第31話 晴天につき、オノボリさん!
街から帰った後とその次の日は、どこに行くのもレグルスくんに見張られていて大変だった。
何せトイレに行くにもお風呂に入るにも着いてきて、でてくるまでじっとドアの前で「にぃに、いる~?おでかけしてない~?」って聞いてくるんだもん。
ちょっとしたホラーで、腹のお肉が落ちるかと思った。錯覚だったけど。
でもそれも、源三さんが菜園の手伝いをした後に、レグルスくんにごにょごにょ耳打ちしてくれて、それからは後追いもないし、トイレやお風呂に着いてくることもなくなった。
その代わり目茶目茶幼児らしくないキリッとした顔で「がんばるから、にぃにもがんばってね」って言われるようになったんだけど、私は何を頑張ればよいのですか。ダイエットですか、そうですか。
更に翌朝、晴天。
遂に帝都に行く日がやって来ました!拍手!
昼前に出発するとかで、十時に屋敷の玄関に集合の筈なんだけど、馬車もなけりゃ馬すらいない。
どうなってんのかな?
ぼんやりと立っていると、ぎっと玄関の扉が開いて、ロマノフ先生が手を差し出してきた。
「さあ、行きますよ。ちゃんと捕まってて下さいね」
「え?や、先生、馬車も馬もなくてどうやって……?」
「転移魔術を使うんですよ」
「転移魔術!?」
ファンタジー、きたこれ!
いそいそと差し出された先生の手を握る。すると先生がにっこり笑った。
「忘れ物はありませんか。お小遣いはちゃんとウエストポーチに入っていますね?」
「はい、大丈夫です」
「転移魔術は空間魔術の一種で、多量の魔力を消費しますが、目を閉じてまた開いた時には既に帝都です」
「わぁ、凄い……」
「それに便利ですよ、一度行った処ならどこでも飛べますし。でもいきなり帝都のど真ん中に二人も人が転移したら騒ぎになりますから、帝都の私の友人宅に転移します」
「え?じゃあ、先様に手土産とか……」
ヤバい、何にも用意してないよ!?
あわあわしていると、バチコーンと美形エルフからウインクが飛んできた。
何か最近本当に美形によく殺されるわー。
ちょっと遠くを見るような目をしていると、先生がウエストポーチになにかを突っ込んでくる。
「ロッテンマイヤーさんに頼んで準備してもらったから、大丈夫ですよ」
「えー……今、なに突っ込んだんですか……?」
「料理長謹製出汁蒸し卵の冷製風です」
「なん、だと……!?まだ私も食べてないメニューじゃないですか!?」
「やったもん勝ちですね」
冷やし茶碗とか、私も食べたい。
ちょっと膨れると、空気の入った頬っぺたを摘ままれる。
「まあまあ、鳳蝶君は帰ってから食べたら良いじゃないですか」
「まあ、そうなんですが」
「じゃあ、そう言うことで飛びますよ!」
「ふぇぇ!?」
ぎゅっと先生に両手を握られたかと思うと、ぎゅんっと身体が引っ張りあげられるような感じがあって、思わず目を瞑る。
時間にして僅か数秒、ロマノフ先生の声が頭上から降った。
「もう目を開けて大丈夫ですよ、着きましたから」
「……へ?」
固く閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
感じたのは夏の太陽特有の刺すような光ではなく、柔らかで包み込むようなオレンジの灯火で。
徐々に見えてくるのは沢山の本が並べられた本棚と、意匠を凝らして織り上げられただろう絨毯。それから磨きあげられた飴色のデスクと、その上には羽ペンに紙が散らばっていて。拾い上げたそれには、五本で一組になる直線がなん組か引かれていた。
「五線譜……!?」
「おや、ご存知でしたか」
「は、はい!これは音楽に使う楽譜を書く紙ですよね!?」
「そうですよ」
「これがあるって……もしかして…もしかして……!?」
ここは音楽を嗜む、もっと言えば作曲をするひとのお屋敷なのでは!?
尋ねようとした私の口を人差し指で塞ぐと、ロマノフ先生は優しい微笑みを浮かべて頷く。
「ここの家主は変わったひとなんですが、楽器を奏でさせたら古今東西に並ぶものなしと言われています」
「そんな凄いひとと先生はお友達なんですか!?」
「はい。いや、私も『そういえばそんな風に言われてたな』くらいにしか、そっち方面には明るくないんですがね。でも彼の演奏も曲も素晴らしいのは何となく判ると言うか」
「ははぁ、やっぱりロマノフ先生は凄いエルフさんなんですねぇ」
「ドラゴンキラーには食いつかないのに、音楽に食いつくとか、流石鳳蝶君」
「あー……」
だってドラゴンとか見たことないんだもん。
それより身近にある音楽のが、やっぱり興味を引くのはちかたないちかたない。
目を逸らすと、先生が忍び笑う気配がした。
「まあ、良いでしょう。では家主に挨拶にいきましょう」
「そうですね、ご挨拶とお礼を申し上げなくては」
「一応、君を連れて訪うことは知らせていますが、詳しい時間とかは知らせてないので」
そう言いつつ、勝手知ったる何とやらで、降り立った部屋の出口へ向かう。ノブに手をかけて扉を開くと、やっぱり良く磨かれたフローリングの廊下に出た。
どうやら建物的に、出てきた部屋は二階にあるらしく直ぐ近くに下に降りる階段が。
ロマノフ先生に手を引かれて階段に近づけば、人の諍うような声がわずかに聴こえてきた。
先生がしっと人差し指を立てて唇に当てる。
『───だから、君に……』
『な……すて!?…わたし…だれ…!?』
片一方は割りと柔らかめの男声、もう片方は女性の金切声。
痴話喧嘩かと思うと、ロマノフ先生が眉間にシワを寄せる。
「うーむ、まずい時に来ちゃったかな」
「えーっと、何か揉めていらっしゃる?」
「揉めているというか、一方的に詰め寄られてると言うか」
「あー……お暇した方がいい感じですかね?」
「いや、男女の由無し言ではないようですし、ここはわざと出ていって、アイツに恩を着せてもいいかな」
「……なんで男女の由無し言じゃないって」
「エルフの耳は地獄耳ですから」
しれっとした顔で言われたけど、それって大したことなんでは?
微妙な顔をしていると、ロマノフ先生は私の戸惑いとかお構いなしに、階段を下っていく。手を引かれているから私も自然と降りることになって。
トントンとリズミカルに降りていった先は、どうもエントランスだったらしく、人の姿が二つ見えた。
一つはロマノフ先生のと同じく尖ったお耳に、長い金の髪を三つ編みにして緩くまとめた長身痩躯の緑の目の美形に、もう一つはロココ様式っていうかローブ・ア・ラ・フランセーズって様式の、コルセットで締めてパニエでスカートが幅広になる形のドレスを着た狐目の美女。金切声は多分こちらから。
「やあ、お邪魔しますよ、ヴィーチャ」
素晴らしく空気を読まずに、ロマノフ先生がエルフとおぼしき男性に声をかけると、狐目の美女の眦がきっとつり上がる。怖い。
しかし、そんな美女をものともせず、エルフの男性───先生はヴィーチャって呼んでた───は、ぱぁっと目を輝かせて、ロマノフ先生に飛び付いた。
「ああ、アリョーシャ!?君を待ってたんだ!」
超絶キラキラした笑顔を美形が振り撒くのは、目の毒です。ついでに、狐目のお姉さんから発せられる怒気が益々強くなるんですが。
それなのに、エルフってのは空気が読めないんじゃなくて、読む気がないんだろうけど、いきなりロマノフ先生と手をつないでいた私を見つけると、親しげに抱きついて来た。
「君があーたんだね!待ってたんだぁ!お歌聴かせてよ!」
やめてください、気弱な白豚は色々あって死にそうです。
つか、『あーたん』って誰ですか。
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