旅のお爺ちゃん司祭様は「悪魔なんぞ憑いとらん」って一蹴して証明書もくれたからね。
とりあえず、そっち方面は無罪放免。韻を踏んだらラップみたいだ、ヘイホー!
それはそうとして、菊乃井の置かれてる状況は、菊乃井だけを見ればいいけれど、周辺を含めてみればそれほど良いわけではないらしい。
ロマノフ先生の授業が始まる。
「今年の始めに比べて、菊乃井の景気は上昇傾向にあります。冒険者がお金を落として行きやすくなったことと、そのお陰で地域にお金が廻りだしたのが原因ですね」
「えぇっと、はい。宿屋さんや料理屋さんでは、私のレシピを使用する条件に、地元の農家が育てた野菜や穀物、家畜を使用することを指定してますから」
地産地消を心掛ければ、他所に経済を握られる心配が減るし、地元で経済を廻せる。
最終的にはこの条件は撤廃するとしても、食物自給率は下げないようにしたい。
先ずは地元のWinWinを優先したんだけど、これもいずれは他所にも回していかないと。
で、その他所の土地なんだけど、菊乃井領は天領ととある公爵家とその親類の男爵家の領地と隣接している。
天領は皇帝直轄領で、ここでは上質な絹や綿が取れて、紅花の栽培なんかもしているそうだ。特に問題なし。
公爵家も領地経営に才覚のある当主が何代も続いていて、当代では未来の皇妃候補を擁立できそうな勢いなのだとか。こちらも特に無問題。
しかし男爵家。
「こちらは菊乃井の好景気の煽りをまともに食らう側なんですが……」
「冒険者用の歓楽街に力を入れてたんでしたっけ?」
菊乃井のダンジョンで儲けたお金は、少し前まで菊乃井で落とされず、隣の男爵領に運ばれ、その歓楽街で消費されていた。
だって菊乃井さん、税金お高いし、地味だし、何にも特産ないし。
そのないない尽くしだった菊乃井領が変わって、税金は安くなったし、多少珍しくて土産話にもなる美味しい料理を出す宿屋や料理屋もでき、歓楽街こそ地味ではあるけれど、そこそこ楽しめるようになった。
歓楽街が多少楽しめるようになったのは、ヴィクトルさんに「姫君からお伺いしたんですが、大人の行くお店でもミュージカルみたいなことするんですって」って前世でキャバレーやクラブと呼ばれていた場所のことを話したからで、これをヴィクトルさんはローランさんに耳打ちしたそうな。
キャバレーって言っても、私の言ってるのは大道芸や流しの歌手がショーをする形式ので、決してお姉さんたちにボディタッチを含む性的なサービスを許容するお店ではない。
もっと言えば、可愛いお嬢さん達が歌って踊って手を振ってくれたり握手してくれたりお話してくれる、ご当地アイドルや地下アイドルの専用劇場で、ちょっとだけお酒や軽食も楽しめますって感じ。
なお、女性の冒険者にも男性や男装の美人がホストを勤めるキャバレーがあるそうだ。それはホストクラブっていうんだろうか。
閑話休題。
ダンジョンは移動することなく、ずっと菊乃井にある。
なら、わざわざ隣の街に、山を越えてまで行かなくても良いじゃないか。
と、まあ、こんな。
「まだ大々的な打撃を受けるには至っていませんが、菊乃井を訪れる冒険者の数は増加傾向にあります。反面、男爵領への流出は減っていて、男爵領にある街道筋での賊の出現も増えてきています。現行、菊乃井の治安問題はギルドマスターが、心ある冒険者に依頼として見回り等を発注してますし、自警団や衛兵たちの存在でどうにかなっていますが、色々と影響も出るでしょう」
「治安悪化も時間の問題……ですか」
「まあ、私たちも時間があれば街をうろついているので、それも抑止力にはなっているかと」
「重ね重ねありがとうございます。本来は領主の務めですのに」
領内に領主の目があることを徹底して周知させるのは、犯罪の抑止に繋がる。本来、そう言ったことを考えて、実行するのは領主である父か母のすべきこと。これは両親が、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんにお願いすべき立場でもあるのだ。
帝国は女性領主が他の国よりは多いらしいけど、やっぱり男尊女卑の傾向にあって女性は領主になるより、領主に向く男性を婿にすべく教育を受ける。だから母が領地経営に興味がないのは、伯爵令嬢或いは婦人としては間違った態度とも言い難い。
それなら領地経営の代行者である父はどうかと言えば、推して知るべし。貧乏貴族の嫡男でもない息子に領地経営の知識を植え付けてくれる親はまずいないだろう。
あるぇ?
「あのぉ……私、思うんですけど」
「なんでしょう?」
「うちの両親、私を教育しようにも、自分たちが領地経営の知識不足で教育出来なかったんじゃ……?」
「だから私たち家庭教師に需要が生まれるんですよ」
わぉ、ロマノフ先生の笑顔が、凄く黒い!
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