第34話 逆らっちゃいけないひと、再び

 「……折角のオノボリさんなのだから、もう少し遊びましょう」

 「そうだよ、あーたん。遊んでいきなよ。こどもは遊ぶのも仕事なんだから」

 「ふぇ?私、とっても楽しいですよ?」

 「それならいいんですけど、ね」


 なんだか、えらい誤解をされてる気がする。

 カレーライスを食べたいのは私だし、そのついでに菊乃井が儲かったらラッキーくらいの気持ちなんだけどな。

 まあ、いいか。きっと大したことじゃない。

 気を取り直してって言うのも変だけど、またマルシェの中を二人に手を引かれて見物する。

 さて、皆のお土産を買いたい訳なんだけど。

 ここは帝都の住人なヴィクトルさんに尋ねてみた方がいいだろう。


 「ヴィクトルさん、何かこれこそ帝都!って言うお土産ってあります?」

 「うーん、実を言えばこれってのはないんだよね。だって帝都って帝国のあっちこっちから出稼ぎに来たひとで沸いてるみたいなもんだから、古くからの住人なんかそうそういないんだよ。」

 「まあ、三代帝都に住んだら帝都っ子って言われてますけどねぇ」

 「三代住むより儲けたら田舎帰る方が豊かに暮らせるもん」

 「なるほど、つまりお菓子にしたって出稼ぎに来たひとが出身地のお菓子を売り出して、それが当たれば帝都名物になるって感じなんですね」

 「そういうこと」


 んー、じゃあ帝都土産と思って買ったものが、実は違う場所の名産品だったりするわけね。

 それはちょっとと思っていると、「そういえば」とヴィクトルさんがぽんと手を打った。


 「帝都土産っていったら帝都クッキーがあるよ」

 「帝都クッキー、ですか?」

 「うん、そのままズバリ、クッキーに『帝都』ってペタッと焼き印押しただけなんだけど、クッキーとして普通に美味しいんだ」

 「無難なところですね。あれならそんなに高くはないし、屋敷の皆さん全員に一箱ずつくらい配れますよ」

 「じゃあ、それにします!」


 って訳でお土産を決めてしまうと、帝都の大通りに向かう。

 帝都クッキーを売ってるお店は、帝都の大通りに店を構えているそうで、途中で着物に似た正絹の切れ端や珍しい組紐なんかも買い足して。

 まるで宮殿かと思うような門構えのお菓子屋は、門構えの割には高くなくて、教えてもらった通りに屋敷の皆さんに一箱ずつ配れるような値段だった。

 それじゃあ、次にどこに行くかと言う話をしながら歩いていると、街の中心部に到着する。

 広場になっているそこには人を象ったブロンズ像が沢山立っていて、そのうちの一つに何だか見覚えがあった。

 像の足元に近寄ってじっと見ていると、ドレスのひだといい持っている団扇といい……


 「百華公主像ですよ」

 「あ、やっぱりそうなんですね」

 「ええ、ここの上は丘になっていて神々の合同祭祀神殿があるんです」

 「合同祭祀神殿……!」

 「うん、その昔、とある芸術家が神々のご尊顔を拝したひとを集めてね、それぞれの証言をもとに神々のブロンズ像を作り上げたんだよ。で、それを記念して立てられた合同祭祀神殿なんだ。だけど、よく見て、おかしいと思うから」


 ヴィクトルさんがいたずらっ子のように笑う。ロマノフ先生も似たような表情だから、二人とも答えは知っているんだろう。

 うーん、なんだ?

 百華公主に似た像を見て、それから他の像も見る。

 お髭の生えた厳つい感じの男性や、ダビデもかくやな青年、優美な女性の像、少年や少女に見える背丈から様々だけれど、そこに一体だけローブを被って口しか見えない、座っているせいで背丈も解らないブロンズ像があった。


 「一体だけ、お顔が解らないし体型も解らないお方がいらっしゃいますね。おかしなって言うのは、それですか?」

 「正解。その方は氷輪公主様で、誰もご尊顔を拝したことがないんだ」

 「そうなんですか……?」

 「氷輪公主様は夜と眠り、死と再生を司るお方、人前には現れたりなさらない。現れても臨終の時だけだと言われていますね」

 「ははぁ……」


 それで女性だと解るように、柔らかい曲線の口元だけ見えてる訳ね。


 「折角ですから、お詣りしていきましょうか」

 「そうだね」

 「はい、いつもお世話になってますし」


 ロマノフ先生が神殿に続く緩やかな坂へと足を向ける。その背中に続いて丘に至る道を登って、行き交うひとと挨拶をかわす。

 ついた入り口は前世で言うところのパルテノン神殿のような、彫刻も見事なドーリア式の建物。

 神殿の奥に入ると、先程もみた神々の彫刻が一体一体等間隔で並べられ、その足元に鉄貨や銅貨の沢山入った鉢が置いてある。


 「これは……?」

 「お布施だよ。目当ての神様にお金をお供えするんだ」

 「だいたい鉄貨や銅貨が多いですよ」


 相場はだいたい銅貨五枚くらいからのようで、参拝に来たひとが、次々お目当ての神様の前の鉢にお金をいれていく。

 姫君にはいつもお世話になっているから、銀貨を一枚。そして、ふと違う神様の像を見る。


 「あの、先生……」

 「はい、どうしました?」

 「イゴール様はどの方でいらっしゃるんでしょう」


 お会いしたことはない筈なのに、何故かご加護を頂いているんだもん。お詣りしておかなくちゃ。

 意図はロマノフ先生に正確に伝わったようで、くるりと見渡すと、私の手を引いて巻き毛の少年の像の前へつれていってくれた。

 お小遣いはまだ充分残っていたから、相場の銅貨を鉢に入れようとした瞬間、いきなり神殿が真っ暗になったと思ったら、天井からキラキラとオーロラが降りて来て。


 「それは君が初めて自分で稼いだお金なんだから、取っておきなよ」

 「ぅぇ!?誰!?」


 声が聞こえた上を見上げれば、そこには医者が着るような白衣を纏った、銀の巻き毛の少年───多分十代後半くらい───が、ぷかぷかと浮いていた。


 「やあ、菊乃井の鳳蝶。僕は空の神にして技術と医薬、風と商業を司る神・イゴールだ。初めまして、会えて嬉しいよ」

 「…ぇ、あ、は……初めてお目もじいたしますっ!!」


 即座に膝をつくと、私は地面に這いつくばる。

 ほぼ毎日のように姫君にお会いしてるからか、私の身体は逆らってはいけない類いのお方には、反射的に素早く礼を正せるようになっているようだ。グッジョブ。

 跪いた私に、ひらひらと手を振るとイゴール様は機嫌が良いのか、私の目の前にある羽根付きサンダルを履いた脚をぷらぷらと揺らす。


 「面をあげるといいよ。堅苦しいのは苦手なんだ。それに地面に跪いていたら膝頭が痛いだろう。立つといい」

 「は、はい。では、失礼して」


 立ち上がると、ぐっとイゴール様との距離が近くなる。

 その若木のような瞳の色も、桜の花びらのような唇も、ふくふくとしたほっぺも、ラファエロの絵かと思うぐらい芸術的で。

 はー、神様って美形過ぎて怖い。

 そんなことを考えていると、イゴール様がくすくすとお笑いになった。


 「美形過ぎて怖いって、誉めてるのか貶してるのかどっちさ」

 「とっても真面目に誉めてます!」

 「まあ、うん。貶されてるとは思ってないよ」


 ころころと笑い続けている辺り、ご機嫌を損ねたりはしなかったらしい。つか、考えていることが筒抜けとか恥ずかしい。

 けほんと咳払いして、私は常からの疑問をお聞きしてみることにした。


 「あの……お聞きしたいことが……」

 「君につけた加護のことだろう?」

 「はい。恐れながら、私とイゴール様は面識も御座いませんでした。何故に、と……」


 おずおずと聞けば、イゴール様の口角が穏やかに挙がる。

 それから見覚えのある紙を懐から取り出した。

 いつか、姫君に蝶をお作りした紙っぽくて、「あ」と小さく声が出た。


 「ある日さ、百華が僕に『綺麗な紙を作って欲しい』って言って来てね。それで理由を聞いたら、『人の子が、綺麗な紙があれば素晴らしい紙細工を作ってくれる』からって言うじゃないか。更にそのあと血相変えて『魂が身体から離れやすくなる病の治し方を教えろ』ってさ。何事かと思うよね」

 「それは……」

 「それに『人間に学問させるにはどうしたらいいか』とか聞きにくるし。どういうことか聞いたら、君の名前が出てきてね」

 「それで私をお知りに……」

 「そういうこと」


 ふわりと浮いていたイゴール様が、ぺたりと石の床に脚をつける。

 そして丁度手の辺りにある私の頭に手を伸ばし、頭を撫でて下さった。


 「君には感謝してるんだ。百華は人間に余り興味がなかったのに、君と知り合って教育の格差が目につくくらいには関心を持ち出した。これって僕は凄くいいことだと思う」


 なぜだろう。

 神様が人間に興味がないのは、まあ、うん。だけど興味を持つのが良いとは。

 首を傾げていると、イゴール様は至極真面目な顔をした。


 「僕たち神は信仰こそが力になる。人間だけでなくエルフやドワーフ、精霊や魔族、魔獣・動物、兎も角生きとしいけるもの全てから捧げられる信仰こそが僕たちの力の源だ。それは解る?」

 「えぇっと、はい」

 「百華や他の神は自然そのものと言っても差し支えがないから、それだけで充分強い。だけど僕は人間がいて初めて強い力を持つことが出来る。だって医療や技術、商売なんか人間がいないと成立しないからね」


 イゴール様の仰るには、確かにエルフやドワーフも技術や医療は必要とするけれど、商売の方は特に興味がないのだそうな。なんだったら物々交換で済ませるらしく、商売の成立には人間が不可欠だとか。

 人間は商売繁盛を願い、イゴール様を信仰する。それがこの方の力の源なのだ。


 「だから百華が人間に興味を持って何かしら恩恵を与えるだろ?それがもとになって商売が起これば僕は力が増す」

 「なるほど」

 「だけど、それだけで終わらせるつもりはないよ。僕はその増した力で人間に恩恵を与える。そうなると経済が回るよね。回った経済……お金は色々巡るんだ。回った先が例えば漁師だったりするだろ、そしたら漁師は富を与えてくれた海の神様に感謝、つまり信仰を捧げる。すると、どうなる?」

 「信仰は力になるのだから……海の神様のお力が増す……と言うことですか?」

 「うん。でね、増した力で海神は人間にまた恩恵を与える。そうやれば巡り巡ってあらゆるひとを豊かにするし、豊かになった心で各各に僕らを信じてくれたら、僕らはまた人間に恩恵を与えることができる」

 「それって……」


 私の考える菊乃井領の理想モデルも、突き詰めればそうやって経済を回して皆が豊かになるのが最善なのだ。だから教育にも産業にも力を入れる。

 レグルスくんがその和の中で名君と慕われ、愛し愛されて生きていけるように。

 イゴール様が頷く。


 「そう、僕と君の考えは似ている。そして僕と似た考えを持ってる人間はわりと多いんだよ。そんな人間に僕は加護を与えてきた。だから君にも。これが君の質問への答えだ」


 スッと立つ背筋は、ぴんと一本硬いものが頭から爪先まで通っているかのように真っ直ぐで、威厳すら漂う。

 皆が豊かになればいい。確かにそうは思うけれど、私の根本にあるのは弟のことだけだ。いわば私利私欲でしかない。

 何となく居心地が悪くてブラウスの裾を弄ると、ぽんぽんと柔らかな手が頭に置かれた。


 「始まりはみんなそんなもんだよ。あるものは姉や妹や娘を政略結婚に利用されたくないから、あるものは兄を助けたいから、或いは息子や友人、恋人を……とかね。でも彼らはある時、君がそうだったように気がつくんだ。『自分達に優しくても他のひとたちに優しい世界じゃなきゃ、廻り廻ってやっぱり大事なひとに優しい世界ではない』ってね」

 「私が、そうだったように……」


 そこから変わるか変わらないかはイゴール様にも分からないけれど、イゴール様と似た思想の持ち主はやがて何処かで何かを必ずやり始めるらしい。その時に、イゴール様は手助けとして加護を与えてきたのだそうな。

 世界が誰にも優しい方向に進むことを願って。

 そして私に加護を与えたのも、そんな世界への布石の一つでしかない。だから気軽に構えていればよいそうで。


 「まあ、未来への投資だし、当たるも八卦当たらぬも八卦的な気持ちでこっちはいるから、君は気にせず思ったように生きると良いよ。それに君はもう、百華と約束した使命があるんでしょ?」

 「は……え……何がですか?」

 「百華と約束した使命だよ。確か……『みゅーじかるの出来る役者を育てる』んだとか」


 初耳だ!

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