第63話 一欠片の愛

 オーストリア皇妃・エリザベートの生涯を描いたそのミュージカル。

 主軸はエリザベートの自由を求めた一生だが、その生には常に黄泉の帝王の影があり、帝王は彼女を深く愛していた……と言うストーリーなのだけれど、演じるのが菫の園の役者さんたちだと、この黄泉の帝王とエリザベートの愛と憎しみと恋に重きが置かれる。

 楽曲はほぼ同じだけれど、解釈が違うと話の広がりが違うのだ。

 『俺』は菫の園版しか、実は知らない。


 「えーっと、つまり、今のはそのミュージカルのフィナーレに使われた曲ってこと?」

 「そう言うことです」

 「ふーん、歌を覚えちゃうくらいその映像を沢山見せて貰えたんだね。羨ましいなぁ」

 「えー……あー……う、歌を覚えてお聞かせするように言われましたので」

 「ご自身であちらの映像を見られるのに、ですか?」

 「そ、それは……こちらで再現するときに、知ってないと再現出来ないじゃないですか」

 「ああ、そうか。まんまるちゃんは、音楽学校を作って、ミュージカルを上演する使命があるからか」


 危ない。超危なかった。

 もう、なんか、ほんと、あんな嘘吐くんじゃなかったよ。

 素直に記憶があるんですって言ってたほうが、こんなに誤魔化すのに苦労しなかったんじゃないかな。自分の浅はかさが嫌になる。


 「何にせよ、あーたんの作ったものに強固な付与魔術が着いてる理由は解ったかな」

 「そうですね。歌が詠唱と同じ効果を持つなら、あり得ることでしたが……ちょっと盲点でしたね」


 背後でロマノフ先生とヴィクトルさんが、何か言ってる。

 そう言えば、私が作った物には何かしら強化系の魔術がつくらしい。じゃあ、ここ「シシィの星」には何がついてるんだろう。

 しげしげと出来たばかりのつまみ細工を眺めるヴィクトルさんに、鑑定をお願いしてみた。


 「えぇっとね……、【状態異常無効】に、【疑似不老不死】、【絶対防御】……他にもなんか美容に良い感じの効果がついてる……みたい」

 「思ってたより凄絶ですね」

 「これは不味いよ」


 ヴィクトルさんによれば、もともと神様から貰った布だから【状態異常無効】と【防御力上昇】、【魔力上昇】や【常時回復(大)】とかは着いていたそうだ。

 しかしそれに手が加わり、私が作りながら歌ってたせいで、更にその効果が強化されてしまったらしい。


 「たとえ致命傷に近くても、瞬時に癒えるほどの回復効果とそれに伴う代謝で【疑似不老不死】に、物理防御力上昇に魔力上昇を合わせて強固にしたら【絶対防御】ですか。なんと言うか、一国を守る方の持つものとしては相応しいと言えば相応しいんでしょうが……」

 「あーたんの将来的には良くないよねぇ。良くて屋敷に軟禁されて、一生こういうの作らされそう」

 「そんな……!? 若様をそんな目に合わせるなど!?」

 「これを献上するときはアリョーシャが着いて行きなよ。そしたら布のせいで全部片付くから」

 「……それが一番早いですね。私が布を用意した事にしましょう。イゴール様にもその様にお伝えして」


 あわあわしてる私を置いて、ロッテンマイヤーさんとエルフ三人衆が対策を立てている。

 すると、私にだけ見えるようにおずおずとエリーゼが手をあげた。

 エリーゼの試作品が出来たらしく、それを見せられる。

 きちんと形は花として整っているが、惜しむらくは接着剤が少し見えてしまったことか。


 「こんな感じなんですがぁ、接着剤がぁ、はみ出ましたぁ」

 「そうですね、でも初めて作ったのに凄く綺麗に出来てますよ!」

 「ありがとうございますぅ」

 「あと幾つか練習で作ってみたら、売り物になるものが出来ると思います」

 「はい、頑張りますぅ」


 にこにこと嬉しそうに笑うエリーゼ。

 そう言えばエリーゼは、回復直後の私が刺繍を見たいとかやりたいとか言い出しても、全く驚いた感じがなかった。何故だろう。

 口に出すと、少し考えてからエリーゼはやっぱり柔らかく笑った。


 「だってぇ、若様はぁご病気される前からぁ、刺繍とかぁお花とかぁ大好きでらしたものぉ」

 「そうでしたっけ?」

 「はぁい。若様はぁ覚えておられないかもしれませんがぁ、刺繍をしてるときにはぁ、よくお針子部屋にぃいらしてましたよぉ」


 何をするでもなく、じっとエリーゼの手元を見て、出来上がれば少しだけ笑ったらしい。あと、庭で枯れそうな花があれば、水をやってたとか。


 「他の方はどうか解りませんがぁ、私は若様に癇癪を起こされたことがなくてぇ……。失礼ながらぁ、私の知る若様はぁ、居場所を探してる小さい生き物でしたからぁ、刺繍が見たいと仰られてもぉ、いつものことだなぁってぇ」


 でも、やりたいと言い出したのには驚いたとか。

 見てるだけで、何をするわけでもなく、話すことすらしなかったから、エリーゼは私が単に綺麗なものが見られる居場所のような物を探してただけだと思ってたそうだ。

 それがやりたいとなったら、刺繍の難しさに癇癪を起こすのじゃないかと、ちょっとドキドキしたそうで。


 「やりはじめたらぁ、そんな気配ちっともないしぃ、私より逆に刺繍お上手でしたしぃ。なんだかびっくりしちゃいましたぁ」


 なるほど。

 じゃあ、今の私と前の私で、趣味はさほど解離してなかった訳だ。

 だから刺繍やら手芸に関して、随分あっさり見学許可がおりたのね。


 「若様ぁ、私ぃ、今の若様のこともぉ好きですけどぉ、前の若様のこともぉ好きでしたよぉ」

 「えぇっと、うん……ありがとう……」

 「改めてぇ言うとぉ照れちゃいますねぇ」


 「うふふ」と笑うエリーゼの顔に、どんな顔をして良いか解らない。

 ふと、思い出した事がある。

 生きていけるだけのミルクを貰えて、オムツも着替えもして清潔にして貰っていても、抱き上げられたり、話しかけたり、愛情をもらえなかった赤ん坊は、成長できずに死んでしまうらしい。

 私は五歳。年が明けたら六歳になる。

 私をここまで生かしてくれたのは、ロッテンマイヤーさんだけでなく、エリーゼを始めとした屋敷の人たちの、一欠片の好意だったんじゃないだろうか。

 今の私も、前の私も好き。

 生きていても良いと言われたのは、今の私だけでなく、前の私も。

 

 「これからも、色々やりましょうね」

 「はぁい。趣味とぉ実益を兼ねるってぇ、最高ですよねぇ!私ぃ、お屋敷に勤めてぇ良かったですぅ」


 こうして菊乃井初のつまみ細工職人が誕生した訳で。

 布への付与魔術の件とか色々考えなきゃいけないこともあるけど、最初の一歩を踏み出すことが出来た。



 夜。

 ロッテンマイヤーさんの書いてくれた文章に、解りやすいように図解を付ける。

 二十七個一組の「シシィの星花」には一個ずつ、魔術によって小さな「Effet Papillon」のスタンプを押して貰った。これはブランドマークでもあるけれど、偽造防止のタグ代りでもある。

 一日の終わりに日記をつけていると、窓の近くに仄かに小さな光が。

 季節外れのホタルだろうか。

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