第26話 また何か生えた!?

 ロマノフ先生とのお約束の日。

 言われたブツとおまけのミサンガ、それから料理長が作ってくれたオムレツとハムとトマトとキュウリを挟んだサンドイッチ入りのバスケットをウェストポーチに突っ込んで、凍らせたフランボワーズと蜂蜜と炭酸水を入れた水筒を肩からさげて、お馬に揺られること暫く。

 泣いて追いかけてくるレグルス君を宇都宮さんに任せて、やって来たのは宿屋と酒屋と食事処と道具屋、武器屋、そして冒険者ギルドのある、寂れた商店街だった。

 屋敷からこっち、商店街に着くまでに、誰かと出会いもしなかった辺り、本気で菊乃井はヤバい気がする。

 若干背中に嫌な汗をかく。

 石造りの建物にちらほら混じるレンガの赤も、心なし色褪せていて。


 「ここは冒険者の利用が多い商店街ですからね、昼間は割りと静かですよ。皆ダンジョンに行ったり、依頼をこなしにいってますから。夜にはまた賑やかになるので、鳳蝶君が思うほど危機的状況ではありません。まだ、ですけど」

 「まだ、なんですね……」


 おうふ、近い将来はその危機的状況がくるってことですか。

 一緒に乗ってきたロマノフ先生の大きなお馬を、冒険者ギルドの厩舎につなぐ。

 木造の扉と合わせて、建物は西部劇にでも出てきそうな雰囲気で、扉を先生が開ければ来客を知らせるベルが鳴った。

 ざっと中にいた人たちの視線が、ロマノフ先生に注がれたついでに私にも。

 誰何、好奇心、敵意。

 それより多いのは、一瞬見ただけで興味を無くす、無関心。

 敵意をずっと向けられているより余程いい。

 先生に手を引かれて奥にあるカウンターに進む。すると、カウンターから受付嬢がピョコンと顔を出したが、その頭から茶色いウサギのロップイヤーが垂れていた。


 「あ、ロ、ロマノフ卿!?」

 「はい、ギルドマスターはおいでですか?」

 「はい、少々お待ちください!」


 脱兎のごとくってこう言うことかと思うような速さで、ロップイヤーの受付嬢が走って奥に消えていく。

 ぼんやりと辺りを見回している間に、受付嬢が息せき切って戻ってきた。


 「ギルドマスターが奥でお話をお聞きするとのことです」

 「分かりました。ありがとう、お嬢さん」

 「ありがとうございます」


 奥に続く扉をロマノフ先生の背中を追って入るのに、お嬢さんにお礼を言うと、その時初めて彼女は私に気づいたらしく「へ?」と小さく呟く。

 先生美形だからね、先生のお顔しか見えてなかったのね。

 それはそれとして、通されたのは応接室らしく、それなりに良さげなソファが開けた扉から見えた。


 「おう、よく来たな」

 「ええ、先日ぶりですね」


 先にソファに座ってたのはマッチョな黒髪角刈おじさんで、割りと強面だけど目元に笑いじわがあるから、陽気なひとなのかしら。

 ロマノフ先生とは親しいのか、片手を上げるだけの挨拶に止め、ソファを勧める。

 背中にちょこちょこくっついて来た私に気づいた途端、えらい目付きが険しくなった。

 睨み付けられる覚えはないから黙ってじぃっと見ていると、何だか相手が勝手に目を逸らす。それから失礼にもいきなり人を指差した。


 「なんだ、この小僧。俺の【威圧】が効かないぞ」

 「ちょっと、大人げないことしないで頂けますか?私の大事な生徒なのに」

 「……のわりに、俺が【威圧】するの止めなかったじゃねぇか」

 「最初から効かないのは解ってましたから。この子には図体は大人、頭の中身はこどもって人種がいるのを知ってもらいたかったし」


 おぉう、何かされとったのか。気付かなかったわ。

 てか、ロマノフ先生が毒を吐いておる!

 それに驚いていたら、にかっと強面マッチョおじさんが歯を見せて笑った。


 「顔から想像できないくらいヤな奴だろ?」

 「そんなことありませんよね。私は鳳蝶君には優しいでしょ」

 「そう、ですね。先生は概ね優しいです」

 「概ねだってよ!」


 ゲラゲラとおじさんの豪快な笑い声が、部屋に響く。ロマノフ先生はと言えば「概ねとはなんですか」と、私のほっぺを凄くもちる。痛くはないけどやっぱり削げそうだ。

 それは兎も角このギルドマスターおじさんは、どなた様でしょうか。


 「ああ、悪い悪い。俺はこのギルドの長、ギルドマスターのドミニク・ローランだ。このエルフとはちょっと顔馴染みでな」

 「彼が帝都のスラムの洟垂れ小僧の頃からの知り合いですね」

 「ざっと四十年くらいか」

 「おやまあ……」


 相槌を打っておいてなんだけど、何で帝都の洟垂れ小僧がこんな所にいるんだろう?

 疑問に思ったのが顔に出たのか、ガシガシとギルドマスターが頭を掻いた。


 「ちょっとやらかして飛ばされたんだよ」

 「……菊乃井うちは流刑地ですか」

 「うん?うちって……」

 「申し遅れました、菊乃井伯爵が長男の鳳蝶です。お初にお目にかかります」

 「お、おう、えー……お前さんのおとっつぁんは俺の【威圧】にびびって青褪めてたってのによ」


 握手すると、そんな事を教えてくれた。

 いや、父がびびったとか正直聞きたくなかったし、どうでもいいけど。

 それにしてもさっきから【威圧】とかビビるとか、何なんだろう。

 伺っているとロマノフ先生が「ああ」と小さく声を出した。


 「【威圧】と言うのはスキルの一種で、相対した相手に恐怖心を与えて圧倒するもので、主に上級の冒険者に生えます」

 「そうなんですか。いきなり睨まれたから、何かあったのかと」

 「眼で【威圧】かけたのに『睨まれた』で済ましやがったぞ、この坊や」

 「鳳蝶君には多分【精神攻撃耐性】があるんじゃないですかね」

 「なんですか、それ」


 首を傾げる私に、ロマノフ先生とローランさんが二人がかりで説明してくれたことには、何でも私が普段見ているステータスは凄く簡易なやつで、本来はもうちょっとステータスボードは多岐に渡って書き連ねてあるらしい。

 それを見るには【鑑定】のスキルを身に付けるか、最寄りの冒険者ギルドや神殿にある道具で【鑑定】してもらうしかないそうだ。

 で、【威圧】もスキルならば【精神攻撃耐性】もスキルで、混乱や威圧や魅了等精神異常系攻撃に非常に高い耐性を持つものに生えているのだとか。

 私、そんなにストレス耐性高かったろうか。

 前世は確かにちょっとばっかり職場がブラックぽくて、耐性付きそうだったけど。

 解せぬ。

 しょっぱい顔をしていると、またロマノフ先生に頬をもちられた。


 「まあ、それは兎も角ですよ。今日はちょっと君に見せたいものがありましてね」

 「おう、なんだ」


 問われたロマノフ先生が、私のウエストポーチから四隅にエルフ紋様のコンドルが刺繍したハンカチを出すように言う。

 言葉通りにハンカチを、応接セットのよく磨かれたテーブルの上に並べると、ローランさんが目を見張った。


 「こりゃあ、あんた……」

 「エルフ紋様の刺繍で魔力向上効果を付与したハンカチですよ。紋様四つで倍の向上を見込めます」

 「おいおい、よくそんなもんがこんな辺鄙なとこで手に入ったな」

 「ええ、まあ、伝がありましてね。私が言ってることが本当か、とりあえず確認して貰えます?」

 「おおよ、待ってろ」


 鷹揚に頷くとローランさんは、ソファの奥にある机に向かうと、モノクルを取ってくる。それをハンカチに翳すと、眉間にシワがよった。


 「こらエルフ、嘘つくなよ」

 「は?」


 は?じゃないよ。

 だってそのハンカチに刺繍入れたの五歳児の私だよ?

 いくら『青の手』があってもそんな効果あるわけ……


 「倍どころか四倍ブースト掛かるじゃねぇか。訳の分からん謙遜してんじゃねぇよ」

 「はぁ?」

 「はぁ?じゃねぇし。つか、こんな安物の布に変哲もない糸で、エルフ紋様入れただけで四倍ブーストってどんな熟練の職人だよ、これ作ったの」


 唖然とする私の前で大人二人がそんな会話をしている。

 もう、なんか、着いていけない。

 遠くを見て「レグルスくん元気かな?」なんて現実逃避をしていたら、隣から咳払いが聞こえて。


 「……鳳蝶君、君、また私に内緒で何か生やしましたね」

 「や、今回は、本当に知りません」


 じっとりしたロマノフ先生の視線に耐えかねてブンブン首を振ると、怪訝そうにローランさんが首を傾げる。

 そりゃそうだ。

 私が吐かないと解ったのか……って言うか、思い当たることがないから吐きようがないんだけど、成り行きを見守っていたローランさんに向かって先生が口を開いた。


 「さっきのハンカチですけどね、それを作ったのは鳳蝶君なんです」

 「…………は?」

 「『何言ってやがる、耄碌もうろくしたのかジジィ』みたいな顔してますが、本当のことですよ。証拠もあります。鳳蝶君、ステータスを見せてください」

 「はーい」


 いつも通り「オープン」と口にすれば、簡易なステータスボードがふよんと空中に現れる。


 「あ」


 名前/菊乃井 鳳蝶

 種族/人間

 年齢/五歳

 LV/1

 職業/貴族

 スキル/調理A+ 裁縫A+ 栽培A+ 工芸A+ 剣術E 弓術E 馬術D 魔術B+

 特殊スキル/緑の手 青の手 超絶技巧

 備考/百華公主のお気に入り、イゴールの加護


 なんか、見たことないのが着いている……!?

 ぎぎぎと鈍い音がしそうな固さで首を巡らせれば、ローランさんの顎が外れて、ロマノフ先生はどこか憮然としていて。


 「ほらー!?ちょっと見ない間にまた妙なもの生やして、この子は!?」

 「ちょ!?知りません!本当に知りませんてばぁ!?」


 この後、私は先生が落ち着くのとローランさんの顎が治るまで、思い切りほっぺたをもちられることになった。

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