第25話 メイドに必須の才能とは
「それ、結構お屋敷の中では有名な話らしいですよ」
昼食後のレグルスくんのお勉強兼お昼寝タイム。
守役として着いてきた宇都宮さんにも、レグルスくんの先生が増えたことを告げると、宇都宮さんはふふんと得意気に言った。
「源三さんが昔上の下の冒険者だったの、有名なんですか……」
「先代様に拾われた辺りも、大概のひとが知ってましたよ」
「へぇ、そう……」
宇都宮さんは頼んだ通り、レグルスくんの味方を増やすために、彼の可愛さや賢さを然り気無くアピールしてくれているようだ。
そのついでに「敵を知り己を知らば、百戦危うからずですよ」と、屋敷の中の情報を集めているらしい。
「そうそう、先代様に拾われたのは、源三さんだけじゃなくロッテンマイヤーさんもだそうで」
「ロッテンマイヤーさんも……!?」
「はい。ロッテンマイヤーさんは私と同じく口減らしで売られた先で先代様に拾われたそうで、源三さんはギルドで受けた討伐依頼には辛うじて成功したものの、大怪我で引退を余儀無くされて荒んでたのを拾われたとか」
「口減らしに大怪我ですか……」
「ちなみに先代様って言っても若様のお祖母様の方で、お祖父様に関してはちょっと皆さんお口が重いですね」
布で作った絵本を広げて遊ぶレグルスくんの髪を撫で付けながら、宇都宮さんの情報に頷く。
両親の顔を覚えてないのだから、その上なんて解る訳がない。
けれど、ロッテンマイヤーさんや他の人の口から、祖父母の名前が出たことがないから、最早この世の人ではないのだろう。
そう言えば、この屋敷には肖像画のようなものがあったろうか。
「宇都宮さん、この屋敷どれくらい見て回れました?」
「奥様のお部屋以外はすべて、ロッテンマイヤーさんについてお掃除の仕方を教わった時には」
「では、肖像画の類いを見かけましたか?」
「あ!それなんですが!」
宇都宮さんの数年のあちらのお屋敷勤めで得た知識では、おおよそ貴族の屋敷には当主や先代の肖像画があるものらしい。
当代一流と呼ばれる絵師に肖像画を描かせるのは貴族のステータスだからだ。
翻ってこの菊乃井の本宅には、図書館かと思うような蔵書の書斎はあっても、当代はおろか先代、先々代の肖像画すらないと言う。
「親子仲が悪いのは菊乃井のお家芸ですか……」
「若様、なんでそんなこと解るんです?」
「単純に先々代から肖像画を描いてもらう費用すら捻出出来ない伯爵家なんて、恥ずかしくて社交界に顔だし出来ないからですよ。母と父の出会いはとある大貴族の舞踏会ですから」
「ああ……なるほど」
「しかし、衰退の原因とは無関係ではないでしょう。親子仲が良ければ、もう少し母や父に領地経営の何たるかが解るひとを残していくでしょうから」
一概には言えないな。溺愛しすぎて現実から目隠しする親もいないことはないのだ。
しかし、可愛い娘の尻は叩けないだろうが、娘の夫の尻ならバシバシいけるだろう。なんで叩いておかなかったし。
まあ、良い。
墓の下にいる人間は戦力にならないのだから、当面はアンタッチャブル。
今の私に必要な情報ならロッテンマイヤーさんが耳に入れてくれるだろうし、ロマノフ先生が黙ってはいないだろう。何だかんだ面白がってる節はあっても、先生は私が困るのを良しとはしないひとだ。
それにしても。
「宇都宮さんには間諜の素質があるんですかね」
「いやぁ、それほどでもぉ」
「実に見事に情報を引き出してるじゃないですか」
「だってメイドですもの。メイドなんて扉の隙間からお家の事情を見るとはなしに見るものって相場が決まってます。かせい……じゃない、メイドは見た!ですよ」
今、なんか『家政婦』って言いかけなかった?
びっくりして宇都宮さんを見れば、げふんげふんとわざとらしく咳払いをして誤魔化そうとしている。
深く追求してもきっと吐いたりはしないだろう。
「ま、まあ、あれです、ロッテンマイヤーさんからメイドは主の目と耳でもあるって言われましたし。広く情報を集めて主に渡し、外には決して水一滴たりとも漏らさないものだ、と」
「なるほど」
「ちなみに宇都宮はモップさばきにも才能があると誉められました!」
モップさばきって掃除が得意とかそんなことだろうか。
疑問符が顔に張り付いていたのか、宇都宮さんがどや顔で胸を僅かにそらす。
「そんな訳で、宇都宮はこれからも若様とレグルス様のために頑張りますので!」
「はい、ありがとうございます。期待してますよ、宇都宮さん」
「お任せくださいませ!」
ぺこんと勢いよく頭を下げると、遊んでいると思ったのかレグルスくんも大きく頭を動かす。
でもちょっとその頭がぐらついてる辺り、おねむなのかもしれない。
「レグルスくん、眠いならお昼寝しようか?」
「んー……」
唸り声と言うのか寝ぐずと言うのか、こしこしと目を擦りながら、何やらうにうに言ってる。
「レグルス様、眠いならねんねした方が良いですよ。寝る子は大きくなるんですから」
「おっきくなるの?」
「なりますよ。ね、若様!」
「うん、よく寝てよく遊んでよくお勉強してよく食べたらね」
「にぃによりも?」
眠気には押されぎみだけれど、目を輝かせたレグルスくんに、宇都宮さんと二人で顔を見合わせて頷く。
「私よりも大きくなれるんじゃないかな」
「せんせーより?」
「せんせー?……ああ、ロマノフ先生かな」
問えばこくりとレグルスくんは頷く。
脳裏に父とロマノフ先生とを浮かべて体格を比べると、拳一つ分くらい父の方が背が高かったし、厚みに関しても父の方がぶ厚かったような。
「なれるんじゃないかな。父上も立派な体格だったし」
「お母様も女性にしては背が高い方でらっしゃいました!レグルス様のお祖父様も背が高かったとお聞きしております!」
いつか見た光景のレグルスくんは、私が多分屈んでるアングルだったのだろうけれど、それでも充分に背も高く立派な青年だったように思う。
そして奇しくも彼方のお母様の情報も知ってしまったから、尚の事あの光景に説得力が出てきた。
太鼓判を押すような言葉に、レグルスくんがほにゃっと笑う。可愛い。
そして座っていたふかふかの敷物から立ち上がると、私の手を引く。立ち上がって欲しいらしく、何度も引くから、望む通りにすると、行き先は私のベッドで。
するんと私のベッドに潜り込むと、レグルスくんは自分の横をぽんぽんと叩いた。
「にぃにも、ねんね」
「え?いや、私はやることあるし……って言うか、自分のお部屋で寝ようよ」
「……ここでねるの」
なんでさ。
上と下の睫毛が合わさりそうなほど眠たげなのに、レグルスくんは「いやいや」と首を振る。
ぷぅっと頬を膨らませて、上目使いに自分の要求を飲めと言うアピールに、先に折れたのは宇都宮さんだった。
「若様……」
「いや、でも私、これから刺繍……」
「昨日、ロマノフ先生から言われた分は出来たと仰っておられましたよね!?」
「ま、まあ、出来てますよ、でもね?」
「寝る子は育つ!は、若様にも言えることですから!」
ぐいぐい昼寝を推してくる宇都宮さんに、レグルスくんが加勢して、ベッドに座った私の膝を枕にしようともぞもぞ動く。その度に金の柔らかな髪が身体にすれて、擽ったくて身体から力が抜けた瞬間、風のような速さのレグルスくんにボディプレスを食らった。
「ぐふっ!?おもっ!?」
「レグルス様、そのまま押さえ込んでください!宇都宮がお布団かけてあげますから!」
「あい!」
素晴らしい連携プレイでベッドに沈められて、思わず「降参!降参するから!」と布団をタップすると、レフェリー宇都宮さんがすかさず布団を被せて、私とレグルスくんのお昼寝闘争はレグルスくんの勝利に終わる。
「おやすみなさいませ」と、スカートの端をちょんと持ち上げた宇都宮さんを見送ると、レグルスくんは私の横に寝そべった。
ここは大人しく姫君の仰せのままに子守唄でも聴かせよう。
そう思って、頭の隅から子守唄の記憶を引き出して。
『俺』が『田中』と一緒に通っていた飲み屋で仲良くなった人に、日本の一番端っこには沖縄と言う島があって、そこの方言がきちんと話せるひとがいた。
そのひとの歌う子守唄───として作られたかは『俺』にはさだかじゃないけど───は、とても暖かくこどもへの愛に満ちた歌だったのを覚えている。
方言で歌うのは難しく、何度も教えて貰って歌えた時は嬉しかった。
独特な発音と発声の歌は、『俺』にはかなり難しかったのに、私にはするすると出来てしまって、心の隅っこで『俺』がのの字を書いていじけているのが可笑しい。
歌い終わった時、レグルスくんは健やかな寝息を立てて、楽しい夢を見ているのか、ほのかに笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます