第62話 なぜなに期のこどもは無敵

 思いがけず重たい話になったけど、要は不用意に敵を作らないように心がけつつ、うちが矢面に立たされるような状況にならねば良いわけで。

 姫君から頂いた素敵な素材を前に、私の心はすっごく浮き立っていた。

 いやぁ、布なのに星みたいにキラキラしてるの。

 光の当たり具合では、ダイアモンドもかくやってぐらい光ってる。

 これはあれよ。

 私、是非に作ってみたいものがあるんだよね。

 それは前世で見たミュージカルのヒロインが着けてた髪飾り、その名も「シシィの星シシィ・スター」ですよ!

 五芒星を二つ重ねた十芒星で、スワロフスキーとかで飾られたキラキラした二十七個の髪飾りなんだけど、つまみ細工でもこの布ならなんとかなるかな?

 でも今回は作るだけじゃ駄目。

 作りながら手技を文章化して、品物と一緒にマニュアルみたいな物を、陛下に提出出来るようにしなきゃ。

 そんな訳で、今回は特別ゲストをお招き致しました!

 まず一人目、ロッテンマイヤーさん!

 文章作業は慣れてるから。

 二人目、当屋敷のお針子さんのエリーゼ!

 つまみ細工を菊乃井で一番最初に覚えてもらうのは、お針子を勤める彼女と決めたから。

 それから、材料の一つ、光る魔石を提供してくれたスポンサー、ラーラさん!

 他、つまみ細工技術に興味津々のエルフさんお二人!

 そして私の癒し、ひよこちゃん!


 「れー、ひよこちゃんなの?」

 「姫君がひよこちゃんって言ってたからね。ラーラさんもそう呼ぶし」

 「にぃに、ひよこちゃんすき?」

 「好きだよ。ふわふわしてて可愛いよね」


 ちょっと不服そうに唇を尖らせたけれど、可愛いから良いじゃん。

 トレードマークのふわふわ金髪を撫でると、「うふふ」って笑ってるから、機嫌は悪くないようだ。


 「鳳蝶君、ロッテンマイヤーさんやエリーゼさんは兎も角、ラーラに比べて私たちの紹介が雑なような」

 「そんなことないですよ」

 「あーたん、見せてってしつこく食い下がったの、実は怒ってる?」

 「いいえ、全然」


 もうさぁ、つまみ細工作りながら解説したり、ひとに教えたりって、凄く集中しなきゃ無理だと思うんですよぉ。

 なのにエルフのお二人さんと来たら「あれはなに?」「これはなに?」って、道具を揃える時点から、色々口出しするんだもん。

 つか、誰向け紹介かって?

 エリーゼにですよ。


 「ふぁぁぁ、エルフ様方がぁ、こんなに近くにいらっしゃるぅ」

 「数ヵ月前から一人は一つ屋根の下で暮らしてたじゃないですか」

 「でもぉ、こんなにお近くでお話しするってぇ、中々ありませんよぉ」


 まあ、確かに。

 妙に間延びしたような話し方をするエリーゼだけど、仕事はめっちゃ早いんだよね。刺繍とか、同世代のお針子さんよりかなり早いらしい。

 情報ソースは宇都宮さん。

 なんでも、裁縫は暮らしていた村では一番の腕前だったとか。

 相対的に器用で、ミサンガの編みかたを教えたら直ぐに覚えてくれた。だからつまみ細工の技術を覚えて貰おうと思ったんだよね。

 細かい作業をするわりに、今回は結構場所を取るので、作業は大きなテーブルのある食堂で。

 今回、奏くんは弟くんの世話をご両親から頼まれたとかで、不参加だ。


 「さて、つまみ細工ですが基本はデザインを決めるところから始まります」

 「作る形をぉ先にぃ決めておくってことですねぇ」

 「そうです。剣つまみが必要か、丸つまみが必要かで、布のつまみ方が変わって来ますから」


 今回は二十七個で一セットにするために、一つ一つはかなり小さな物でないといけない。

 サイズ・デザインが決まれば、それ用の布を裁つのだけれど、キラキラした布に鋏を入れるのは、少し勿体ない気もする。

 前世で表現するなら五百円玉サイズくらいで、豪華に見えても軽くなるように作らなければ。

 極小サイズの正方形に断った布を、剣つまみとして折り畳んで、接着する。因みにこの作業は全てピンセット。それを何度も繰り返せば、時間もかなり使ってしまう。

 どうしようか。

 考えていると、好奇心一杯の六つの眼がじっと見ていた。


 「まんまるちゃん、それ、乾かすのかい?」

 「そうですよ。乾かしてから土台に一段目を貼って、また乾かす。それからまた次の段をやります」

 「普通にしてると、時間かかっちゃうよねぇ?」

 「かかりますねぇ」

 「魔術で乾かしませんか?」

 「やりたいんですね?」


 問えば、力一杯頷かれた。

 それなら遠慮なく手伝って貰うことにして、生地が傷まない程度に乾かして貰う。

 「私達エルフは~」とロマノフ先生の言うことには、エルフさんの祖先は妖精さんだったそうで。

 更にそのまたご先祖様は精霊だから、その繋がりか何かで、精霊が好むものは大抵好きなのだそうな。

 つまり、キラキラしたものとか綺麗な物。魔力が通ってたら尚良し。

 で、神様から貰った布、精霊が好む「青の手」を保持した作り手、それが作る綺麗な細工なんて、猫の鼻先にマタタビを吊るしたようなものらしい。

 以前ロマノフ先生とヴィクトルさんの前で折り紙を披露したけど、あれはかなり気に入ってた反応だったのね。

 兎も角、乾かして貰ってる間に、エリーゼと手技、ロッテンマイヤーさんと書いてもらった文章の確認をする。

 エリーゼは元々器用なだけに、やり方をきちんと確認すると、丸も剣も上手く折り畳めていて、ロッテンマイヤーさんの文章もそれ通りにやれば、初心者でも何とかなりそうなレベルの細かい説明がなされていた。

 花弁が乾けばまた一段ずつピンセットで組んでいく。

 この作業には本当に集中力を要するんだけど、にゅっとエルフ男性が二人、手元を覗き込んできた。

 お陰で影が出来て、手元が見にくいったら。

 イラっとしたのを悟ったのか、ロッテンマイヤーさんが眉を落として二人を遠ざけようとしてくれたけど、その前に。


 「いい大人が美しくない行動は慎んで欲しいな」

 「うぐっ」

 「げふっ」


 エルフお二人様の襟首を後ろからラーラさんが締めたようで、蛙を潰したような声で引きずられていく。


 「ありがとうございます」

 「スポンサーだからね、これくらいは手伝わせて貰うよ」


 投げキス飛ばすし。

 余りの格好良さに、同じく作業しながら事の成り行きを見ていたエリーゼの目がうっとりとする。


 「はぁぁ、ラーラ様お素敵ですぅ」

 「同感です」

 「ロマノフ様もぉ、ヴィクトル様もぉ、そりゃあお美しくていらっしゃいますがぁラーラ様はぁもう!」


 そう。

 エルフ三人衆は半端なくお美しくていらっしゃるんだけど、系統が違うんだよね。

 分けると、綺麗系がロマノフ先生、可愛い系がヴィクトルさん、カッコいい系がラーラさん。

 レグルスくんは将来ラーラさん系の美形、宇都宮さんはヴィクトルさん系かしら。

 この屋敷、何気に美形率高いわ。

 エリーゼもふわふわ栗毛のビスクドールみたいな可憐な女の子だし。

 ちくせう、白豚は私だけかよ。

 気付いてしまった残酷な真実に、遠い目になりながら作業を続ける。

 するとまた、うごうごとエルフ男性お二人さんが、作業を覗こうと蠢く。私に近づくとラーラさんが怖いからか、今度はエリーゼに。

 それにつられてか、大人しくしていたレグルス君まで動き出したが。


 「ちぇんちぇたちはぁ、じゃましちゃめーよっていわれたでしょぉ。なんでじゃまするのぉ?」

 「おや、レグルスくん。心外ですね、邪魔なんかしてないですよ」

 「そうだよ、れーたん。ちょっと見るだけだから」

 「さっき、らーらちぇんちぇ、めっいってたよ? どちて?」

 「だから、邪魔なんかしないよ?」

 「じゃあ、なんでじゃましたっていわれてるのぉ?」

 「それはですねぇ……」

 「どちてぇ?」


 おぉう、幼児特有の「なんで?」「どうして?」攻撃が炸裂だ。

 その隙に作業を進める。

 解説も平行して、最終段階へ。

 花弁の真ん中には光る魔石をおく。この魔石は、ラーラ曰く「身につけた時の感情次第で色が変わるけれど、それだけのこと」と言うもので、何にも使えないからマジックバックの隅っこに入れたままにしておいたものだそうだ。

 丁寧に接着剤を置いて、そこに魔石を乗せていく。それは言わば作業のフィナーレで。

 ついつい、作ってるものが「シシィの星」だから、菫の園でやる階段降りのフィナーレを思い出して、歌を口ずさむ。

 人類の有る限り、永遠に歴史に残る美しいオーストリア皇妃を讃える歌詞に、続いてハンガリー語で『万歳』を意味する「エーヤン」という言葉が連なるんだよね。

 息継ぎをする間に、ヴィクトルさんが拍手する。


 「それ、妃殿下に歌ってあげなよ」

 「うん? なんでです?」

 「えー……? 妃殿下のお名前で即興のお歌作ったんでしょ?」

 「……妃殿下のお名前?」


 妃殿下って「エリザベート」と仰るの?

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