第19話 ないのなら、造ってしまえホトトギス
よく解らないけど、私は料理長に心配をかけているようだ。
うーん、これはもしかして「(こどもにこどもが教育だなんて)大丈夫ですか?」ってことかな。
だよねー、私もそう思うよ。他人だったら止めるわ。
でも一度口から出た言葉は二度と飲み込めない。それにロマノフ先生は本当にレグルスくんの家庭教師をする気がなかったのだから、あれより他に方法は無かった。
現に私のレグルスくんのカリキュラム作りには、アドバイスはくれても積極的に関わってくれない。
でもなー、三歳児に何を教えたら良いんだろう。
とりあえず、読み書き・四則演算は大人になった時には当然出来るようになっていないとダメだから、基礎として童話を読むとか数を数えるとかは必須か。
だとすると、こども向けの絵本なんかどうだろう。
料理長のところから戻ってお昼ご飯を済ませたあと、レグルスくんはちょっと早いお昼寝に。
私はと言うと、自分の部屋を色々と探ってみた。
私の部屋はチェストとベッドと机とランプがある。だけど、玩具になるような物は、実は何もなかったりして。
これは私に前世の記憶が生えたから片付けた訳でなく、目が覚めた時は既にこうだったのだ。
どうやら死ぬと思ったから片付けたのでもなく、最初から無かったらしい。
これで困るのは、この世界にはそもそも玩具がないのか、私が単にそんなものと縁がなかったのか、どちらか区別がつかないって言う。
折り紙が無いのはハンクラやりだした辺りで解ったんだけど、絵本とかのあるなしまで気が回らなかったんだよね。
これは聞くしかないだろう。
そんなわけで、通りかかったロッテンマイヤーさんを捕まえて訪ねてみた。
「……こども向けの本、でございますか?」
「はい。簡単な読み書きや計算を覚えるために読むような……」
ロッテンマイヤーさんは何かしら迷うように口を開く。
「若様、そもそも読み書き計算などは、市井の者には縁がないことなのでございます」
「ふぁ!?」
「市場で物を売り買いしたり、自分の名前を読み書きするくらいなら、まあ何とかなりますが、それ以上となると商家のものや貴族でもなければ学ぶ機会がないのです」
「えぇ……それは……色々困るんじゃ……」
「希に教会や貴族の奉仕活動の一貫で、市井の者にも読み書き計算を教えているところもありますが……」
「あー……当然、菊乃井はやってないですよねー……」
「はい」
わぁ、知りたくなかった真実!
これも何とかしないといけない案件だろうけど、五歳の私には手も足もでない。今は保留にして、レグルスくんのことを考えないと。
「領民の皆さんの暮らし向きはいずれこの目で学ばせて頂きます。今の私にはどうにもならない件です、力が足りません。それを早急に身につけるためにも、レグルスくんのカリキュラムを作らないと」
「レグルス様の……ですか?」
「はい、レグルスくんの幼児教育に成功したら、これを叩き台にして幼児教育の基礎を作ることが出来ます。そのためには父上にお仕事を頑張って貰って、菊乃井が教育にお金をかけられるようになって貰わないと」
って言うか、菊乃井が冒険者に人気の割には税が高くて廃れるって、もしかして教育が行き届いてないせいで、人材が枯渇してて状況の理解が追い付いてないせいだったりして。
ナニソレコワイ。
菊乃井の芳しくない状況を想像して、ちょっと冷や汗が出る。
でもそれだって、今の私には手も足もでやしない。そこは大人の領分。
外の世界は大人に任せよう。私は家の平和を守るので手一杯だ。
「ああ、話が逸れましたね。では、こども向けの本は無いと言うことでしょうか」
「左様で御座います。ですが、貴族の子弟は幼年学校に通う前から家庭教師を雇うもの。その場合は家庭教師から手製の教科書等を頂くのが常で御座いますね」
「……私、教科書もらってませんよ?」
「若様は……お教えしなくても幼年学校に入る直前くらいの読み書き計算をなさっておいでだと、ロマノフ先生よりお聞きしております」
「うぅん?」
「刺繍の図面をお読みになり、布を裁つ際は定規をお使いになられておられる方に、今更幼年学校に入る前の児戯など教えるだけ時間の浪費、そんなことより魔素神経の定着や、世界の情勢などを教えた方が遥かにおためになるだろうと。ですので方針は全てロマノフ先生にお任せしているので御座います」
「えぇ……」
やだー!?ロマノフ先生の面白い子ってそう言う意味なのー!?
私のこれは確かに『チート《いかさま》』だからなぁ。
本当なら努力して身につけるものを、私は一足飛びで身につけてしまった。それはきっと良いことばかりではないんだろう。
でも、生えてしまったものは引っこ抜けないし、今引っこ抜いたら困る子が確実にいるのだ。
いずれはズルの代償を払うんだろうけど、今は勘弁。
そんなことより、だ。
つまり絵本がない、読み書き計算には縁が薄いと言うことは、当然知育玩具なんか期待できないわけで。
「……ないのなら、作ってしまえ、ホトトギス」
「ホトトギス……?」
ロッテンマイヤーさんがきょとんとしてたけど、そんな事に気づく余裕は無く。
「ありがとうございました」と一礼すると、私は直ぐ様部屋に引っ込んで、趣味の道具を取り出した。
あるのはフェルト、ボタン、綿、作業台代わりの厚紙、針と糸。
スキル『青の手』のお陰か、型紙もチャコペンも使わないで布が裁てるのは便利で良い。
さくさくと狐やたぬき、うさぎの形にフェルトを二組ずつ切って、裏にボタンを縫い付けるのと縫い付け無いのを作る。縫い付けない方には、形に合わせて『たぬき』とか『きつね』・『うさぎ』と名前の刺繍も忘れない。
そうして出来た片面をそれぞれ縫い合わせて、厚みを持たせるために綿を少しだけ詰める。
小さな縫いぐるみが三つ出来たところで、ちょっと疲れてきた。いくらスキル補正があると言っても、小さな手では出来ることが限られている。
こういう時には、ミシンが切実に欲しい。
それから大きめのフェルトの中央に、ボタンホールを三つ作って縢ると、きちんと縫いぐるみのボタンが填まるか確かめて。
とりあえず、原型は完成。
後は同じような仕掛けの布と縫いぐるみを幾つか作って、本のように綴じれば。
「ぬ~の~え~ほ~ん~!」
某水色狸……じゃなくて猫型ロボットの物真似は、似ているのか似ていないのか、やった当人の私には判別がつかなかった。
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